<< 前へ次へ >>  更新
27/108

27:命呑む口-1

「何だこれ……」

 紅い月の花弁が1枚散って11枚になった頃。

 俺は高校に辿り着いた。

 だが、俺が辿り着いた高校は……明らかに何かと戦った痕跡がそこら中にあった。


「何が来たんだ……」

 生徒たちが築き上げたバリケードの幾つかは見るも無残に壊されている。

 死体はないし、炊煙が上がっている事から撃退あるいは撃破に成功した事は間違いない。

 けれど、いったい何がやってきたのだろうか……今、この高校には生徒に教師だけでなく、自衛隊の人たちも居るはずだ。

 第7氾濫区域全域に存在するレゲスの影響で攻撃が通用しない高校の外ならばともかく、そのレゲスが存在しない高校の中であれば対処は十分に可能なはずだろう。

 そうして、高校の変化を妙に思いつつも俺は高校の敷地内に入り、偉い人たちが居るであろう職員室に向かおうとした。


「動くな!」

「っつ!?」

 だが、数歩進んだところでバリケードの後ろから自衛隊の人が現れ、俺に向けて銃を突き付け、俺はその事態に自分の身を強張らせる。


「ゆっくり手を……君は!?」

「あっ!」

「ははは……」

 幸いな事に銃を撃たれる事は無かった。

 自衛隊の人も、その隣に居る槍を持った男子生徒も、直ぐに俺が誰か気づいてくれたらしい。

 どうやら、この銀色の髪に巫女装束と言う特徴的な姿が役に立ってくれたらしい。


「そうか、無事だったのか……」

「はぁ、イーダちゃんが無事でよかった……」

「えーと……」

「状況が知りたいのなら、職員室に行くといい。私たちには此処で外を警戒する役目がある」

「そうっすね。イーダちゃんならあそこにも入れてもらえると思うんで」

「分かりました」

 俺は二人に礼を言うと、職員室へと向かう。

 まずは状況把握をしなければならない。

 俺が死んで、此処に歩いて来るまでの4時間でかなりの変化が起きているらしい。



----------



「さて、イーダ君について色々と聞きたい事はあるが……まずはこれを言っておくべきだろう。今日の脱出作戦は中止になった。今、我々が脱出を図っても、全員奴に食い殺されるだけだ」

「……」

 会議室の中は……はっきり言ってしまえば暗かった。

 物理的には部屋の中に寝ているキンキラが居るから明るいが、雰囲気がとにかく暗かった。

 立壁さん、ツノ、キンキラ、朝駆さん、鮒釣のオッサン、生徒会長、他に教師と大人が数人居てこの暗さと言うあたり、どうやら奴と言うのは相当厄介な異形であるらしい。


「何があったのですか?」

「今から説明しよう。奴については全員が情報を共有するべきだ」

 とりあえず奴と言うのがダイ・バロンでない事は確かだ。

 立壁さんの口ぶりから察するに襲われたのはつい先ほどで、時間が合わないからな。


「まず第一に我々自衛隊はこの高校に避難している方々の救助を行うべく、大多知巡査の案内で第7氾濫区域に計49名で侵入した」

「……」

「侵入後、三連君、イーダ君、教師の灰霧さんの三名と合流し、こちらに向かう事になったが……そこで敵性フィラである個体名:ダイ・バロンが奇襲。この奇襲で灰霧さんに加えて、隊員五名が殉職した」

「そこまではまあ、分かっています……」

 立壁さんの説明が始まり、俺たちは基本的には黙ってそれを聞く。


「問題はその後だ。我々は竹林の中を移動し、この高校の近くまでは来る事が出来た。だがそこには奴が……大蛇のフィラが居た」

「「「……」」」

 場の空気が一気に重くなる。

 どうやらこの大蛇のフィラと言うのが、脱出作戦を妨げている何かであると同時に、大規模な被害をこちらに与えてきた異形であるらしい。

 異形の事を何故フィラと呼ぶのかについては……まあ、後で聞けばいいな。


「奴、大蛇のフィラは口を開けば、大人一人を移動する勢いそのままに呑み込み、食い殺す事が出来る大きさを持っている。全長は……短く見積もっても20メートルはあるだろう。そして奴のレゲスは……」

 立壁さんはそこで何度か頭を横に振る。

 どうやら、相当衝撃的な光景が立壁さんを襲ったらしい。


「立壁殿、この先は私から説明しよう」

「それは、だが……すまない。よろしく頼む」

 先生の一人が立壁さんに代わって説明を始める。


「奴のレゲスについて説明する前に、奴の見た目に付いて補足しておこう」

「お願いします」

「奴は……基本的には確かに大蛇だ。だが、蛇らしいのは頭と手足のない長い胴体と言う基本的な構造だけ。奴の鱗は、あー……頭だ」

「頭?」

「そう、頭だ。犬、猫、ネズミ、鳥、昆虫、そして人間、ありとあらゆる生物の頭が鱗の代わりに生えていた。それはとても衝撃的な光景でな……恐らく、今君が考えている物よりも実物は遥かに衝撃的だろう」

「……」

 鱗の代わりに生物の顔が生えた大蛇……イメージはしてみたが……確かに衝撃的かもしれない。

 流血ホテルで戦ったアメンボの異形よりも遥かに。

 と言うか、単純に気持ち悪い。


「そして奴のレゲスは……丸呑みにした生物の頭を自らの鱗として出現させ……その頭の数だけ生き返ると言う物だ」

「は?」

 先生の言葉に俺は思わず間抜けな声を上げてしまう。

 頭の数だけ生き返る?

 いや待て、そのレゲスの内容が正しくて、さっき言った蛇の外見通りであるならば……その蛇はいったい何度、何十度生き返る?


「気持ちは分かる。だが事実だ。事実として……竹林の中で自衛隊の隊員10名が奴に食い殺された。そして高校の中に入ってきた奴を我々は迎え撃ち……こちらの銃弾を何十度と頭に撃ち込んだ。だが、奴は死ななかった。まるで奴が浴びた銃弾を肩代わりするように、他の頭が潰れた」

 立壁さんが説明を引き継ぐ。


「そして他の頭が潰れていく中、奴は更に12名の隊員を丸呑みにした。そして、そこで私は見た。食われた隊員の頭が鱗として生えていくのをな。そして奴は竹林の中へと帰っていった。奴の命が幾つ残っているかは分からない。分からないが……少なく見積もってもまだ100以上は残っているだろう。分かるか、イーダ君。我々の脱出路は……脱出路では無かった」

 立壁さんたちが頭を抱える。

 ああなるほど。

 これでは確かに脱出作戦を中止せざるを得ない。

 何故ならば、肝心の脱出路である竹林に、俺のような半端な不死の化け物ではなく、本物の化け物が巣食っていたのだから。

<< 前へ次へ >>目次  更新