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42:第7氾濫区域中枢塔-2

 『インコーニタの氾濫』とは何か。

 それは世界各所で突然発生している災害。

 突如として地面から混沌が湧き出し、周囲にあるもの全てを呑み込み、崩壊と構築が行われる悪夢。

 インコーニタとはラテン語で不明を表す言葉であり、呑み込まれた領域に在ったものが何か分からなくなってしまう事から、そう名付けられた。

 現実に起きてはいるが、あまりにも既存の常識から離れすぎていて、実感の湧かない災害。

 これが世界一般の認識であり、氾濫に巻き込まれる前に持っていた俺たちの認識である。


「はぁはぁ……」

「運ぶよ。イーダ」

「頼む」

 だが、そんな俺たちの認識は、現実に遭遇した事によって大きく変わる事になった。


 『インコーニタの氾濫』はなぜ起きるのか。

 それは誰かが引き起こしているからだ。

 原理も方法も分からないが、元凶が居る事だけは間違いない。

 出資者やクルーと呼ばれる形で、ダイ・バロンを含めた元凶を手助けする者が数多く居る事も間違いない。


 では、『インコーニタの氾濫』は何を目的としているのか。

 それは、この塔の中を流れていく画像たちの内容が良く表していた。

 そう、元凶の目的は……撮影。

 人がフィラに殺される光景を、人がフィラを殺す光景を、人が人を殺す光景を、フィラがフィラを殺す光景を、古代のコロシアムで行われていたような殺戮ショーを撮影し、対価と引き換えに配信する事。

 そんな出演者側としては胸糞悪いとしか言いようのない目的である。


「これは……」

 塔の中を走り続けるツノの前に一枚の扉が現れる。

 そこには、赤い紋様でこう書かれていた。


「第7撮影区域。コードネーム『貴族(ノービリス)奴隷(セルウス)』。『貴族と奴隷』管理エリア。関係者以外立ち入り禁止。管理者:ReコンプレークスTV。だそうだ」

「『貴族と奴隷』?」

「第7氾濫区域ではレゲスを持たないものはレゲスを持つものを傷つけられない。そのグローバルなレゲスから転じて、フィラは貴族で、人間は奴隷、って事だろうさ」

 俺の言葉にツノの目が細まる。

 当然だ。

 俺も腹立たしい事この上ないのだから。


「「「ーーーーー!」」」

「イーダ」

「心配しなくてもいい」

 後ろの方が騒々しくなってくる。

 どうやら、外のフィラたちが追いついて来たらしい。


「この通路を通ってきた時点で詰んでる」

 だから俺は後ろを向くと、十の指を水平に、真っ直ぐ伸ばし、音の主たちに向ける。


「9……10」

「「「!?」」」

 そして10秒後。

 俺たちから遠く離れた場所に居た何者かたちの声が一瞬騒がしくなった後、一切聞こえなくなった。

 その場にいた連中全てが黒い液体となるか、黒い液体が気化して発生した黒い煙によって命を奪われたからだ。

 何故そうなるのか、決まっている。

 塔の入り口から此処までは一本道だった。

 つまり、奴らは此処に来るまでの間に、途中で捨ててきた俺の体液が混ざったペットボトルの水を必ず踏んでいる。

 であれば後はマーキングするだけで俺のレゲスは発動し、閉所である事も合わさって一網打尽である。


「行くぞ」

「うん」

 加えて俺のレゲスによって発生した黒い煙は相当に長い間、通路を埋め尽くす事になる。

 煙がある間俺たちに追いつく事は出来ない。

 だから俺たちはその間に扉を開けると、『貴族と奴隷』管理エリアと呼ばれる部屋の中に入った。


「此処まで来ると私でも分かるね。ここは間違いなく第7氾濫区域の核だ」

「そうだな。全身が震えてくるような力が此処には集まってる」

 『貴族と奴隷』管理エリア。

 そこはとても大きな円筒形の空間であり、中心にはオベリスクと呼ばれるような物体が置かれ、その尖った先端からは赤い光が断続的に、けれど高速で放たれていた。

 輪の中に広がる宇宙のような空間に向けて。


「ツノの言っていたアンテナや中継局ってのは言い得て妙だったみたいだな」

「当たっていても嬉しくもなんともないけどね」

 オベリスクには大量の力が集まっている。

 それは氾濫区域全域から集められた力であり、一部は氾濫区域の維持と運営に回され、大部分は画像と共に何処ともしれぬ場所へと送られている。

 この力が何に使われているのか、何処へ送られているのか、色々と気になる事はあるが……一つ確かな事は、此処が第7氾濫区域の核であり、此処を破壊するなり、掌握するなりすれば、第7氾濫区域は崩壊すると言う事だ。


「さて、核の核は……こっちか」

「……」

 俺は空間全体を見回す。

 すると、力に突き刺さっている力とでも表現すればいいのか、外から付け加えた様子の在る力を俺は感じ取り、俺はツノと一緒に向かっていく。

 さて、通路が俺のレゲスによって封鎖されている以上、普通に考えれば敵対者の類はエリアの中には居ないはずだが……


「やれやれ、間一髪と言う所か。まったく吾輩の身体能力で住宅街から此処まで来るのがどれだけきついと……だが、その甲斐はあったようであるな」

 そうは問屋が卸してくれないらしい。

 制御コンソールと思しき球体を視界に収めた俺たちの前に一人の男が立ち塞がる。


「ダイ・バロン。やはり来たか……」

「この男は……竹林の時の……」

「魔女と使い魔よ。貴様等の命、吾輩が貰い受けるとしよう」

 その男の名はダイ・バロン。

 この第7氾濫区域で夥しい数の人間を殺した異形の化け物であり、俺にとっては根本から反りが合わない不倶戴天の敵である。

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