17:折れずの竹林-1
「やれやれ、当てが一つ外れたな」
「まさかのって感じです」
「でも、これであの亀の異形が居たのに、獣道一つ無い理由は分かりましたね」
紅い月の花弁が四枚になった頃。
亀の異形が現れた竹林の調査は予定通りに、大多知さん、ツノ、俺、それに有志の生徒と教師たち、合せて15名で行われる事になった。
そして最大限に警戒しつつ竹林に入った俺たちは薪の確保も兼ねて、まずは手近な場所にあった竹を一本切り倒そうとした。
「うわっ、こんな細い枝なのに折れねぇ」
「駄目ですね。どうやっても切れそうにないです」
「んー、燃やす事は出来るみたいっすけど……燃やして折るって難しいですよねぇ」
が、竹は切れなかった。
どれだけ力強く斧を叩き込んでも、そこを支点としてゴムのように折れ曲がり、元に戻るだけだった。
普通なら指二本で折れそうな細枝すらも同様であり、切る事は出来なかった。
通用するのは俺のレゲスや炎のように、化学変化と思しき方法のみだった。
なお、竹を一本を折った結果として、中から人骨のような物が出てきた件に関しては無視してもよさそうなので、無視する。
「ローカルレゲス。なのだろうな」
「だと思います。植物は物理的な損傷を受けない、とかですかね」
「んー、即座に致命傷にはならないけど、中々に面倒くさいレゲスだね……」
「まったくだ。この分だと青果や野菜も恐らくこの中では食料にはならないだろう」
原因は言うまでもなく、この竹林に存在しているローカルレゲスだろう。
詳細は文章化されているのを見つけなければ分からないが、おおよそは合っているだろう。
うん、二人が言うとおり、面倒くさいローカルレゲスだ。
薪の回収が出来ないのもそうだが、道を無理やり切り開くと言う事が出来ないし、食事に制限が生じるのだから。
「でも、大多知さん?探索する分にはラッキーじゃないっすか?危険なレゲスではないですし」
「まあ、それはそうなのだが」
それでも教師が言った通り、探索する分には楽な方のレゲスだ。
流血ホテルのローカルレゲスである水が気化しないなど、一見大したローカルレゲスではないのに、えらい目にあうからな、あれ。
「しかし、広いなぁ……」
「もう、結構歩いたよな」
さて、肝心の竹林の探索だが……既に高校は見えない。
そして、見渡す限りの竹藪が広がっている。
磁場はおかしくなっていないので、方角はきちんと確かめられているから問題はないが、油断すると右も左も分からなくなってしまいそうな雰囲気はある。
だが、そう言う雰囲気以上に……広い。
少なくとも2から3キロメートル四方くらいはありそうである。
けれど、それだけの大きさがあるエリアが、氾濫区域に収まるはずがない。
「氾濫区域とはそう言うものらしい。理由は分からない」
しかし現実としてこの竹林は氾濫区域の中に収まってしまっている。
となれば……鮒釣のオッサンが言っていた通り、空間がおかしくなっているのだろう。
だから、こんな広大な土地でも入ってしまう。
そして、この有り得ない広さもまた、外からの救助が上手くいかない理由の一つに違いない。
「ま、やる事は変わらないよね」
まあ、いずれにしても俺たちのやる事に変わりはない。
そんなわけで、俺は多少大きめの靴で枯葉を踏みしめつつ、竹林の中を進む。
「かああぁぁ、とは言え、本当にめんど……」
そうして探索をしている中で……
「い?」
「「「!?」」」
まるで役目を終えた花が散るかのように、一人の男子生徒の首が唐突に落ちる。
残された胴体から紅い液体が噴水のように飛び上がりつつ、その場で崩れ落ちる。
「う、うわあああぁぁぁ!?」
「い、いやあああぁぁぁ!?」
誰かの叫び声が上がる。
何も見えなかった。
何も感じなかった。
本当に、唐突に、首が落ちた。
「総員警戒態勢!」
大多知さんの指示が響き、俺たちは事前に決めていた通りに背中合わせになって周囲の様子を探る。
氾濫区域内で起きる不可解な現象には必ずレゲスが関わっている。
この竹林のローカルレゲスは既に分かっている。
ならば、この現象を起こしたレゲスの保有者は生物か物であり、この近くにそれはあるはず。
そう判断しての事だった。
「見つけないと、早く見つけないと……」
「な、何が……」
そうやって全員で敵を探している中……
「い?」
「「「!?」」」
二人目の首が落ちる。
背中を貼り付けていたもう一人には何の影響も及ぼす事もなく、片方の首だけが綺麗に落ちる。
「そ、そんなば……」
そして……
「か?」
「「「!?」」」
三人目の首も落ちる。
一人目とも二人目とも離れていた場所に居たにも関わらず。
首の前に腕を持って来ていて、守ろうとしていたにも関わらず。
首だけが落ちる。
「しゃ……話すな!!」
大多知さんの指示が飛ぶ。
この時点で詳細に差はあれど、これだけは全員が認識した。
この現象を起こしている異形のレゲスは、こちらの声に反応して首を落とすと言うものである、と。
「「「……」」」
俺たちは無言のまま周囲への警戒心をさらに強める。
「すぅ……はぁ……」
俺はレゲスが発動しないようにこまめに手を動かしつつ、何時でも腰に付けたタオルを持てるように構える。
「はぁはぁ……」
俺と背中を合わせているツノも右手に砲丸のような物を持ち、周囲を警戒している。
「……」
大多知さんも腰のリボルバーを抜き、油断なく構えている。
「「「……」」」
そうして、周囲が沈黙に包まれている中で、何度か風が吹き……そいつはようやく姿を現す。
「……」
「コイツは……」
「まさか……」
それは、体長30センチほど、背中側は黒く、腹側は白い毛並で、目は月のように紅い、長い耳を立てた一頭の……兎だった。
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