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33:外を目指して-1

「……」

 新月の暗闇の中、高校の外では地形も含めて様々な物が蠢いていた。

 そして、高校の中には……重苦しい空気が立ち込めていた。

 他でもない俺の働きを原因として。


「イーダは悪くないと思うよ」

「本当にそう思うか?」

 大蛇のフィラだったもの、それから俺のレゲスに巻き込まれた人たちの死体の処理は暗闇の中で行われ、既に終わっている。

 その際に立壁さんと生徒会長は俺の判断に間違いはなかったと言ってくれた。

 そして今もツノが俺にそう声をかけてくれている。


「思うよ。だってイーダが気付いていなかったら、それこそ今この時、この暗闇の中であの大蛇のフィラが暴れまわっていたかもしれないんだから」

「それはそうかもしれないが……」

 実際、ツノの言うとおり、あの大蛇のフィラが生きている事に誰も気づかなかったら、それこそ俺たちは全滅していたかもしれない。

 だがそれでも俺がやった事は決して褒められていいものではないだろう。

 より多くの命を救うために、助かる可能性があった何人かごと大蛇のフィラを葬り去った事に変わりはないのだから。

 そして俺の考えが正しいように……


「「「……」」」

 暗闇の中から俺に向けられる視線も厳しい。

 恐怖、怯え、怒り、どう表現すればいいのかも分からないような混沌とした感情まで入り混じった視線を感じる。

 もしかしたら、こんなのは俺の妄想で、身勝手に感じている事かもしれない。

 だがそれでも、俺は……俺自身がやった事に悔いを感じずにはいられなかった。

 俺と違って、彼らに死んだ後の機会など無いのだから。


「イーダ。イーダは間違ってない。あの時あの場で気づけて動けたのはイーダだけだった。だから、他の誰が……それこそイーダ自身が何を言っても、私はイーダは正しかったって言うからね。分かった?分かったなら前を向こう。もうすぐ新月も終わるんだから」

「……。分かった。ありがとうな、ツノ」

 俺が俺のレゲスで死んだ彼らに報いるために出来る事があるとするならば、それは生き残っている他のメンバーを外に導く事なのかもしれない。

 そうとでも思わなければ……それこそおかしくなってしまいそうだった。

 そうして新月は終わった。



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「好機……で、いいのだろうな」

「好機でいいと思います」

 新月が明けた直後。

 フィラが高校の敷地に侵入してくる事は無かった。

 それから調査を行い、その結果として、俺と大多知さんたちが出会った商店街に、昨日キンキラたちが調査をした住宅街を抜ければ、境界まで辿り着けることが判明した。

 加えて人を襲うようなフィラの気配も無く、片道は歩いて2時間ほどで、紅い月の花弁もまだ増えている途中で6枚。

 正に脱出の好機としか言いようのない状況だった。

 それこそ、この機会を逃してしまえば、もう二度と脱出する機会はないかもしれないと感じるほどに。


「それでは出発する!」

 だからこそ生き残った面々は自分の荷物を持つと、集団になって行動を開始した。

 万が一に備えてキンキラが先頭を行き、ツノと俺が最後尾、そして真ん中の方には数少ないマテリアを持った生徒や自衛隊隊員が固まっていると言う布陣で、である。


「脱出……か。でも……」

「ああ、俺、鮒釣のオッサン、キンキラの三人は脱出できない。自分の名前が分からないからな。でもそれでも他のメンバーの脱出に協力することについては賛成した。だから此処に居ても何もおかしくはない」

「うん、けど、色々としこりは残しそう……だよね」

「でも、こんな機会がもう一度あるなんて思わない方がいい。油断したら……いや、油断をしなくても、運が悪かったら命を落とすのがこの氾濫区域と言う場所なんだからな。逃げられるときに逃げ切った方が良い。そんな事は、あの大蛇のフィラでみんなよく知ったんだよ……」

「うん、そう……かもね……」

 周囲を警戒しつつ俺とツノは集団の最後尾を歩く。

 商店街を抜け、住宅街に入ったところだが、今のところは落伍者の類はない。

 だが、これまでのフィラとのやり取りで手や足を折ったり失ったりした人も少なくないため、その歩みは決して速いとは言えない。


「……」

「イーダ?何か気になる事でもあるの?」

「気になる事……いやまあ、気になる事ではあるのか」

「何か有るのなら話して。さっきみたいなのは嫌だから」

 背負った装備品を揺らしつつ歩く俺はとある方向を向く。

 するとそんな俺の行動を妙に思ったのか、ツノが尋ねてくる。


「別にフィラの気配がするとか、違和感があるって話じゃない。ただ、あっちの方に力が集まっている感覚があるものでな」

 俺が指さした先、その方角にはまた別のエリアがある。

 そこは俺の記憶が間違っていなければ、事前の調査で地面に触れただけで虫が死んでしまったとして、調査自体が危険と判断された田んぼと沼地が合わさったようなエリアである。


「あっち?私は特に何も感じないけど……」

「まあ、どうにもここまで感覚が鋭いのは俺個人の資質によるものみたいだからな。分からない方が普通なんだろう」

 恐らくだが、第7氾濫区域の核がそのエリアの何処かにあるのだろう。

 生きたまま世界と同化しかけたおかげで、核の位置が分かるようになっていた俺の感覚はそう告げている。

 尤も、地面に触れただけで虫が死ぬようなエリアなど、危険すぎて探索など出来るはずがないのだが。


「……。何も、起きないといいね」

「そうだな。何も起きずに、脱出できるといいな……」

 俺とツノは歩き続ける。

 このまま何も起きない事を祈りつつ。


「「「ーーーーー!!」」」

 だが、その祈りが通じる事は無かった。

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