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32:命呑む口-6

「だああぁぁいしょうりいいぃぃぃぃ!」

「「「ーーーーー!」」」

 大蛇のフィラの首が大地に転がると同時に、この場に集まっていた面々から歓声が上がる。

 だが、それも当然の事なのかもしれない。

 なにせ、俺が目撃していなかっただけで、この大蛇のフィラに命を奪われた人間は相当多かっただろうから。


「ま、俺様と朝駆の二人が居ればこんな物だろう。はっはっは!じゃ、後は任せたぜ。もうすぐ新月だし、俺様はそちらに備えないといけないからな」

「フィラの力と言うのはやはり凄まじいな。敵にしろ、味方にしろ。だが、部下たちの仇も取れたし、憂いも一つ断てたか……」

「そうですね。これでエリア移動直後の危険が少しは下がったと思います。とは言え……」

 皆が生存と討伐の喜びを分かち合う中、とキンキラは笑い声を上げながら自分の持ち場に帰っていく。

 立壁さんと生徒会長も、少し離れたところで何か話をしているようだった。


「被害が出たのは悲しいけど、倒せてよかったね。イーダ」

「そうだな。倒せて何よりだ。本音を言えばもう少し早くに出て来て、氾濫区域から脱出する時間が有ればよかったんだが……」

「後10分もないだろうし、それは無理だろうね」

「だろうな」

 ツノは激しく動き回って疲れたのか、その場でへたれ込んでいる。

 俺も疲れていると言うよりはツノに持たれた状態で激しく揺さぶられた反動だが、あまり気分が良くないため、その場で何度か頭を振る。

 そして、自分たちが倒した相手の状態を確認するべく、改めて千切れた大蛇のフィラの頭を見る。


「……」

 大蛇のフィラの頭は大蛇自身の頭に加えて、他の生物の頭が幾つか鱗の代わりとしてくっついている。

 大きさは頭だけになった状態でも、まだ普通の人よりも大きいぐらいだ。


「くそがっ、コイツのせいでアイツは……」

「落ち着けよ。もう死んでる」

「この感じだと食い物にもならねえんだろうな。マジで糞だわ」

「あははっはっ!褒めろおおぉぉ!私をほっめろおおぉぉぉ!!」

 大蛇のフィラの周囲では朝駆さんの他数名が死体蹴りのような真似をしている。

 あまり褒められた行為ではないが……まあ、相手は人間を何十人あるいは何百人も食い殺しているような相手であるし、咎めるような行為でもないか。


「ん?」

 そうして眺めているとほんの少し、そう、本当に少しだけ違和感と言うか、引っ掛かりのような物を俺は覚えた。


「イーダ?どうしたの?」

「……」

 ツノが俺の方を向いて疑問を問いかけてくるが、俺はそれを無視してタオルの一つを手に取る。

 そして、その上で考える。

 何に違和感を感じたのかを、どうしてこれほどまでに嫌な予感と言う物を覚えているのかを。


「イーダ?」

 そう、あの大蛇のフィラは間違いなく死んでいる。

 首が千切れて生きていられる生物など居ない。

 だが、それは正しいのだろうか?

 あの大蛇のフィラのレゲスはなんだった?

 生物の死、意識の消失が確定するタイミングは何時だった?

 そして、これらの事柄から導かれる答えは何だ?


「っつ!?」

 俺は……一つの可能性に気付く。


「気を付けろ!!」

「ん?」

「へ?」

「ああ?」

 気づいて叫んだ。


「そいつはまだ生きている!!」

「9w98hq」

「「「あ……」」」

 だが、遅かった。

 遅すぎた。

 俺の叫びが大蛇のフィラの回りに居た朝駆けさんたちに伝わった時には、既に大蛇のフィラは自分の首にくっついていた幾つかの頭を潰しつつも、その大きな口を広げていた。

 そして、朝駆さんたちが逃げる暇もなく口は閉じられ、即座に呑み込まれた人たちの顔が新たな鱗として大蛇のフィラの身体を再生させる様な形で生じていた。


「「「うわああぁぁぁぁ!!」」」

「h8tqwqhh……」

 確かに死んだと思っていた大蛇のフィラが生きていた事でパニックが起きる。

 近くに居た人たちが我先にと逃げ出そうとして、あるいは抵抗しようとして、もみくちゃになる。

 そんな中で大蛇のフィラは誰彼かまわずに次々と人を喰らっていき、その身体を再生しつつ、命のストックを増やしていってしまう。


「イーダ!?」

 ツノの顔は真っ青になっていた。

 立壁さんと生徒会長、それに教師たちもどうにかして周囲を落ち着かせて反撃をしようと試みているが、大蛇のフィラの動きの方が明らかに速そうだった。

 持ち場に帰った以上、キンキラの姿もない。

 食われたのだから朝駆さんももう居ない。


「ぐっ……」

 もっと早くに気づいていれば。

 そう思わずにはいられなかった。

 俺は首を折られても直ぐに死ぬ訳ではない事を知っていたのに、まだ大蛇のフィラには命のストックがあったのに。

 それらを繋げて考える事が出来なかった己の馬鹿さ加減に嫌気がさした。

 それ以上に、この場で俺がこれから出来る事がこれしかないと言う無力さにも嫌になった。


「畜生が!!」

 だが、これ以外に手はなかった。

 だから俺は手に持っていたそれを、今正に生徒の一人を新たに丸呑みにしようとしている大蛇のフィラに向かって投げつける。


「あ……」

「なっ!?」

「イーダ!?」

 タオルが黒い液体に変化する。

 そして黒い気体になって、広がっていく。

 大蛇のフィラを巻き込むように……食われかけている生徒を巻き込むように……逃げるのが遅れた人たちを巻き込むように……広がっていく。


「い8wqjqsqsqsqsqsqsq!?」

「「「ーーーーー!?」」」

 大蛇のフィラと人の断末魔の叫び声が響き渡る。

 俺のレゲスによって生み出された黒い煙に呑まれ、全身が黒ずみ崩壊していく音が聞こえてくる。

 俺はそれがどれほど痛くてツラい事かを知っている。

 知った上で彼らを巻き込んで味あわせている。

 俺が気付けなかったツケを彼らに払わせている。


「……」

 けれど……けれど、俺に出来るのはこれだけだった。

 俺に出来るのは殺す事だけだった。

 俺のレゲスには敵も味方もなく、ただ死を振り撒くだけのレゲスだった。

 だから、こうする以外に方法は無かった。


「gくぃ3j9h9j3……」

 そして、黒い煙が晴れた後には完全に息絶え、ただの黒い何かの塊になった大蛇のフィラと人間だったものが転がるだけとなり……俺たちがそれを目視すると同時に新月は訪れ、世界は闇に包まれた。

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