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35:外を目指して-3

本日は二話更新になります。

こちらは一話目です。

「ツノッ!」

「っつ……全力で走るよ!イーダ!」

 はっきり言って、状況は絶望的だった。

 どうしようもなかった。

 キンキラが死に、俺が負傷した時点で、こちらに残された戦力と言える戦力はツノ一人のみ。

 マテリアや鮒釣のオッサンの力では、出来ても精々が足止めで、それもほぼ一瞬足止めできるだけと言うもの。

 はっきり言って意味は無いに等しかった。


「どmrちぃ どmrちぃ どmrちぃ!」

「助けっ……!?」

「ひあっ……」

「ぺぎゃ!?」

 そんな状況下でキンキラをレゲスによって殺した唐傘のフィラだけでなく、ダイ・バロンと未知のフィラを相手にする?

 不可能だ。

 物理的にも、単純な戦力的にも、あらゆる意味において不可能だ。

 無意味を通り越して、相手の糧になるだけだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ごぼっ、げぼっ」

「ははははは!全く、この期に及んでも人間が吾輩に勝てると思っているとは!度し難い愚かさだ!!」

「ーーーーー!」

「じゅzk じゅzk じゅzk」

「くぁwせdrftgyふじこ!?」

 だから俺たちはもうそれぞれがそれぞれの判断で逃げ回るしかなかった。

 唐傘のフィラの振るう番傘によって水風船が破裂するかのように人間の上半身が弾け飛ぶ姿が見えようとも。

 ダイ・バロンの哄笑と手に持った金槌による爆音が聞こえてこようとも。

 集団の後方だった方から、奇妙な匂いと共に正気を失ったとしか思えない人々の声が響いて来ようとも。

 とにかく逃げる他に無かった。


「安息の間……安息の間は無いの!?」

「うっ、ぐっ……」

 ツノの足は速い。

 だから死にかけの人間一人を持っていても、悠々と他の人間を追い抜いて逃げれている。

 そんなツノに対して後ろ指を指すもの、救いを求める者は当然居る。

 だが、そんな声を全て無視して、ツノは走ってくれた。

 死にかけの俺を……死んだとしてももうすぐ生き返れる俺を抱えて……。


「イーダ、しっかりして!イーダ!」

「いいから……逃げろ……少しでも……離れろ……」

 紅い月の花弁は11枚。

 もう少しで12枚……満月だ。

 俺の身体は……左腕は折れているし、肋骨も折れているし、内臓もイカレていて、呼吸音もおかしければ、咳の度に血が出てくる。

 ああうん、これは確かに傍から見れば致命傷で、安息の間以外では助かる道などないだろう。

 幸いなのは傷が深すぎて、もはや痛みを感じず、熱さしか感じないという点か。

 おかげで思考は妙にスッキリとしている。


「じゅzk じゅzk じゅzk」

「「「ーーーーー!?」」」

「っつ!?」

 何かが建物の塀を乗り越えて、途中で見かけた人間たちを食い殺しながらツノの方に近寄ってくる。

 その為にツノは止むを得ず手近な住居へと潜り込む。


「うぐっ……」

「ごぼっ……」

 住居に入った瞬間、この住宅街のローカルレゲスによって重力の方向が反転。

 天井が床となり、床が天井となる。

 そして、ツノは俺を抱えた状態で器用に受け身を取り、衝撃を殺す。


「隠れないと……」

 ツノが手近な部屋にあった、クローゼットの中に入り込む。


「イーダ、大丈夫?イーダ……」

「……」

 その間に俺の状態は……はっきり言って、死ぬ直前になっている。

 さて、俺のマテリアが俺の想像通りなら、大丈夫だが……そうでない場合は、ツノとは別れる事になるだろうな。

 と言うより、現時点でも俺を見捨てて逃げて欲しいところだが……無理だろうな。

 ツノの泣きかけの顔からして。


「cぇlcz cぇlcz cぇlcz」

「何、この臭い……気持ち悪い……」

 妙な臭いが漂ってくる。

 甘いような、臭いような、蠱惑的なようでいて、忌避したいものであるような……そんな不思議な臭いだった。

 臭いの主は……今、俺たちに近寄ってきている奴か。


「う、ぐ……」

「イーダ?イーダ!」

 もうツノが逃げる暇はないか。

 ならば、少しでも早く満月に……。

 そう、俺が思った瞬間だった。


「っつ!?」

「イーダ!?」

 俺の全身に痛みが走る。

 折れた骨が元の位置に戻り、肉が増え、血が増えていく。

 そして、それに伴って痛みを伝える神経も元に戻り……


「ーーーーー!?」

「イーダ!?」

 想像もしていなかったような痛みが襲い掛かってくる。

 声を抑えようとしていても、抑えきれないような痛みが襲ってくる。

 だが、その痛みに応じるように俺の肉体も元に戻っていく。


「はぁはぁ……」

「イ、イーダ。これって……」

「俺の……マテリアだ……」

 そうして俺の肉体は傷一つ無い形に。

 破れ、汚れたはずの衣服も元にも戻っていく。

 どうやら、無事に俺のマテリア『月が昇る度に』はしっかりと働いてくれたらしい。


「色々と言いたい事はあるだろうが、ツノ、構えておけ。ヤバいのが来るぞ……」

「う、うん……」

 俺はツノの手から離れると、クローゼットの外に出る。

 既に奴はこちらの位置に気付いている。

 気付いていて、この家の周囲で逃げ惑う人々を食い殺している。


「cdgd、kgz」

「っつ!?」

「……」

 やがて窓から見える位置に奴が……無数の人間の鼻を組み合わせて作ったような胴体に、八本の長い舌を脚のよう生やした、全体としては蛸のような姿をしたフィラが現れる。

 そして、こちらに気付いた蛸のフィラは……


「gztdfj!」

「ーーーーー!」

 舌で捕まえていた人間を一人食い殺すと同時に、俺たちが居る部屋の中に舌を入れてきた。

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