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25:折れずの竹林-9

「総員走れええぇぇ!!」

「「「……」」」

 ダイ・バロンの出現に対して自衛隊の人たちの反応は早かった。

 彼らの大半は見るからに重そうな背嚢を背負ったまま、大きな集団にはならずに3人から4人ほどで一塊になって、竹林の中へと駆け出していく。

 そして数人の隊員はただ走り出すだけでなく、円筒形の物体を自分たちの周囲に、あるいはダイ・バロンに向けて転がしていく。


「逃げるよ……イーダ!」

 ツノも突き飛ばされた状態から立ち上がると、即座に高校がある方角に向けて駆け出していく。

 その表情は俺の位置からでは読み取れなかったが、声音には悔しさのような物が滲んでいるように思える。


「分かってる!」

 俺も立ち上がると同時に、高校がある方角に向けて駆け出そうとする。

 だが、俺のレゲスならば足止め以上も狙える。

 だから俺は唾液で濡らした指で腰のタオルの一つを掴むと、頭の中でカウントを始める。


「決してたたか……っつ!?」

「ふむ、貴方が指揮官か」

 ダイ・バロンが立壁さんに向かって手にした金槌を振り下ろそうとする。

 あの金槌の持つレゲスの破壊力は既に分かっている。

 レゲスを持たない立壁さんにあの攻撃を防ぐ事は出来ない。

 俺のレゲスも当然間に合わず、ツノのレゲスもこの状況を打開するものではない。

 だから俺はこの時点で立壁さんの事は諦めていた。


「死……っつ!?」

 だが、ダイ・バロンの金槌が振り下ろされるよりも早く、骨が砕け散る様な音が周囲に響く。

 そして、その音が鳴り響くよりも一瞬早くダイ・バロンは後方に跳び、俺の目では捉えられない何かを避ける。


「ぐっ……外したか……」

 音の主はいつものリボルバーではなくゴツい拳銃の方を構えた大多知さんだった。

 しかし、その顔には明らかに苦悶の表情が浮かんでいる。

 どうやら、レゲスを持った銃ではあるらしいが、発砲には何かしらのリスクを伴うらしい。


「これはまた悍ましい代物を……」

 自衛隊の人たちが逃げる時に転がした円筒形の物体から大量の煙が発せられ始める。

 どうやら発煙筒と言うか煙幕と言うか、とにかくそう言う類のものであったらしい。

 直ぐに周囲一帯が煙に包みこまれていき、ダイ・バロンの姿も、大多知さんの姿も、立壁さんの姿も見えなくなっていく。


「9!」

「おっと!」

 だがそれでもだいたいの位置は分かる。

 だから煙で既にほぼ影しか見えないダイ・バロンに向けて、俺は手にしていたタオルを投擲、煙の中を飛んでいくそれを指差し続け……タオルを黒い液体に変化、大量の黒い気体を発生させる。

 しかし、前回遭遇した時の対応と先程の大多知さんの銃弾を避けた時の動き、そして今再び俺の攻撃を避けた事からして、そうではないかと思っていたが……間違いない、ダイ・バロンの奴は何かしらの危険感知が出来るレゲスを持った物品も持っている。

 正直、お前は一体いくつのレゲス持ちの物品を持っているんだと言いたくなってくるが……今はそんなツッコミをしている場合ではないな。


「ギャアアアアァァァァァ!?」

「「「!?」」」

 煙の中から断末魔の叫び声としか言いようのない声と爆発音が聞こえてくる。

 どうやらダイ・バロンの奴が煙の中で自衛隊の誰かを殺したらしい。


「この……」

 俺は直ぐにそちらへ向かおうと、次のタオルを持ちつつ声が聞こえた方に向かう。

 だが、一歩目を踏み込んだ瞬間。


「おや、レディでしたか。死ねっ」

「ごぶっ!?」

 煙の中から現れたダイ・バロンに腹を全力で蹴り飛ばされ、大きく吹き飛ばされる。


「あ、ぐ……」

 吹き飛ばされた俺の身体が煙の外に出る。

 凄まじく痛く、視界も平衡感覚もはっきりとせず、立ち上がれない。


「ひぎやあああぁぁぁぁぁ!?」

「があああああぁぁぁぁぁ!?」

「よっ、おっと、ふふふ……」

「ぐっ……化け物め……」

 そうして俺が倒れている間にも、竹林の中からは爆発音と断末魔の叫び声が、骨が砕け散るような……いや、ようなではなく実際に砕けているのだろう音が、とにかく出来る事ならば聞きたくない音が何度も、何十度も響いてくる。


「はぁはぁ……くそっ……イーダ君は……生きているが……動けないと言う所か……」

 やがて、片足を引き摺り、身体のあちこちを赤く腫れ上がらせている大多知さんが竹林の向こうから現れる。


「ふむ、吾輩がたった5人しか仕留められないとは……流石はプロと言うべきでしょうな。逃げると決めたならばとにかく足が速い。吾輩の攻撃を受けた者の事など見向きもしなかった。例外は……貴方とレディの二人ぐらいか」

 ダイ・バロンも姿を現す。

 位置としては俺を中心として、大多知さんとダイ・バロンが向かい合う形になっている。

 俺が立ち上がる事は……出来そうにない。

 意識はだいぶはっきりしてきたが、身体が言う事を聞いてくれない。


「さて、既に分かっているとは思うが、吾輩に貴方の銃は通じない。黙っていれば、楽に殺して差し上げましょう」

「はぁはぁ……断る……。誰が貴様などに屈するものか……」

 言う事は聞いてくれないが……それでも俺自身を指差す事と、大多知さんに視線を送る事ぐらいは出来そうだった。

 だから俺は大多知さんに目をやりつつ、自分自身を指差す。


「そうですか。では、まずはレディを始末して、その後は貴方が死ぬまで追いかけまわす事に……」

 ダイ・バロンが俺に近づいてくる。

 そして、動けない俺の眼前でダイ・バロンは右足を大きく上げ……


「しましょうか!」

「……!?」

「イーダ君!」

 俺の首の骨を踏み折り、蹴り飛ばす。


「では、次は……」

 だが、その行動のおかげで時間は足りた。

 そう、首の骨が折れれば人は死ぬ。

 痛みだって文字通り死ぬほどに痛い。

 けれど、即死するわけではない。

 呼吸が出来なくなり、心臓と脳が止まるまで少しではあるが時間がある。

 そして、それだけの時間があるならば……


「っつ!?」

 俺自身の身体にマーキングをし、俺の体内にある体液と反応させて、俺の身体を黒い液体にするには十分過ぎた。

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