30:命呑む口-4
「食料はまだまだ大丈夫みたいだな」
「うん、あの肉を果物に変えてくれる商店街と自衛隊の人たちが持って来てくれた食料のおかげで、食料についてはもう数日は心配しなくてもいいみたい」
「で、水も薪さえあれば心配はしなくていい、と」
「その薪も住宅街の方から適当な家具を運んでくる事で、確保できたみたいだよ」
今の紅い月の状況は花弁が10枚散って後2枚。
これが全て散れば新月となって、エリア移動が始まる事となる。
「となると、後足りないのは、やっぱりマテリアか」
「うん、そうなると思う。私たちは自前のレゲスを利用すればいいけど、他の人はマテリアが無いと高校の外でフィラに遭遇した時に逃げる以外の手段がないから」
「その逃げるにしても相手のレゲスと身体能力次第じゃ不可能となれば……まあ、脱出は気を付けてやらないとただの自殺行為になるよな」
「だね」
そんなわけで、現在俺とツノの二人は自衛隊の人たちと共に、竹林と校舎の間に築かれたバリケードで待機。
大蛇のフィラが何時竹林から出て来てもいいようにしている。
「それにしても……」
「イーダ、どうしたの?」
俺はツノの方を見る。
より正確に言えば、ツノが握っている物を見る。
「それ、持てるのか?」
ツノは右手でグラウンドを整地するためのローラーを、左手で複数個の砲丸をまとめて入れた袋を持っていた。
俺の知識と言うか認識が間違っていないなら、ローラーの方は500キロはあったし、砲丸の方も全部合わせれば30キロはあると思うのだが……ツノは右手のも左手のも難なく持ち上げてみせている。
左手の砲丸はまだ力でどうこうできる範囲だが、右手のローラーは……明らかに一人の力で持ち上げられるような重さではない。
「ちょっと工夫する必要はあるけど、持てるよ。私のレゲスはそう言うレゲスだし」
「そ、そうか……」
勿論、こんな事が出来るタネはある。
ツノのレゲスは左手だけで持っているものの重さの20倍までなら、右手で持っているものは重量も空気抵抗も無視して、自由に振り回せると言う物であるらしい。
そしてツノ自身の身体能力は低く見積もっても普通の人間の5倍以上ある。
なので、ローラーぐらいまでなら問題なく持つ事が出来るそうだ。
話には聞いていたが……うん、実物は想像以上に衝撃的だ。
「さて、このまま竹林から出て来てくれないといいんだけど……」
「そうだな。出来ればエリア移動まで何も起きなくて、エリア移動の後も何も起きずに脱出できると嬉しくはあるな」
俺はツノ以外の面々も見る。
この場に居るのは、自衛隊の隊員がアサルトライフルを持った隊員が5人、槍と盾を持った生徒と教師が合わせて10人、双方に俺とツノを合わせて合計17人がこの場に居る。
ただ、戦闘となれば、基本的に生徒と教師は伝令に走る事になっているので、戦力として勘定に入っているのは7人だけ。
いや、もしかしたら自衛隊の人たちの認識では、俺とツノも守るべき対象として見られているかもしれない。
「あと1枚……だね」
「だな」
そうこうしている間に紅い月の花弁が残り1枚になる。
このまま何も起きないのではないか。
俺がそんな事を少し思い始めた時だった。
「wqq53……」
「っつ!?」
「まあ、そう上手くはいかないよね……」
不折の竹林の奥から、こちらに向かって何かが這い出てくる。
「隊長に伝令を。例の大蛇が現れたと」
「了解」
そいつは……そいつは確かに蛇ではあるのだろう。
頭は口を開けば立った状態の大人でも丸呑み出来そうな大きさがあるが、それでも蛇ではあった。
だが胴体は細長く手足が無い以外は、とてもではないが蛇のそれでは無かった。
「相変わらず気持ち悪い……」
「気を付けろよ。食われれば、俺たちもあそこの仲間入りだ……」
「ああ、分かってる……」
そこにあったのは無数の顔、顔、顔。
大量の生物の頭が鱗として大蛇の胴体を覆い尽くしている。
犬も居る、猫も居る、ネズミ、カラス、昆虫、そして人間。
事前に説明はされていたが、嫌悪感と吐き気しか催さない姿だった。
「8h958h9 y9い677yq え3い85q」
「とりあえず指さしはもうしておくぞ」
「うん、お願い」
蛇と無数の顔からは意味を為さない記号の羅列のような音が漏れて来ている。
はっきり言ってその音も気持ち悪い。
だが、目を逸らして良い相手ではない。
だから俺は竹林の間から見えた奴の顔を右手の人差し指で指し始める。
既に俺の背後では、男子生徒の一人が伝令としてゆっくりと後方に下がり、立壁さんたちの方に向かっている。
「「「……」」」
出来ればこのまま帰って欲しい。
そうでなくとも10秒経ってからこちらに来て欲しい。
それがこちらの本音である。
「い74q7いq」
「来……」
だが、大蛇のフィラが待つ事は無かった。
大蛇のフィラは頭で出来た胴体を持ち上げる。
そして……
「る?」
「なっ!?」
気が付けばバリケードの一つに突っ込み、その裏に隠れていた男子生徒と自衛隊隊員をバリケードごと丸呑みにしていた。
「wq、あ3hh8hh 5qg3536q497」
「「「敵襲うううぅぅぅ!!」」」
そうして新たな鱗が大蛇のフィラの末端に2枚生じる中、戦いは始まった。
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