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3:少女になって-2

「よい……しょっと!」

 安息の間の扉は石で出来ているだけあって、やはり重かった。

 それこそ今の俺の身体では全身を使って押すようにしなければ、ビクともしなかったほどだった。

 だが、安息の間のローカルレゲスとやらの効果なのだろう。

 それほどに体を使ったのに、俺は息切れどころか疲れ一つ感じなかった。


「……。でも、此処に留まり続けていても仕方がないよな」

 もしかしたら、このまま安息の間に居続ければいずれ来る救助に助けてもらって、安全に外へ出れるかもしれない。

 けれどそれは……あの何も無い部屋で何日もただ過ごす事を意味している。

 そんな環境に俺の精神が耐えられるとは思えない。

 だから俺は危険を冒してでも、進むことを決めた。

 決めたので、俺は安息の間の外に出た。


「部屋の外は……は?」

 出て……思わず首をかしげた。


「えーと……俺は安息の間を出たよな?」

 そこは先程まで俺が居た安息の間によく似ていた。

 白い石で出来た床に壁、そしてガラス張りの天井。

 ガラス張りの天井の向こうには、何時の間にやら花弁が一枚減った紅い月が見えている。

 そうして部屋の中を一通り見渡し……気づく。 


「扉が無い!?」

 この部屋には扉が無かった。

 安息の間からこの部屋に移動するのに通ったはずの扉も含めて、何時の間にか一つの扉も無い状態になっていた。


「こ、これは……閉じ込められ……いや待て、きっとそうだ。そうに違いない。この部屋にも、何かがあるんだ。その何かのせいで、出られなくなっているに違いない」

 根拠などない。

 だが諦めるにはまだ早い。

 そう判断した俺は注意深く部屋の中を見て回ってみる。

 すると、まるで本来ならばそこに扉があるかのように、周囲の壁よりも一段窪んだ壁に、安息の間にもあった未知の言語で書かれたメッセージがあった。


「『此処は試練の間。ローカルレゲス2:自我持つ生物は自身のレゲスを使わなければ外には出られない仕掛けが生じる』?」

 一体どういう意味だろうか?

 俺はとりあえず差し迫った危険は無さそうだとして、ゆっくりとこの言葉の意味を考える事にする。


「とりあえず、ローカルってのは局所的ーとか、地域限定ーとか、そう言う意味の英語だよな。レゲスってのは……文脈からして能力とか、法則とか、そんな感じか?何処の言葉かも分からないけど。で、それが2って事は……」

 俺は少しだけ周囲を見回してみる。


「うん、1もあるよな。読めないけど」

 すると、天井の方に何かが彫られているのを見つけたが……うん、背が足りなくて読む事も出来ない。


「まあいいや、それよりも重要なのは、恐らくは俺にもそのレゲスってのがあるって事で、そのレゲスを使えれば、この部屋から出られる。こっちの方だな」

 読めないものは仕方がないので、俺は考えを、どうしたら自分のレゲスとやらを使えるのか、と言う方向変える。


「んー……」

 さて、こういう時の定番としては、自分の中にある力の類であれば、そう言う方向に意識を傾ければなんとなーく使い方は分かると言うものだが……。


「んー?指……か?」

 俺は黒い爪が生えた指を窪んだ壁に向ける。


「合っている……よな?」

 向け続ける。


「あ、なんか出た」

 そうして向け続ける事、おおよそ10秒。

 唐突にそれは出現した。

 それは青く淡く光った奇妙な文様で、俺の巫女装束の下に隠れているものによく似ていた。


「えーと、これで後は俺の体液を……ん?体液?……。体液かぁ……」

 で、後はこうして紋様が刻まれた対象に俺の体液を一滴でも触れさせれば何かが起きるようなのだが……。

 正直、体液を触れさせるあるいは浴びせるとか、変質者か犬か蝉かと言いたくなってくる。

 何を言っているかと思われるかもしれないが、でもそうとしか思えない。


「基本は……唾液……だよな」

 だって体液だ。

 身体から出る液体だ。

 唾液に涙、汗に血液、それから下の方に関係する液体だ。

 最初の方はまだしも、最後の方を利用してレゲスを成立させると言うのは……正直どうかと思う。


「うん、表向きは唾液って事にしておこう」

 まあ、ここで四の五の言っていても仕方がない。

 と言うわけで、俺は指を舐めて、唾液を塗りつける。

 そして、唾液で濡れた指で紋様が光る壁に触れる。


「おおっ!」

 すると、ただそれだけで窪んだ部分の壁は黒い液体に変化して、崩れ落ちた。


「やっ……いつ!?」

 だが、喜んでいられるのはそこまでだった。


「へ?あ?うぐっ!?」

 黒い液体は俺の足元にまで来て、水たまりを作っていた。

 そして嫌な音と共に気化して、煙のような物を上げていて、その臭いはこの世のものとは思えない悪臭だった。

 しかし、臭いなどもはやどうでもいい問題だった。


「あじがっ……ゆびがっ……」

 気が付けば俺は水たまりの中に倒れ込んでいた。

 手足が黒ずみ、痛みどころか熱すら感じられない程の早さで腐り落ちていく。

 体が氷水よりもなお冷たい虚無へと落ちていく。


「ごぼっ……げぼっ……」

 全身が、身体の外も内も、腐っていき、黒い液体が口からこぼれ出ながら崩壊して……


「ぞんな……」

 俺は死んだ。




「へ?」

 はずだった。


「え?あ?」

 再び目が覚めた時。

 黒い水たまりは既になく、俺の身体は元通りになっていた。


「何が起きて……うっ……」

 幻覚ではない。

 幻覚とは思えなかった。

 あの匂い、あの感覚が嘘だとは信じられなかった。

 そして先程の現象が現実の事であるのを示すように、試練の間の壁は消滅しており、その先の空間……何処かの部屋が見えていた。


「……行くしかない」

 どうして助かったのかは分からない。

 だが進む以外にない。

 だから俺は分からないまま進んだ。

 気が付けば、空に浮かぶ紅い月の花弁は再び12枚になっていた。

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