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40:外を目指して-8

「「『此処は無虫田。ローカルレゲス:ヘモシアニンを利用する生物が地面及び植物に触れたら死ぬ』」」

 第7氾濫区域の核を目指して、湿地帯改め無虫田を進んでいた俺たちは道中の看板にそう書かれているのを見つけ、揃って読み上げた。

 すると、俺の中に何かが貯まる気配がまたした。

 今更ではあるが、この感覚……と言うより貯まっているのは何なんだろうな?

 まあ、あの論文にも記載はなかったので、気にしてもしょうがないが。

 それよりもだ。


「ヘモシアニンって何だ?」

 ヘモシアニンが何かの方が重要である。


「蛸や虫なんかの血に含まれている物質、だったかな。ちなみに私たちの血に含まれているのはヘモグロビンで、私たちの血が赤いのもこれが理由だね」

「なるほど。だから蛸のフィラと虫は地面に触れると同時に死んで、俺たちには影響が生じなかったのか」

「そういう事になるね」

 俺の疑問にツノが答えてくれる。

 流石は元図書委員、博識だな。

 俺はヘモグロビンは知っていたが、ヘモシアニンは知らなかった。


「でも、こんなローカルレゲスとなると、氾濫区域って事を除いても、この田んぼと言うか湿地帯はいずれ全部が腐って駄目になっていく場所だね」

「まあ、植物の受粉に虫は欠かせないからな。風媒花なんかは残るかもしれないが……よくはないだろうな」

 ツノの言う事は正しい。

 短期的には何の問題もないローカルレゲスであっても、やはり長期的に見ればトラブルを招く。

 これはレゲスと言う物が、既存の法則や世界に後から付け加えられた余分なものである以上は仕方がない事なのだろう。

 過ぎたるは及ばざるが如し、既に水が一杯のコップに更に注ぎ込んだら零れるのは当然の事なのだ。


「ま、無虫田についてはローカルレゲスも分かった事だし、これくらいでいいだろう」

「うん、そうだね。それよりも私たちが気にするべきは……」

「ああ、こっちの方だ……」

 無虫田について話しつつ歩いていた俺たちは、赤い月の花弁が10枚になる頃、それの根本に辿り着く。


「塔……で、いいのかな?」

「どうだろうな。このサイズだからそう見えているだけかもしれない」

 それは……巨大な黒い塔、そう評するのが一番妥当な建物ではあった。

 だが、それで正しいのかは分からない。

 一切の光を反射しない様子の表面には、赤い燐光を放つ形で明滅する奇妙な文様が縦横無尽に走っている。

 円柱で窓どころか取っ掛かり一つ無い建物を下から上へと見上げていけば、途中で一度球体のようになって膨らんでいる場所もある。

 何と言うか、サイズが大きいからそう見えているだけで、杭や杖の類に見えなくもない気がする。


「この中に核があるって事でいいんだよね。イーダ」

「ああ、それで問題ない。ちなみに気配としては根元部分が一番強くて、上の方は下の方に向けてエネルギーを送り込んでいる感じだな。で、その根元からまた別の所に向けてエネルギーを送っている感じもあるが……流石にこれ以上は分からないな」

「となるとアンテナとか、中継局とか、そんな感じでもあるって事?」

「かもしれないな」

 塔の直径は10メートルほど。

 とは言え、中は無虫田とはまた別のエリア扱いだろうから、キロメートル単位で測るべき空間が中に広がっていてもおかしくはないのだろうな。

 氾濫区域ってそう言うものだし。

 問題は何処からエネルギーを集めていて、何処に送っているかだが……まあ、氾濫区域全域からエネルギーは集めていて、送る先はこの件の黒幕とか、そう言う感じだろ。

 そこから更に色々と考える事も出来るが……今は気にする事じゃないな。


「入口は……ここが一番怪しいか」

「取っ手も何も無いけどね」

 塔の周りを回っていた俺たちは、一ヶ所だけ塔の表面に切れ目が入ると共に少しだけ凹んでいるのを見つける。

 他の場所が何処も滑らかな曲面で傷一つ無かった事を考えると、ここが一番の候補だろう。


「さて、開け方は……」

 俺とツノはゆっくりと凹んでいる部分に近づく。

 すると塔の表面に赤い燐光で文章が現れる。


「うわ、なにこれ……」

「ふうん。『十の地の理を蓄えた者よ、千の血を捧げよ』か。これはまたふざけるなと言いたくなるメッセージだな」

「読めるわけ……え?」

「ん?」

 文章の内容は単純だ。

 各エリアのローカルレゲスを読み解き、それが10個に及んだフィラが、氾濫区域の中で1,000の命を捧げる……もっと分かりやすく言えば1,000人殺せばこの扉は開くと言っている。

 ローカルレゲスを読み解けるのがフィラだけであり、フィラを傷つけられるのがフィラだけである事を考えると、人間ではまず間違いなく達成不可能な条件である。

 だが、ツノの言いたい事はそんな事ではないらしい。


「イーダ、これ、読めるの?」

「読めるも何も、普通に日本語だろ?」

「いや、私の目には日本語だけじゃなくて、日本語にアラビア語、漢字、それ以外にも記号にしか見えない文字が混ざりに混ざって、到底文章として読める状態じゃないんだけど……」

「……」

「ねえイーダ。イーダって高校で立壁さんの持ってきた論文を読んでたけど、アレって何語に見えてた?」

「日本語に見えてた」

「あれ、英語とかラテン語の論文だったよ。だから私は読むのを諦めたわけだし」

「「……」」

 どうやら、俺の身体には何時の間にやら妙な機能が備わっていたらしい。

 まさか、大抵の文字を難なく読めるとは……この分だと、聞き取る方も同様かもしれないな。

 しかし、どうしてこうなったのかや、これに伴うデメリットの類については今は考えないでおくとしよう。

 今優先するべき事は……


「俺のレゲスで扉を黒い液体に変える。こんな条件を満たす気はないからな」

「うん、分かった」

 この扉を取り除いて、塔の中に入る事である。


「じゃ、行くぞ」

「だね」

 そうして俺は俺のレゲスを使って塔の扉を黒い液体に変化させ、水が気化して生じた煙が晴れると同時に、ツノと共に塔の中へと入っていった。

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