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36:外を目指して-4

本日は二話更新です。

こちらは二話目です。

「イーダ!どうするの!」

 蛸のフィラが俺たちに向けて一直線に舌を伸ばしてくる。

 反転する重力も気にせずに、粘液で舌苔(ぜったい)をぬめらせながら、俺たちの事を絡め捕り、喰らうべく伸びてくる。

 捕まれば……当然命はないだろう。

 既に相手は何十人と人間を喰らっているはずだが、まるで腹が膨れた様子を見せていないのだから。


「10秒頼む!」

「だよねっ!」

「んjbhz!?」

 対する俺は蛸のフィラを指差し始める。

 そしてツノは左手で俺を持つと、先程まで俺たちが隠れていたクローゼットを右手で持って投擲。

 蛸のフィラの本体にぶつけ、舌を押し返すどころか本体までも塀の外にまで吹き飛ばす。


「外に出るよ!」

「おうっ!」

 ツノが窓から外に飛び出し、重力の方向が正常に戻る。

 重力の変化を上手くいなしたツノはそのまま手近な塀に飛び移り、更には住宅の屋根の上に飛び乗る。


「まったくもう……イーダが死なないって分かっていたら……」

「悪い。けれど、俺の身体能力と見た目を考えると、あまり言いたい事じゃないんだよ」

「それは分かるけどさ……」

 その動きは左手で掴んでいる俺にかかる負荷などまるで気にしていない動きであり、正直重力の変化もあって少々酔いそうではあるが……うん、黙っていた俺が悪いな、これは。


「それと。俺の復活は満月になるタイミング限定だ。今死んだら丸一日は復活できないし、俺が気付いていないだけで回数制限がある可能性は否定できないし、喰われたらどうなるかも分からない」

「分かった。つまりは復活できると言っても、迂闊には死ねないって事なんだね」

「そういう事だ」

 俺はとりあえずツノに『月が昇る度に』の情報を伝える。

 そうしている間に蛸のフィラは体を起こすが、それと同時に全身に青い紋様が現れ、マーキングが完了する。


「た、助け……あああぁぁぁ!?」

「じゅzk じゅzk じゅzk」

「「……」」

 だが、それと同時に近くに隠れていたのか、それともここまで連れてこられたのかは分からないが、また一人生徒が上半身を食い千切られて死ぬ。

 どうやら、この蛸のフィラは食欲の権化のようなフィラであるらしい。


「イーダ。絶対に……」

「少なくともツノは危うくなったら逃げるべきだ。もう今は他人の命を気にしていられる状況じゃない」

「でも……」

「勝てない相手に挑んで無闇に命を散らすのは、それこそ死んでいった奴ら、俺たちを助けてくれた人たちへの冒涜だよ。助けられる人間は助けるべきだが、そうでない人間は諦めるしかない」

「ぐっ……」

「じゅzk じゅzk じゅzk」

「「「ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁ!」」」

 蛸のフィラはこちらの事を注視……いや、幾つかの鼻を向けて隙を窺いつつも、周囲の住居に舌を伸ばして、隠れていた人たちを捕まえ、引き摺り出し、喰らっていく。

 間違いない。

 コイツはキンキラのように、周囲の生命体の位置を感知できるようなレゲスを持っている。

 でなければ、ここまで迷いなく隠れている人間を見つけられるとは思わない。


「マーキングが済んだ以上、後は俺の体液を触れさせるだけなんだが……」

「隙が無い。だね」

「ああ、手助けをする人間が居なくなってからだと言わんばかりだ……」

 そして恐らくは俺たちの動きも読まれている。

 マーキングをされた事もあってか、直ぐにでも遮蔽物に隠れられるように動いている。

 蛸そのものではなく鼻と舌の集合体であるお陰で、カモフラージュや消音は苦手なようだし、胴体部分を縮めるのにも限界はあるようだが……これでは俺の体液を触れさせるのは難しいか。


「だったらこうするだけだがな!」

 ならばと俺はタオルの一つを投擲。

 蛸のフィラの近くで黒い液体に変化させる。


「hztzk」

「やっぱり逃げるか……」

 だが、蛸のフィラは黒い液体が黒い気体に変化するよりも早く動き、煙の範囲外にまで逃げ出す。

 しかも、追撃をされないように、きちんと遮蔽物に身を隠しつつだ。


「でも、これで逃げれる!」

「うおっ!」

 けれど蛸のフィラが動いたことで隙も出来ていた。

 だからツノは俺を持って、住居の屋根から屋根へと飛び移るようにして蛸のフィラから距離を取る。


「イーダ!後ろは!」

「ちょっ!?まっ!?揺れ!?」

 その動きは速かった。

 いや、速すぎた。

 しかも横方向だけでなく上下方向にも。


「うっ、あっ……」

 だがそれでも状況は確認しなければならない。

 蛸のフィラは俺たちに向かって一直線に迫って来ている。

 マーキングは俺が激しく揺さぶられているせいなのか、途切れてしまっている。

 だからもう一度俺は蛸のフィラをマーキングしようとするが……揺れが激し過ぎてそんな余裕はない。


「蛸は!追いかけて!来てる!速い!」

「みたいだね!」

 おまけにどういう理屈か、体長10メートルはありそうでも、地形に沿って動いているはずの蛸のフィラの方が、地形をある程度無視できているツノよりも遥かに速い。


「境界には……向かえないね」

「だろう、なでっ!?」

 氾濫区域の内と外を分ける境界に向かうと言う選択肢はない。

 俺は逃げられないし、ツノも逃げられるとは限らず、生き残っている人がいるならば、そちらに向かっている事は想像に難くないからだ。

 後、舌噛んだ。


「だったら……イーダ!力が集まっているってのはどっち!?」

「力!?あ、あっちだ!」

 と、何故かは分からないが、ツノは氾濫区域の核がある方向を俺に尋ねてくる。

 俺は訳も分からずにそれを教え、ツノはそちらに向かって真っすぐに移動を始める。


「だったらそっちに向かうよ!だってそっちには地面に触れただけで虫が死んだエリアがあるはずなんだから!」

「お、おううぅぅ!?」

 ツノの狙い、それは蛸のフィラの撃破にローカルレゲスを利用することだった。

 上手くいく保証などない。

 脱出が目前だった上に、対象を即死させるローカルレゲスなど迂闊に調べる事も出来ないから、詳しい調査など全く行われていない。

 けれど、突然死させる様なレゲスならば、事前に知らなければどうしようもなく、マーキングされただけでかなりの警戒をしてくる蛸のフィラ相手でも通じるのではないか。

 そう言う判断のようだった。

 だが、その湿地帯のようなエリアが俺たちの視界に入るよりも早く。


「いpppxp!」

「っつ!?」

「げっ!?」

「ykbzxzyzk……」

 俺たちの目の前にコンクリートの壁と一緒に鮒釣のオッサンの身体を弾けさせながら唐傘のフィラが現れ、直ぐ後ろには蛸のフィラが追いついて来ていた。

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