52:第8氾濫区域中枢塔-1
「此処がそうだな」
「ふうん……ああ、確かに。この先に空洞があるわね」
第8氾濫区域の核がある場所に繋がる通用口。
その入り口はホテルの地下施設の一角、傍目にはただの床板にしか見えない場所の下にあった。
「金庫……は、ダミーね」
「ああ、正確な入口はここからもう二段くらい下がった感じのところだな」
「念入りねぇ。こんなに念入りだと、自分が出入りするのに不便じゃないのかしら」
「普段は使わない入り口なんだろうな。向こうには転移もあるわけだし」
「言われてみればそうだったわね」
床下の下にあったのは、中身が空っぽの金庫。
そして、その金庫を外すと梯子と大金が入った大型の金庫が現れる。
で、そのお金入りの金庫を破壊すると、ようやく金属製の横開きの扉が現れる。
「さて、ここからが本番ね」
「そうなるな」
当然扉には電子系の物であろう鍵がかかっていた。
が、そこはラルガの技術力の為せる技と言うか、なんと言うか、扉に何かを付けて、手元の機材を回すと、ちょっとした爆発音とともに扉は普通に開いた。
「「……」」
扉の先では黒い物体で作られた通路が伸びていて、紅い燐光を放つ文様が壁を流れていた。
間違いない、第7氾濫区域の核へ向かう通路で見たものと同じだ。
「行くぞ」
「ええ」
俺とラルガは一緒に通路に踏み込む。
すると、それまでは高台のホテルと言う事でグロバルレゲスの機能停止に伴って消えていた赤い紐が俺とラルガの間に再び生じる。
「イーダ!」
「させるかっ!」
瞬間、ラルガは俺にショットガンを向け、俺はラルガが向けたショットガンを『魔女の黒爪』を振り上げることによって弾く。
銃声が鳴り響き、天井に当たって勢いを失った弾丸が俺たちの上へと降り注ぐ。
「「……」」
そして、次の瞬間には『魔女の黒爪』がラルガの首筋に当てられ、ショットガンが俺の腹に押し当てられる。
「油断したわ。ローカルレゲスの一種かしら」
「だろうな。でなければ、俺もお前もこんな行動を今取る理由がないし、必要もない」
俺はラルガに対して非常に強い殺意を抱いていた。
これまでのラルガの行動で積み重なっていっていた不満や嫉妬の念が溢れだし、この場で殺意となって表れていた。
そして、それはラルガも同じことだろう。
ラルガは俺に対して非常に強い憎しみの目を向けている。
どうして、お前だけが生き残っているんだと言わんばかりの目をしている。
「武器を下しましょうか」
「ああそうだな」
俺とラルガはゆっくりと、慎重に、戦いの火蓋を切らないように細心の注意を払ってお互いの得物を下す。
「ローカルレゲス、ペアの相手に対して非常に強い殺意を抱く。そう言うところかしらね」
「そうだろうな。此処、第8氾濫区域の核を守るにあたって、これほど好都合なローカルレゲスもないだろう。なにせ、勝手に最後の一人になるまで殺し合って、全滅してくれるんだからな」
「それなり以上の自制心に、損得勘定、論理的な思考能力と言ったものを持ち合わせていなければ、お話にもならないって事ね。むかつくわ」
そして、お互いに鋭い視線を相手に向けたまま、この殺意の出所についての意見を交わす。
尤も、ローカルレゲス以外にこんな唐突にラルガを殺したいなどと俺が思うはずもないのだが。
「ついでだわ。此処で先に装備の点検をしておきましょうか。装備に妙な変化が起きていて、肝心な場面で殺し損ねるとかゴメンだもの」
「ああそうだな。この状況下だと、ペアの相手を信用するというのは止めておいた方がよさそうだ」
「論理的にかしら?」
「論理的にだ」
変化は他にもあった。
荷物と武器の点検を始めた俺は、水鉄砲の中身や水分補給手段として用意しておいた水が悉く海水になっているのを確認した。
どうやら生物体外の水を海水に変えるローカルレゲスも存在しているらしい。
「はぁ、まったくもって面倒くさいわね。ただの水すらも必殺の兵器で、しかも受けてしまえばほぼ死亡確定とは……海水がクライムには効かない辺り、本当にいやらしいわね」
「そうだな。これでクライムも誰かとペアを組んでいて、海水によるペア切りで殺せるなら楽なんだが……ありえないだろうな。ゲームマスターだし」
「で、イーダはゲームマスターへの殺意は持っているのかしら?」
「一泡吹かせてやろうとは思ってる。第8氾濫区域を崩壊させた方が、吹く泡は多くなりそうだけどな」
「冷静なようで結構。やるべきことがはっきりしているなら、私に殺意を抱いていても大丈夫そうね」
確認を終えた俺たちは核に向けて歩き出す。
目的は……此処まで来た以上、俺は第8氾濫区域を崩壊させる事になるだろう。
生き残りは半日もあるのだから、現地当局の軍が何とかしてくれているだろう。
ラルガは……クライムの殺害、カラジェとギーリの敵討ちが目標になっているだろう。
問題はその後だが……。
「ああそうだ。ラルガ、一つ言っておく事がある」
「何かしら?」
「クライムを始末した後に勝手に死ぬなよ。この殺意の発散先がない」
「心配しなくても、死ぬ気はないわ。貴方が仕掛けてくるのなら、返り討ちにしてあげる。クライムを潰した後でね」
「そうか、ならいい」
この答えなら大丈夫か。
さて、これまでに積み上げた感情的な信用と信頼は、ここのローカルレゲスによって崩れ落ちた。
だから、俺たちは論理的にペアの相手を信用し、信頼し、背中を任せなければならない。
目の前の殺意を無視しなければ倒せない相手が居る以上は、それこそが最善手であり、俺たちの採るべき選択である。
そうして俺たちはペアの相手への殺意と共に、クライムへの害意を高めながら歩き続けた。
03/04誤字訂正