<< 前へ次へ >>  更新
18/108

18:折れずの竹林-2

「う、うさぎ……」

「ばっ……」

 俺たちの目の前に現れた兎の姿に思わず二人の女生徒が口を開いてしまう。

 直後……


「ぃ?」

「か?」

 その二人の首が落ちる。


「ーーー……」

 兎の口の部分が僅かに歪む。

 俺は兎のその姿に確かな悪意を感じた。

 何故ならば、その笑い方はまるで間抜けが引っ掛かったと言わんばかりのものだったからだ。


「総員、気を付けろ……」

 その笑みが俺以外の面々の目に触れていたのかは分からない。

 だが、こうして幾つもの血の噴水が上がれば、俺以外の面々も確信するだろう。

 コイツこそがこの惨状の元凶である、と。


「よ、よくもおおぉぉ!」

 一人の男子生徒が怒りのままにと言った様子で手に持った斧を振りかぶり、兎に向かっていく。


「ーーー……」

 それに対して兎はまるで溜め息を吐くような動作を見せた……気がした。


「ま……」

「死に晒せええぇぇ!!」

 だから俺は男子生徒を止めようとした。

 だが、俺が制止の声を掛けるよりも早く男子生徒は手製の斧を振り下ろす。


「ーーー♪」

 それに対して兎は……動かなかった。

 身じろぎ一つする事なく、男子生徒の斧を真正面から、頭で、それも眉間で受ける。

 斧の勢いに、兎の見た目から感じる堅さ、それらを合わせてみれば、男子生徒の一撃は間違いなく必殺の一撃だった。

 順当に行けば兎の頭は砕け散るはずだった。


「なっ!?」

 だが、兎の頭は砕けず。

 傷一つ付ける事も出来ずに、斧の刃は兎の頭で止まっていた。

 まるで、ただの人間に俺を傷つける事が出来るとでも思っていたのかとでも、言わんばかりに。


「ーーー……」

「あっ?」

 兎が動く。

 動いて男子生徒の目前まで素早く移動して見せる。

 そして口が……否、頭が開く。

 まるで本を開くかのように兎の頭が眉間の部分で割れて開き、巨大化し、男子生徒の頭を横から見えないようにする。


「ーーー」

「なっ……」

「嘘っ……」

「はは、ははは……」

 本が閉じられた。

 男子生徒の頭を栞のように挟んだ状態で。


「ーーー……」

 男子生徒の頭だったものを反芻しつつ兎が笑う。

 別に禁句を言わなくてもいい。

 それならそれで、一人ずつ押し潰していくだけ。

 俺に対して何も出来ないお前らはただの餌でしかない。

 そんな目を俺たちに向けながら笑う。


「くっ……」

 一体何が起きているのか、はっきり言ってよく分からない。

 この竹林のローカルレゲスは植物の切断や折る事が出来なくなると言うもの。

 この兎のレゲスは特定の音……恐らくは濁点が付く音を発した者の首を落とすと言うもの。

 兎が自分の身体に本来無いものを身に付けている様子はなく、周囲に他の生物の姿もない。

 つまり、男子生徒が兎に対して行った攻撃を防げるようなレゲスはこの場には存在しないはずなのだ。

 なのに攻撃が防がれた。

 それはこの氾濫区域の中で今まで見てきたものの中でも、特に理不尽で理解しがたい物だった。


「8……9……」

 だから……だからこそ、俺は最も信頼できるものとして、唾液の付いた手で握りしめていたタオルを兎に向けて投げた。

 相手が生物である限り、俺のレゲスならば確実に葬り去れると思って。


「ー!?」

 俺のレゲスによって、兎の目の前でタオルが黒い液体に変化し、即座に気化を始める。

 そうして生じた黒い煙は兎を包み込もうとした。


「くっ!?」

「ーーー」

 だが、兎の動きは速かった。

 黒い煙が体に触れるよりも早く横に飛んで回避する。

 そして、仕返しだと言わんばかりに口を大きく広げると、俺の顔面に向かって跳んでくる。


「させない!」

 けれど兎の頭が閉じられるよりも早く、ツノの右手が兎の口内に向けて伸ばされる。

 兎の頭が閉じられてツノの右手が潰され、ツノに殴り飛ばされた事によって兎の身体が吹き飛んでいく。


「~~~!?」

「ーーー!?」

 ツノの声にならない苦悶の声と、兎の想定外の痛みに対する声が重なる。


「くぁwせdrftgyふじこlp?」

 だが、ツノが右手を失った成果は大きく、吹き飛んだ兎は俺が発生させた黒い煙に呑まれた。

 兎は即座に全身を黒く染め上げ、ボロボロに崩れ落ちる。


「お、終わったのか。これで」

「……。そのよう……だな」

 俺は濁点が付いた言葉を発する。

 だが、俺の首が落ちる事は無かった。

 兎が死んだことで、兎のレゲスはきちんと消失していた。


「うぐっ……」

「っつ!?誰か止血を!急げ!」

「は、はい!」

 即座に戦闘後の処理が始まる。

 ツノの押し潰され、原型が無くなった右手からの出血を抑えるべく、包帯が巻かれる。


「悪い、ツノ。俺がもう少し動けていれば……」

「あはは……こっちこそごめんね。もう少し上手く出来れば、こんな事にはならなかったのに」

「でも……」

「でもまあ、イーダには攻撃を避けたくても出来ないってのは分かってるから大丈夫だよ」

「……」

 その中で俺が出来る事は……何も無かった。

 戦いにおいても出来ることなど一つしかなかった。

 俺に出来るのは……ひたすらに敵を殺す事だけだった。

 ツノに右手を失わせ、六人もの死者を出した上で出来るのが、ただそれだけだった。


「ツノ君の傷の具合が酷い。急いで撤退するぞ」

「「「了解」」」

 遺品の回収も終わり、ツノが意識を失い、大多知さんが撤退の指示を下す。

 俺もそれに倣おうとし……気付く。


「待ってください大多知さん!」

「どうした?」

「イーダ?」

「あの扉……そうだ、間違いない。ツノをあの扉の向こう側まで連れて行ってください」

 竹藪の中、少し小高い丘となった場所にそれは……病院のマークが描かれた石の扉がある事に。

 何故、流血ホテルではなく、今此処に扉があるのかは分からない。

 分からないが、一つだけ確かな事がある。


「安息の間です。傷を治すローカルレゲスが敷かれているエリアの入り口があそこにあります!」

 あそこに連れていけば、ツノは助かる、と。

<< 前へ次へ >>目次  更新