13:高台の高校-3
「……」
紅い月の花弁が揺れる度に、全員の意識に緊張が生じる。
紅い月の花弁が散る度に、全員の意識が張りつめていく。
紅い月の花弁は残り一枚で、最後の一枚も後数分で落ちる事だろう。
「やれやれ、もう三回目だと言うのに……いや、三回目だからこその緊張感なのかもしれないが、今から張りつめていては、新月が明けた後の本番まで保たないぞ」
「そうですね。少し緊張しすぎているようには俺も思います」
顔合わせを済ませ、情報の共有を行った俺は、その後十分な仮眠を取った。
そして今は大多知さんと一緒に高校の周囲に作られた無数のバリケードの内の一つで、新月とその後の異形襲来に備えて待機してた。
「それで?イーダ君はどうしてそこまで緊張をしていないで居られる?」
「……。その件については黙らせてもらいます。俺にとっては最後の手段なので」
「分かった。ならば聞かないでおこう。今は君のレゲスを教えて貰えただけでも十分だ」
「ありがとうございます」
もしかしなくても、俺にとっては大多知さんたちに協力する必要はないのかもしれない。
今の俺は『月が昇る度に』で不死の肉体を有しているから、何処か安全性が高いエリアでひたすらに待ち、地形変化で氾濫区域の外にほど近くなったところで脱出を開始、邪魔する奴をレゲスで片っ端から始末すれば、大したリスクも無く脱出出来るのかもしれない。
だがそれは……それでは、ダイ・バロンと同じかそれ以下、自我を持っているのに、自我を失った異形の連中と何も変わらない。
だから俺は大多知さんたちに協力することにした。
自分が死ぬことだけは決してないと言う、腐っている上に卑しい性根に基づく行動だと分かってはいたが、それでも俺は大多知さんたちを見捨てる事は出来なかった。
「灯りが……」
「始まったか」
やがて、紅い月の最後の花弁が散る。
すると、周囲が暗闇に包み込まれ、灯りは学校の敷地内で焚かれている焚火だけになる。
「すぅーはぁーすぅーはぁー」
「落ち着けって、まだ新月が始まっただけだ」
「そうだぞ。此処から一時間後。そこからが本番なんだ」
「わ、分かって入るけど、どうしても落ち着かなくてな……」
高台と呼ばれているエリアの外、光が一切通らない暗闇の中、そこでは何かが音も立てずに蠢いている。
地面が、建物が、そこに居る生物たちが、位置情報だけを混沌と化して、お互いの位置を入れ替え合っている。
それはとても不気味な動きだった。
安全圏に居るはずの俺でも微かな恐怖を覚えざるを得ない程に。
俺の後ろに控えている、俺よりも地形変化に慣れている高校生たちが過呼吸を起こして、周囲から手当てを受けるほどに。
「全員に改めて通達する」
その様子に見かねるものでもあったのか、大多知さんが拡声器を使って話し始める。
「新月が明け、エリア間の移動が再び出来るようになった後、我々の前には高い確率で異形が姿を現す。だが、その姿を認識した時に奇妙な、あるいは暴力的な外見をしていると言うだけで攻撃は加えないように。見た目と中身が一致しないのは、異形のものならば十分に有り得る事だ」
見た目と中身の不一致か。
まあ、大多知さんの意図する所からは外れるが、俺などもそうだしな。
「向こうが我々の前から去るならばそれでよし。去らずに敷地内に入って来るのであれば、まずは警告を。それを無視したならば、その時点でその異形は敵と判断しろ」
俺はバリケードとエリアの端までの間に設置されたそれを見る。
それは見た目には脅威など感じないだろうが……俺のレゲスを考えたら、かなりエグイ罠と言えるだろう。
「だが気を付けろ。相手はレゲスと言う未知の力を持っている。その力の内容は異形ごとに大きく異なるが、中には掠り傷一つを致命傷にして見せるレゲスだってあるかもしれない。攻撃を跳ね返すレゲスもあるかもしれない。指示が出るまで一斉攻撃は行わず、異常を感じたらすぐに逃げ、それを生きている者に伝えろ。情報こそが、私たちの命綱だ」
問題は……俺のレゲスにはかなり穴が多いと言う事だ。
相性がいい相手にはとことん有利なのかもしれないが、ダイ・バロンのような相性の悪い相手には俺自身の身体能力の低さもあって……相打ち覚悟で行くか、逃げるかの二択にならざるを得ない。
なので、一番は何も来ない事だが、もしも来てしまうのであれば、出来るだけ相性がいい相手に来て欲しいものである。
「では、全員、深呼吸三回」
「「「すぅーはぁー、すぅーはぁー、すぅーはぁー」」」
俺は多少祈るような気持ちで深呼吸をする。
そして、精神を安定させると共に、改めて集中する。
「さて、間もなくだな」
「はい」
大多知さんがリボルバーを両手で握りつつ、バリケードから顔を少しだけ出して、外の様子を窺う。
対する俺は……既に暗闇の中に一つの気配を捉えていた。
「イーダ君?」
「大多知さん、構えていてください。もしかしたら警告する以前の問題かもしれません」
そいつはシルエットだけならば亀に近く、体高は2メートル近いようだった。
問題はそいつが今正に生きた状態の何か……気配の形だけならば人型のそれを食っている、と言う事だ。
「身体能力が見た目相応な代わり、とでも捉えるべきなのかね?」
「俺には何とも。まだ、実際に見えているわけではありませんから」
そうして俺と大多知さんが警戒する中、紅い月に花弁が一枚現れ、新月は終わりを告げる。
暗闇が晴れて、俺たちの目の前に一つの光景が見えてくる。
それは……
「f:んwzw?」
竹林の中、巨大な玉ねぎの胴に巨木の手足と髪の毛の尾、そして人の上半身が付いた、シルエットだけならば亀に似た異形が、絶命しても肉体の反射として痙攣を起こしている男子高校生の肉を貪り喰らっている姿。
そして、その姿を捉えた直後に。
「「「っつ!?」」」
俺を含め、この場に居る全員の目から大量の涙が流れ始め、視界が大きく滲んだ。
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