34:外を目指して-2
「ツノ!」
「分かってる!」
集団の前方から叫び声、それに破砕音の類が聞こえ始める。
それを受けて、ツノは即座に右手で俺を持ち、俺は唾液で濡らした手で腰のタオルの一つに触り始める。
「見えた!」
「巨人……」
ツノが走ること数秒。
俺の視界に脱出を目指す人たちの行く手を遮るように立つ大きな影が入ってくる。
影の身長は恐らくだが約3メートル。
全身に棘のような物が生えている。
脚は人のそれではなく馬のものであるが、ケンタウロスと呼ばれるような状態ではなく、二足歩行になっている。
両手には一本ずつ、その身長に見合った大きさの番傘を持っている。
そして口から僅かに赤みを帯びて見える息を吐きつつ、こちらの先頭を歩いていたキンキラと向かい合っている。
簡単に表すならば、半人半馬のフィラと言うのが正しいだろうか。
「「っつ!?」」
だが、そんな事は些細な事だった。
問題はそのフィラの顔。
その顔には俺もツノも動揺を隠す事が出来なかった。
何故ならば……
「唐傘!?」
「唐傘君!?」
「lptpぢし!!」
そのフィラの顔は俺にとっての友人で、ツノにとってもクラスメイトであった行方不明者の一人、唐傘のものだったからである。
「呆けるな!!」
「「っつ!?」」
後ろから聞こえてきた立壁さんの言葉に俺もツノも正気を取り戻す。
「どmrxr!」
「はっ!俺様の剣が折れると思うなよ!!」
既に戦闘は始まっている。
キンキラと唐傘のフィラはお互いの得物を相手の身体に叩き付けるべく、全力で体を動かし、武器を振るっている。
俺たちの後ろに居る人たちも、怪我をしていない人は怪我をしている人を抱え、戦闘の邪魔にならないような別のルートを通って、脱出を急ぐように動いている。
攻撃が出来るマテリアを持った人の中には隙を窺って手痛い一撃を行うべく構えている人も居れば、いざという時に身を呈してキンキラの壁になるべく盾を構えた状態で待機している人もいる。
「ツノ……」
「分かってる」
それを見ては俺たちも呆けてはいられなかった。
俺はカウントが途切れてしまったタオルを再び握り締め、ツノも俺を下ろすと、代わりに砲丸を右手に持つ。
そう、アレはもう唐傘ではない。
顔こそ唐傘のものであるが、中身はただ人を襲うためだけに生きている
倒すべき敵である。
「1……2……」
「みmmちぃ!」
「ぬんっ!」
俺はタオルをレゲスの対象にして投げつけた時に周囲に被害が及ばないような位置を目指して走る。
「3……4……」
「せいっ!」
「dろちぃ!」
その間にもキンキラと唐傘のフィラは激しい殴り合いを演じている。
たった一秒の間に、何度も二人の間には火花が散っている。
それは見た目通りの身体能力しか持たない俺にしてみれば、もはや理解できない速さのやり取り。
と言うか、一体何がどうなれば、総金属製と思しき番傘の二刀流でラッシュを仕掛け続ける事が出来るのか、そんなラッシュを一本の剣で捌いた上に反撃を仕掛けられるのか、理解のりの字も俺には分からない。
「5……6……」
「ははあぁっ!浅いが一太刀!」
「よちぃ……」
と、そんな余人では立ち入る事も出来ないようなやり取りが続く中、キンキラの剣がほんの僅かにだが唐傘のフィラの腹を切り裂き、その刃を赤く濡らす。
「7……」
「さあっ!今度は首をぶった切ってやんよ!!」
「fshs、ptrmp lしょfs」
このまま行けば、唐傘のフィラはキンキラ一人で討伐できるかもしれない。
迂闊に手を出せば、それこそキンキラの邪魔をするだけかもしれない。
俺だけでなく、もしかしたらツノも、周りに居る他の面々も、そう思ったかもしれない。
ただそれでも、カウントは進んでいたので、俺はタオルを投擲するモーションには入っていた。
「8……」
「死……」
キンキラの剣が唐傘のフィラの首に迫る。
唐傘のフィラは薄くではあっても切られた痛みからか、微かに怯んでいた。
だから間違いなくキンキラの剣は唐傘のフィラの首を断つ。
「ねびゃっ?」
「9……!?」
はずだった。
そう、唐傘のフィラの首を断とうとした剣が、まるで壁に全力で投げ当てたゴムボールのように勢いよく跳ね返り、跳ね返った勢いだけでキンキラの腕をへし折り、キンキラ自身の首を刎ね飛ばすまでは。
「くっ!」
「dsyr……」
俺は反射的に唐傘のフィラに向けてタオルを投げつけていた。
そして残り一秒分続けて指さして俺のレゲスを発動。
タオルを黒い液体に変化させ、黒い液体が気化して黒い煙となり、唐傘のフィラを呑み込もうとした。
「、sぃjs」
「っ!?」
だが、それよりも早く唐傘のフィラは動いていた。
動いて俺の事を傘で横殴りにしてきた。
俺に出来る事は、咄嗟に少しだけ跳んで、身体の軽さを利用してダメージを軽減する事ができるのを祈るぐらいだった。
「ごっ!?」
唐傘のフィラの番傘で殴られる瞬間、俺は奇妙な感覚を覚えた。
番傘が俺の身体に当たるよりも一瞬早く、そして一回り太い、目には見えない空気が鉄の塊になったような何かとしか称しようの無いもので俺は殴られ、番傘が直接俺の身体に触れることなく俺は殴られていた。
それが何だったのかは分からない。
そして、それを気にしている余裕もなかった。
「lsとmp こlsmmfs」
「イーダ!」
「ごぼっ……」
ツノに受け止められた俺に向けて、唐傘のフィラは番傘を振り上げつつ駆け始めていたのだから。
そして、こちらでの騒動など気にするものかと言わんばかりに、集団の後方で地面から天に向かって伸びる触手のような物が見えていた。
聞き覚えのある爆音も別ルートを行ったであろう集団の先頭の方から聞こえ始めていた。
こんな状況で俺に出来る事と言えば……
「全員とにかく逃げろおぉぉ!」
逃げ出すための言葉を無理やりにでも吐き出すぐらいだった。
12/30誤字訂正