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21:折れずの竹林-5

「『此処は不折の竹林。ローカルレゲス:植物が折れたり切断されたりする事は無く、ゴムのように曲がり、戻る』」

 ツノの回復後、俺たちは竹林の調査を再開した。

 そして、巨大な岩の上の方……地面から2メートルと少しと言う高さの場所に、ローカルレゲスが刻まれているのを見つけた。


「おおっ。イーダってば、アレをすらすら読めるんだ」

「すらすらって……ツノは読めないのか?」

 そんな高さにあるものをどうやって読んだのかは……まあ、言うまでもない。

 ツノが右手で俺を持ち、重さを一切感じさせない様子で、その高さまで持ち上げたのだ。


「読める事は読めるよ。でも、イーダのようにすらすらとはいかないかな。どうしても意味を読み取るのに時間がかかる感じ」

「ふうん」

 読んだ結果だが、俺の中に何かが貯まる感じはまたあった。

 どの程度でこの何かが貯まり切るのかは分からないが、貯まり切った時は……まあ、期待の一つぐらいはしていいのだろう。

 不満点としては、ローカルレゲスの初解明ボーナスとやらが無かったことか。

 どうやら、こんな場所に刻まれているローカルレゲスであっても読んでいる奴は居るらしい。


「私たちにしてみれば、ただの落書きとしか思えないのだがな……」

「そうなんですか?」

「ああ、規則性があると言うのは分かるが、そこ止まりだ」

「なるほど」

 なお、このレゲスが関係する文章だが、読める読めないについては個人差が大きいらしい。

 物に刻まれている物ならば人によっては読めるとの事だが、ローカルレゲスになると大多知さんたち普通の人間には規則性がある以上の事は分からないようだ。

 きっとこれもレゲスの働きなのだろう。


「いずれにしてもこれでローカルレゲスとは別に氾濫区域全体に効果が及ぶレゲスがある事は確定した」

「そうですね」

「そうだね」

 俺たちは大多知さんの言葉に頷く。


「レゲスが無ければレゲスを持つ者には決して勝てないと言うのは絶望的な情報ではあるが、知らなければより多くの災禍を招く情報でもある。この情報は高校で我々の帰りを待つ者だけでなく……」

 そして大多知さんと共に、俺たちは同じ方を向く。


「外で我々の救助を行おうとしている者にとっても非常に重要な情報だ」

 そこに在ったのは黒い壁。

 だが、一様な黒ではない。

 周囲に生じた極々僅かな変化にも反応するかのように、赤や青、黄色に緑と言った様々な色が、ほんの僅かな間だけ、ランダムに顔を見せてくる。


「これが氾濫区域の境界……」

「此処を抜ければ氾濫区域の外……」

「初めて此処まで近寄れたな……」

 黒い壁の正体は氾濫区域の内と外を分ける境界。

 俺を飲み込んでこんな姿に変えた混沌がここまでは広がっている事を証明する線。

 これを越えさえすれば……生き延びる事が出来る。


「でも、これ、抜けられるのか?」

「そう、だよね。なんか触れたらそのまま……」

「こ、怖い事を言わないでくれよ……」

 だが、その見た目から、誰もが二の足を踏んでいた。

 当然だ。

 混沌に呑みこまれた者たちがどうなったのかを彼らも俺もよく知っているのだから。

 よく知っているからこそ……


「俺が近づいてみます」

「イーダ!?」

「分かった」

 何があっても死ぬ事は無いであろう俺がまずは近寄ってみる。


「……」

 歩く俺と動かない壁の間にある空間はどんどん縮んでいく。

 縮んでいって、手を伸ばせば触れるような距離にまで近づく。

 このまま脱出出来るかもしれない。

 そう思った俺が無意識的に黒い壁に向かって手を伸ばした時だった。


「っつ!?」

 黒い壁と指先の間に、まるで静電気でも走るかのように紅い稲光が走る。

 そして、その現象によって俺が痛みを覚えると同時に、俺の頭の中に一つのメッセージが叩き込まれると同時に、俺の意思とは関係なしに口が動き出す。


「『警告:己の名を告げられぬ者に境界を越えること(あた)わず。己の名を告げずに境界を越える者、須らく混沌へと帰す。これは天地人が定めし(レゲス)にあらず。界が定めし(レゲス)なり』『警告:己の……』」

「イーダ!?しっかりして!イーダ!」

 目と刺青が紅く輝いている俺の身体をツノが掴み、壁の傍から移動させる。

 そして激しく前後に揺さぶる。

 だが、俺の身体に俺は干渉出来ない状態に変わりはなく、言葉は紡がれ続ける。


「ストップだ。ツノ君」

「でもイーダが……」

「『……界が定めし法なり』うぷっ……」

「あ、イーダ……」

 そうして数分後。

 ようやく俺の身体の主導権が俺に帰ってくる。

 だが、帰ってきた直後に俺がまず感じたのは。


「ゴメン、無理……」

「へ?」

 激しく前後に揺さぶられ続けた事による強烈な吐き気だった。

 なお、最後の根性として、誰にもかけないようにはした。


「さて、イーダ君の犠牲のおかげで壁の仕組みは分かったな」

「みたいですね……」

 で、更に数分後。

 大多知さんは俺たちから少し離れて、黒い壁の前に立っていた。


「しかし、悍ましい仕掛けもあったものだ。名前を告げなければ抜けられない壁だと言うのに、その情報を得るためには名前を告げられぬ者の手助けが必要なのだから」

 大多知さんと黒い壁の間にある距離は、先程の俺と黒い壁の間にある距離よりも更に短い。

 だが、紅い稲光が走る様な事は無く、大多知さんの口ぶりからして問いかけのようなものも無いらしい。

 となれば、これまでにこの壁を抜けようとした人たちは……いや、今はまだ考えないでおこう。

 それは脱出できてから考える事だ。


「私の名前は大多知ユズルだ」

 大多知さんが自分の名前を告げる。

 直後。


「おおっ……」

「すげっ……」

「外が……」

 黒い壁に大多知さん一人だけが通れそうな穴が開く。

 そして、穴の向こうには……極々普通の、夕暮れに染まる街並みが広がっていた。

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