ショットガン・チョコレート!
今年もまた浮かれた行事がやってきた。
女子、または少数ではあるけれど男子が好きな人にチョコを渡して告白する日。
バレンタインだ。
毎年この時期は憂鬱だ。
学校の雰囲気がいつもと違い、男も女もそわそわしだして落ち着かない。
クラスの女子たちがグループで話をしているところに遭遇して、なおかつ誰かの噂話なんかしていたりしたらそれだけで心臓がバクバクする。
あの子は誰にあげるんだろう。
あいつは貰うのかな。
俺は誰かに貰えるのか。
毎年毎年、2月のカレンダーをめくったその日から俺をはじめクラスの男子はライフをじわじわ削られていく。
そして14日には女子に会うたびクリティカルヒットをくらい、放課後の帰り道では満身創痍、ライフがゼロになった戦友たちと肩を叩きあう。
今年もゼロだったな。
ああ、そうだな。
夕日が目に染みるぜ。
しかし今年のバレンタインは日曜日。
キャンプ地(家)にまで切り込むほどの敵はバレンタインと言えども少なく、歴戦の戦士と戦乙女との恋の鞘当てを見てダメージを受けることもなければ、戦友の裏切り「実は彼女いて~」攻撃を不意打ちされることもない。
ただ、ちょっと、ほんのささやかな「俺も告白されるかも?」という希望もなくなるので寂しい気はするけど……。
まぁ、平和なのが一番だ。
14日当日は冬とは思えないくらい春めいた陽気で、朝からテレビは「告白日和ですね。アツアツなカップルの熱で雪も溶けちゃうかも?!」と頭のねじでも飛んだような浮かれたコメントをアナウンサーがしていた。
もちろん速攻で電源のスイッチをオフにする。
チッ!
この分だと外はどこもかしこもバレンタイン一色だろう。
俺は一日おとなしく家にいることにした。
朝から、こたつでゴロゴロ。バレンタイン特集など皆無な映画チャンネルをぶっ通しで見ていよう。
再びテレビをつけチャンネルを回すと、ちょうどアクション映画をやっていた。
森で元兵士が味方なしで孤軍奮闘する話だ。
実に今日の俺に相応しい映画じゃないか。
主人公が森へと追い込まれ、追手達の間に不穏な空気が流れる。
どこから攻撃が来るか、手に汗握る展開。
炭酸とかお菓子を用意してなかったことが悔やまれる。
テレビの前から離れたくない!
息をのむような緊迫感、森の中で雷がなった。
と、同時に居間の引き戸がガラッと乱暴に開けられる。
俺は驚いてこたつに潜り込んだ体を起こし振り返った。
「……なに、驚いてるの?」
隣の家の佳代が立っていた。
「なんだよ、佳代か」
佳代は隣の家に住んでいる俺の幼馴染だ。
「お前、勝手に人の家に入ってくんなよな、ちゃんとインターホン鳴らせよ」
「今更。いつものことじゃん」
佳代の手にはコンビニの袋が下がっていた。
服装もいつもと同じ洒落っ気のないジーパンに薄手のセーターだ。
俺は脱力してまたゴロゴロと転がる作業を再開する。
あ、良いところ逃したっぽい。テレビの場面が変わっていた。
佳代は他人の家だというのに、我が物顔でこたつに入ってきた。
コンビニの袋から雑誌と箱を取り出しながら。
箱はこたつの上に置いて、寝転がりながら佳代が雑誌のページを開く。
今日が今日なのでちょっと期待しながら箱を見たが、どこにでも売ってるたけのこ型のチョコレートだった。
待ってみたが、バレンタインのバの字も出ない。
テレビの俳優のセリフと雑誌をめくる音だけが空しく響く。よし、諦めよう!
幼稚園の頃から一緒なのでそれこそ今更だよな。
しばらく何の会話もなく、時間だけが流れた。
途中、口寂しくなって、たけのこに手を出そうとしたら、手をはたかれた。
意地でもチョコレートはくれないらしい。
義理でも情けでもいいからくれてもいいのに!
テレビでは主人公と敵が一触即発の場面だった。
「ねぇ」
「あ?」
佳代に話しかけられた。
俺は顔をテレビに固定したまま、返事だけする。
「チョコレートって、媚薬の効果があるんだって」
「……」
訝しんで雑誌を見ると表紙にはでかでかと赤い文字で「バレンタイン特集・これであなたも彼氏をGet!」と書かれていた。
くそう、ここもバレンタインに汚染されていたか!
トゲトゲした気分で答える。
「さぁ、知らね」
「じゃあ、試してみようかな」
そう言って佳代は上体を起こし、たけのこの箱に手を突っ込んで何個か口の中に放り込む。
自分で試すのかよ。判定とかどうすんだ。
ボンヤリとその行動を見ていると、佳代が俺の方に近づいてきた。
「え? 何? なんなの?」
無言のまま、横になった俺を覗き込む佳代。
完全に行動が読めなかった。
肩に手を置かれ起き上がれないように抑えられる。
そして、唇に柔らかいものが押し当てられ、びっくりして口を開けたところ、甘ったるい固形物とぬるりとした感触の物が口の中に侵入してきた。
熱く弾力のある何かは、ぎこちなくも口の中を占拠し、動き回る。
動き回るたびに甘く熱で溶けたチョコレートと、ざらついたビス生地も右に左に転がりまわる。
開いた口から唾液が漏れ、佳代は一度唇を離し、それももったいないとでも言うように舐めとった。
お互いの口の周りがチョコレートで汚れる。
口の中でどろりと溶けたチョコが無残にも残っている。
佳代が、ざくりとビス生地をかみ砕くのが分かった。
俺と佳代の攻防が再開される。
居間には、先ほどの静けさが嘘のようなけたたましい銃撃戦の音と、くちゅりとくすぐったくなるようなリップ音が続いた。
あらかたチョコレートを口腔内に塗りたくった後、満足したのか佳代が離れた。
乱れた息を整える。
「どう? 媚薬は効いたかな?」
少し恥ずかしそうに笑う姿が艶っぽかった。
だから俺はなるべく何でもなかったかのように澄ましてみせることにした。
「いいや?」
寝転がっていた体を起こす。
「これじゃまだ、量が足りない」
相手の陣地、唇の端についた茶色のチョコを親指で拭い、口に運び、舌で舐める。
安っぽい、甘ったるい味だ。1箱200円以下とか本命にしちゃ安すぎるんだよ。
手を伸ばし箱からたけのこを奪う。
やられっぱなしでいるわけにはいかない。
弾丸に似たその形状。それを口に含み、佳代の肩をトンと押した。
不意打ちからの形成逆転。
急襲を仕掛けてきたのは佳代のほうなのだから、何をやられても文句はないよね。
獲物を射程に入れる。
「覚悟は、できてるよね」
佳代が少し不安そうな顔をした。
頬に手をあてる。
「媚薬の効果は自分で試せよな」
俺は佳代の唇をふさいだ。