第96話 青備え結成?
美濃国 稲葉山郊外
5丁の火縄銃と火薬を用意して少し森の奥に入った。
父道三・叔父道利・平井宮内卿と護衛、俺の小姓たちなどで森の中にガラス製造用に伐採して出来た空間に用意した射撃場に向かう。
「旅費などで結構な銭を使ったが、相応の価値はあるのか?」
父はまだ火縄銃を撃つ場面を見たことが無いためか、疑ってみているようだ。今は練習もそんなに大々的にできるほど硝石もないし、仕方ないとも言えるが。
「正直、戦で如何使うかは其処までわかりませぬ。ただ……」
「ただ?」
「使う者が使えば戦の形も変えられるかと。」
「ふむ……」
森を抜ける。まだまだ広くはない射撃場だが、森の中にある分森が音を吸収してくれる。近くを通れば当然聞こえる程度ではあるが。
父たちが休憩をしている間に火縄銃の準備を始めさせる。
射手は実際に種子島に行った平井綱正と明智十兵衛光秀・佐藤紀伊守忠能・谷大膳衛好・芳賀高照の5人だ。とりあえず指揮官クラスに撃ち方を覚えさせようと思いやらせたら、あっという間に覚えた。特に十兵衛は既に種子島に行った綱正より上手い。
全員が等間隔に並んで構える。弾を込める1つ1つの作業がまだまだ時間がかかる。ここも要改善か。
僅かに静寂。父はジッと射手を見ている。木の板2枚で出来た的はそこそこ大きいが、距離的には100m程にしてある。
「ってー!」
号令をすると、其々が反応し一斉に的めがけて撃つ。腹の底に響くような爆発音のような燃焼する音のような何かが体を突き抜ける。
5人同時だと思った以上に煙で前が見えなくなる。射撃場だけ木を切り抜いた森なので風が強くなく、視界がクリアになるのに少し時間がかかった。
「ふむ。全て的を射抜いたか。貫通はしたか?」
「確認して参ります。しばしお待ち下さい。」
父の側にいた1人が走って的に向かう。芳賀・佐藤の両名は的に当たってホッとした様子だった。谷大膳は当然という顔に少し自信を覗かせ、十兵衛は特に顔色を変えずに火縄銃の点検をしていた。
「一つ除いて的を貫通しております。一つだけ的の端に当たった為か二枚目に突き刺さって居ります。」
「成る程。侍の鎧に見立てた板を此の間合いで抜く、か。音も良く響く。慣れぬ馬なら暴れて身動き取れなくなりそうよな。」
「となると、騎馬武者に一撃、ですな。混乱して突進が止まった所で後ろから長槍兵を投入して騎馬兵を無力化する様な。」
「先陣の騎馬は其れで良いが、もう一度撃てねば我らの壊滅ぞ。音の影響も少なく済んだ騎馬が突っ込んで来よう。」
父と平井宮内卿は熱心に言葉を交わす。一方の叔父道利は平井綱正を質問攻めにしていた。
「煙の中で撃つのは危険か。であれば風次第で何度も撃つのは危険か。」
「左様に御座います。しかし、此の火縄銃、何よりの良い点は撃つだけならば余り訓練を必要とせぬ事かと。」
「ふむ、聞いた限り確かに弓矢の如き鍛錬は不要か。とはいえ的に当てるまでには鍛錬も必要、と。」
火縄銃の利点は習熟の容易さだと使ったり訓練させたりして気づいた。
弓の扱いは(自分が武芸が得意で無いのもあるが)まともに扱える様になるまで時間を要した。
火縄銃は使い方だけなら1日でもとりあえず使える様になる。真っ直ぐ撃つのはその後の練習が必要だがこれもそこまで長くはかからない。
「欠点は金だな。何をするにも金がかかる。作るのも鍛錬するのも実戦で使うのも、だ。贅沢な武器よ。煙で前が見えなくなるのも、弓矢より連続で撃てぬのも、雨では使えぬのも、金の前には些細な問題よ。」
そう。鉄は大量に必要だし関の鍛冶師には敢えて分業させているので今の所1丁で5貫は必要となる。
作り慣れれば安くなるだろうが高価なのは間違いない。更に練習にも実戦にも火薬が要る。硝石はなんとか自給が進むだろうが、火薬には硫黄も必要なのでやはり金がかかる。
「とはいえ、此れを買うべしと申しただけの価値はあるな。暫し他には売るなよ。鍛冶には全て買い取ると伝えよ。わしらは欠点が他より問題になりにくい。なれば使う意味がある。」
