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14:高台の高校-4

「全員バリケードの内側に入れ!奴のレゲスだ!」

 大多知さんが即座に叫んで指示を出し、俺たちは直ぐにバリケードの内側に入る。

 すると亀の異形とでも言うべき化け物の姿を見なくなった途端に、俺の目を刺激していた何かが消え去り、視界のにじみが無くなる。

 此処まであからさまならば、もう疑いの余地はない。


「自分を視界に入れた者は涙が止まらなくなる……と言う所ですかね」

「だろうな。シンプルでありながら厄介なレゲスだ」

 あの亀の異形のレゲスは見た者の目に刺激を与え、涙を流させると言うレゲスだ。

 何だそれだけかと思うかもしれないが、短期的には相手の姿をきちんと捉える事が出来なくなり、逃げる事も攻撃することも難しくなる。

 長期的には涙を流し続ける事による脱水と、涙を流すと言う行為そのものに付随する精神的な影響があるだろうか。

 いずれにしても大多知さんの評価した通り、シンプルで厄介なレゲスと言えるだろう。


「f:んwf:んw……」

「ちっ……交戦は避けられないか」

「そうみたいですね」

 亀の異形が動き出す。

 竹林の中ではなく、校舎の側に向かって。

 加えて、俺に対して向けられている殺意のような物も感じる。


「10秒、牽制をお願いします」

「分かった」

 既にこの場に居る全員が亀の異形を敵だと捉えている。

 と言うより、人肉を喰らっている化け物をこちら側だと思う方が無理だ。


「bb?」

 バリケードから飛び出した俺は亀の異形を視界の正面に捉えて、指さし始める。

 すると当然、俺の視界は滲み始めるが、それでも指さしている事に変わりはないのだから問題はない。

 そして既に亀の異形は事前にこちらが仕掛けていたもの……微量ではあるが、俺の体液を染み込ませた網の切れ端の上に立っている。

 つまり、後は10秒間、俺が亀の異形を指差し続ける事が出来れば、亀の異形は確実に殺せる。

 問題は……


「yん:あいys:」

「っつ!?」

「イーダ君!」

 亀の異形の頭、人の上半身となっているそれが10メートル以上伸びた上に、下あごが人部分の腹辺りまで展開されて、俺の上半身を容易に食いちぎれる様な大きさの口と牙を露わにして来たことである。


「まずい……」

 視界が滲んでいるのと、亀の見た目から来る鈍重なイメージから、俺の反応は完全に遅れていた。

 もしも、俺一人ならば、間違いなく死んで食われていただろう。

 だが、今の俺は一人ではない。


「させるかっ!」

「うおらあっ!」

「byzry……」

 亀の異形が口が閉じるよりも早く大多知さんはリボルバーを発砲。

 続けて、複数の生徒が手製の槍で亀の異形の伸びた頭を突き、引っ込ませる。


「助かる!」

 そして、このやり取りの間も俺は亀の異形は指さし続けていた。

 亀の異形を確実に仕留める事こそが俺の役割だからである。


「総員!10秒だ!牽制に専念しろ!!」

「「「応っ!」」」

 そう、指さし続けなければならない。

 どれほど視界が滲んでいても。


「f:んw」

「がああああっ!」

「腕を食われた!後方に連れて行け!」

 見た目通りの身体能力しか持たないために、亀の異形の攻撃を避ける事も防ぐ事も出来ず、俺に向かって行われた攻撃を防ぐために同級生の腕が食いちぎられても。


「gybb」

「ぐおっ!?」

 亀の異形に盾の上から殴られ、吹き飛ばされても、それでも俺だけは巻き込まないようにと先輩が気を使ってくれたのに対して礼の一つも言わずに。


「うおおおおっ!ぎゃっ!?」

「q:・いぇ:q:あう」

 自らに注意を向けさせようと亀の異形に突撃し、呆気なく蹴り飛ばされて吹き飛ばされていく後輩の姿に歯噛みしていても。


「7……8……9……」

 とにかく俺は亀の異形を指さし続ける。

 他に出来ることなど俺には存在しないのだから。


「10秒!」

 そうして、大量の涙のせいで、視界が滲むだけでなく、ふらつきも覚える中で10秒が経つ。

 その瞬間……


「bbzry!?」

 亀の異形の身体にマーキングが行われ、直後に足下の網に染み込んでいた俺の体液と反応。

 亀の異形の全身は黒い液体に変化する。


「全員、離れろ!」

 そして、大量に発生した黒い液体はアスファルトで覆われた地面に広がりつつ気化していき、黒い煙を上空に向かって伸ばし始める。

 それは生物が僅かにでも触れてしまえば、そこから全身が黒ずんでボロボロになり、崩れ落ちると言う毒だ。


「すげっ……」

「マジかよ……」

「こわっ……」

 幸いにして亀の異形のサイズでは、黒い液体はそれほど大きく広がる事は無く、バリケードの近くに居る俺たちの傍にまで気化した黒い液体が来る事もなかった。

 だがそれでも、衝撃的な光景が俺たちの前には広がっていた。

 なにせ、校門の脇にあった高さ3メートル近い桜の樹はあっさりと朽ち果て、倒れたのだから。

 風向きか、それとも別の何かが関与したかは分からないが、煙の多くが流れて行った竹林の方では、殆どは葉先に僅かに触れただけだと言うのに、既に何十と言う竹が根本から黒ずんで倒れて行っている。


「これは……想像以上だな……」

「でも、これが俺のレゲスです」

 正に死の煙。

 その効果をはっきりと認識するのが初めてである俺含めて、誰もが目の前の光景に立ちすくまずにはいられなかった。


「ずずっ……そして、これで俺たちの勝利です」

 そうして、歓声の一つも起こらぬまま、俺たちは亀の異形との戦いに勝利した。

12/10誤字訂正

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