29:命呑む口-3
「残念だったね。イーダ」
「まったくだ。だがまあ、これで確定したな。この第7氾濫区域は俺を外に出したくないらしい」
結論から言ってしまえば、名簿を探しても俺の名前は出てこなかった。
と言うより俺の名前が記されているであろう場所とその周辺だけ、文字がバラバラに分解され、コンピューターの文字化けのような状態になってしまっていた。
「それにツノの本名が分かっただけでも儲け物だろ」
「そうかな……?」
「そうだろ。元々、この高校に居る五人のフィラの内、この方法で本名が分かる可能性があったのは俺とツノの二人だけだったんだぞ。なら、その中で片方だけでも名前が分かったなら、十分な成果だろ。そうでなくとも俺の名前については色々と妨害が入っているんだからな」
「うん、分かったそう思っておく」
対するツノの本名はあっさりと判明した。
三浦ツキノ、それがツノの本名と言うか、人間だったころの名前であるらしい。
残る問題はこの名前だけで第7氾濫区域の内と外を分ける、あの黒い混沌の壁に穴が開くかだが……こればかりは実際に試してみるしかないだろう。
「明日には脱出できるようになっているといいんだけど……」
「竹林に大蛇のフィラさえ居なければな……」
さて、現在の時刻は紅い月の花弁が2枚散ったところ。
不折の竹林を突破しての脱出は大蛇のフィラの存在が判明したため中止。
キンキラが探索してきた住宅街はローカルレゲスが住居内の重力が反転しているだけと言う比較的安全なものだったが、外に出る為には住宅街以外にも未知のエリアを越える必要があるとして物資の調達以外は行えなかった。
そんなわけで、次の新月に行われるエリア移動までは、竹林方面への警戒を強めつつ、高校内で待機する事となった。
「イーダのレゲスならどうにか出来るのかな?」
「話を聞く限りだと、かなり動きが早いみたいだからな……たぶん指さし始めてから2、3秒もしたら、護衛役共々食われてると思う」
「ガスの方を浴びせるのは?」
「命を幾つか奪っている間に以下略」
「厳しいねぇ……」
「見た目相応の身体能力しか俺には無いからな……」
で、今の俺とツノだが、ツノは『薪を湯に』を使って生み出された熱湯を程よく冷まして作ったお湯を、桶一杯に入れて個室に運んでいる。
そして俺はタオルを持って、ツノの隣を歩いている。
うん、運んでいる物から分かるようにお湯で体をふく感じである。
俺については『月が昇る度に』で復活した時に身体の汚れもなくなっているし、裸足で竹林を歩いて汚れていた足についても高校に着いてすぐに洗ったので必要ない気はするが……そこはきちんとやっておいた方が良いと、何故か男女問わず全員から言われてしまったので、まあ洗っておく感じである。
「じゃ、着いたし。とっとと体を拭いちゃおうか」
「おう、そう……」
やがて俺たちは目的地である女子が体を拭く用の場所として準備された教室に着く。
俺たち以外に人影はなく、窓にはしっかりとカーテンがかかっている。
そうして、プライバシー的な意味で問題が無い事を確認したツノは桶を置くと、極自然に制服を脱ぎ始める。
で、俺は気づく。
「って、ちょっと待て!ツノ!?何平然と脱いでいるんだ!?」
「へ?何でって脱がないと体が拭けないでしょ?」
この状況の問題に。
「いや待て!俺の中身!俺の中身男だから!見た目は美少女でも中身は男だから!!」
そう、俺の中身は男である。
そしてこの事実については俺は一切隠していないし、ツノに至っては元クラスメイトで話をした事もある相手である。
つまり、このままだと肉体的には女同士でも、精神的には男女の組み合わせになる形で、裸で、顔見知りの二人が、二人きりで……とにかく拙い!
「……」
だがツノはそんな俺の言葉に少し悩む様子を見せた後……。
「別に良いんじゃない?イーダの身体は女の子だし。その手の間違いなんて起きようがないし。そもそも見られても減るような物でもないじゃない。うん、何も問題はないかな」
「おいいぃぃ!?」
何ともなさそうにそう言い切って見せると共に、制服の上半分を脱ぎ去る。
それどころかだ。
「そんなわけだからイーダも脱ぎ脱ぎしようねー」
「ちょっ!?まっ!?ひやっ!?」
「あれ?この首輪は外せないんだ」
「変な所を……ひうっ!」
その状態で素早く俺を捕えると、片手で俺の身体を掴み上げて身動きを取れなくした所で、もう片方の手を器用に使って俺の巫女装束を手早く脱がしていく。
「うーん、嫉妬したくなるくらいの綺麗な銀髪にもち肌……この刺青みたいなのもエキゾチックな感じでよく似合っているし羨ましい」
「おろし、せめて下ろして!」
「んー、そうしたいけど、そうなるとイーダ逃げ出しそうだし、このままで」
ツノは自分の服も片方の手で素早く脱いでいく。
勿論その間も俺は抵抗を続けるが、何ら抵抗にはなっていなかった。
「じゃ、イーダは桶の中ね。暴れちゃだめだからねー」
「う、う、う……」
やがて俺は湯が張られた桶の中に立たされる。
正面には一糸まとわぬ姿で笑顔のツノが居て、プロの陸上選手のようなしっかりとした筋肉が付いた身体に、よく収まっていたなと思えるような大きさのそれを俺に見せている。
はっきり言って、今のツノはとても魅力的な姿であり、もしも俺が元の男子高校生の姿でこの状態のツノを見いていたら、一瞬にして理性が吹っ飛んでいただろう。
だが、悲しいかな、あるいは幸運な事に、今の俺の身体は女である。
煩悩の類以上に恥ずかしさの方が勝っていて、顔を真っ赤にしつつも直視しない事が限界だった。
「背中は拭き合いっこだからねー」
「うぐう……」
そうしてタオルが渡され……
「分かった……」
俺とツノは全身くまなくタオルで拭き合ったのだった。
で、その後は睡眠をとることになったのだが……当然ながら俺は碌に眠る事が出来なかった。
と言うか眠れるわけが無かった。
なにせ目を瞑るだけで、ツノの裸体がまぶたの裏に浮かび上がって来てしまうのだから。
「……」
正直に言いたい。
思春期の男子高校生に刺激が強すぎるものを見せるのは勘弁してください、と。