父はそう言うと、「一つで良い。欠点を何とかしたら戦で使ってやる」と言って帰っていった。
火薬か防水か速射・連射か。少し考えてみよう。前世はミリタリーには興味なかったので直ぐには記憶に引っかかるものがない。
焦らなくてもアドバンテージは大きいのだ。これを生かして他を圧倒出来るようになる為にも、焦りは禁物だ。
♢
美濃国 稲葉山城
綿織物や絹織物の試作が少しずつ進んでいるが、ただ栽培して育てて織れば儲かるわけではない。まだまだ関東・畿内から連れて来た職人は多くないし、彼らには弟子の育成を主で頼んでいる。
儲けるには付加価値が必要だ。加工して高く売るのが一番。とはいえ構造が複雑な織り機は今用意する余裕がない。(子育てに忙しいし)
手っ取り早く作れる物から、という事で染料に手を出す事にした。ついでに自分の鎧も背が伸びた関係で新調するので、鎧でも染められる顔料作りだ。
材料は種痘作りで殺す牛の血と灰。以上。これまでに殺した牛の血も同じ処理がしてある。血を壺に集めておき草木の灰を入れ、鉄鍋で煮込むと綺麗な青色が出る。プルシアンブルーだ。
これについてはセシウムへの対処用に使えるということで医療現場では大震災以後良く知られるようになった。作り方まで知っていたのは偶々だが、結果的に本来の使い方が出来るのは良いことだろう。
戦国時代の青色は山藍やタデ藍を使うが、特に山藍は見た目的に緑が強い青色だ。鮮やかな青色は手間と金がかかるので、このプルシアンブルーは手間がかからず革命的な変化を齎すだろう。
草摺などの紐はこれを酢と悪銭から作った媒染剤を使って染めれば完成だが、金属を染めるにはプルシアンブルーをインクの様にする必要がある。
インクは溶剤や樹脂をプルシアンブルーに混ぜて作られる。この辺りは夏休みの自由研究でやった柑橘類で油性マーカーを消す実験で得た知識である。
溶剤は油がメインなので、今回は下剤用のヒマシ油を使う。樹脂は手に入る物が松脂から取れるロジンくらいしか量が作れないので、蒸留用の分厚い鍋で蒸留してロジンを用意した。
これに石鹸から塩析して一部採取したグリセリンを乾燥防止剤として加える。
簡単な様だが混合バランスが上手くいかず、種痘を始めた数年前からずっと試し続けてようやく今年完成した物だ。バランスがわからないのは実物を作った事がない物全てに共通するが、試行錯誤すればこの物質だけで出来ると分かっているのは大きい。
完成した物で新品の鎧の表面を青く染めた。真っ青な鎧は良く目立つ。兜も塗れる限り染めていく。完成したら次は小姓の希望者の鎧も青に染める。胴や小手まで綺麗に染まっているのは中々ない。
その後も用意出来る範囲で真っ青な鎧を作った。紐だけは直属の騎馬武者も青く染めた。
遠目から見れば真っ青な軍団の完成だ。武田の騎馬隊が赤備えだから青備えとでも呼べば良いのかな?
強さの象徴となる様頑張らねばなるまい。目指すは敵が青を見たら逃げ出す様な軍勢だ。そうすれば結果的に死傷者も減るし。
青い鎧の事を吉法師への手紙で書いたら、「青鬼は優しい心の証故、見れば敵が降伏するのを目指すべき」と言われた。そう言えば少し前に『泣いた赤鬼』の絵本を贈ったのを忘れていた。
別にそういう意味ではないのだが。でも逃げられるより、降伏される方が更に人死にも減るのか?ならそれも良いか。
火縄銃の威力は色々な実験がありますが、まだ作りが甘い部分や練度が低い部分もあるため有能な武将でやっとこれくらいという状況です。
プルシアンブルーは医療現場と親和性の高い顔料ですが、アニリン関連も理科の教科書に載っているのでその内色は増える予定です。
ロジンとヒマシ油の相溶性が高いため油性インクに近い物質が作れます。混ぜてみると分かりますが結構いい感じに混ざってロジンの樹脂がドロドロになり境目がわからなくなります。ニスに近い感じですがもうちょっとドロっとします。ただし臭いです。換気大事。