前へ次へ
94/368

第94話 己がための情け

 和泉国 堺


 小西弥左衛門行正を経由して堺の町衆から根来寺の者と会って欲しいとの頼みを受け、茶会の数日後に会うことになった。


「根来寺の津田監物(けんもつ)と申します。此度は典薬頭様に御会い出来望外の喜びに御座います。」


 禿頭の津田監物算長(かずなが)は真言宗根来寺の行人(僧兵達)のトップらしい。


「種子島に新しい型の火薬を使った飛び道具が持ち込まれたと聞き彼の地に向かったところ、典薬頭様が既にお買い上げなさっていました。」


 彼は火縄銃が欲しくて種子島までわざわざ行ったらしい。こういう人が技術を広めるのだろう。新しい物を受容する器があるということだ。


「其処で、種子島で見た火縄銃とやら、我々に御譲り頂けぬでしょうか?」


 わざわざ種子島まで行ったくらいだから、この人は火縄銃に対しかなり熱意があるのだろう。


「御礼の金子は相応に用意して御座います。何でも大きい一枚鏡や玻璃はりなど色々な物を用意して持っていかれたとか。ならば1500貫、根来寺で今すぐ用意できる限界で御座います。如何か?」


 一番の金持ちは寺だ、とは父道三の言だが、なるほど納得だ。


「しかし、我らも今は同じ物を作ろうとあれやこれやと試している最中にて。」

「うぅむ……至極尤もで御座いますな。しかし名工揃いの関の鍛冶なれば一年あれば其れも可能なのでは?」

「いやいや、実は鎧鍛冶や刀工の大部分は新しい物を作るに乗り気でなく、一部の職人のみで進めております故、なかなか上手くいかぬ事も多いのです。」


 嘘はついていない。正確には火縄銃量産の為の試行錯誤だし、信の置ける秘匿できそうな鍛冶で新しい物にチャレンジしても良いと言ってくれた者に絞って火縄銃を作らせている。


「で、ありますか……。なれば、種子島より早く我らに売って頂ければ300貫程御用意致します故、御早目に出来る事を祈っております。」


 流石に今すぐ手に入らないと聞いてかなり値切って来た。南蛮人が次来た時に買える可能性もあるから、それも見越しての値段と見るべきだろう。


「わかりました。職人達にも追加で褒美を与えると伝えてやる気にさせましょう。」

「かたじけない。宜しく御頼み申す。」


 頑張るとしよう。量産を。


 ♢


 山城国 京


 帝に2度目の種痘をする為参内すると、種痘の後も用事があると伝えられた。

 何事かと思ったが、俺が囲碁好きと知って打ちたかったらしい。


「成る程。不思議な打ち筋よ。我が碁の師は斯様な打ち方を教えてくれなかった。」

「主上、此れは定石として今後広まるであろうもので御座います。既に法華宗(日蓮宗)の僧達は使いこなしております。」

「ふむ。まだまだ知らぬ事が有るものだ。なればこそ学問は飽きぬ。」


 ちなみに、プライベートだと帝も朕とは言わないらしい。朕とは日ノ本に自分を捧げる時のものなのだそうだ。重い言葉だ。


「子が産まれたと聞く。飛鳥井あすかいの娘とは仲良くしているようで何よりぞ。」

「主上も御存知とは、お恥ずかしい限りで御座います。」

「子が産まれるに穢れはない。其の通り。子は国の宝よ。雑音は気にせずとも良い。民の為、其方の医を日ノ本中に広めるが良い。」

「恐悦至極に存じます。」

「腹の中の子のこえは柱よ。子が健やかに産声を上げ、元気に育つ世を朕は願っておる。」

「はっ。微力ながら全身全霊をかけまする。」

「疫病も止められぬ飾りの様な帝だが、其方という天の恵みを得た。出来る事など殆どないが、何かあればいつでも申せ。」

「勿体無い御言葉。其の御心だけでも有り難く思いまする。」


 帝の想いは以前と変わらない。民を憂い、民を思う。日ノ本の安寧を第一に思う姿に、だからこそ尊崇されて来たのかな、と思った。



 ちなみに、囲碁の後にやった将棋ではまるで歯が立たずにボロ負けした。いつものパターンである。


 ♢


 山城国 曼殊院まんじゅいん


 翌日。

 覚恕かくじょ様に種痘をしに伺ったのに、天台宗の偉い坊主の方々が大挙してやって来ていた。


 彼らからすれば薬師如来の生まれ変わりと呼ばれている俺のおかげで美濃や近江で勢力を拡大しているので、御挨拶にということなのだろうが。


 特に大津に関しては延暦寺のライバルといえる三井みい寺(同じ天台宗なのに仲が悪いらしい。本願寺と高田派みたいな関係だ)が大津の本願寺門徒に対して優位に立ちつつあるそうで、幕府も基本的には延暦寺との対抗上彼らを支援している。

 そのため比叡山延暦寺は三井寺への対抗上覚恕様を前面に出しつつこうして俺と交流せんとして来るわけだ。


「典薬頭様は真に尊皇の御心をお持ちに御座いますな。覚恕様も此度の御面会を待ち望んでおられました。」


 そうかい。なら早く会わせてくれないか。


「我等も施餓鬼せがきを僅かながら続けさせて頂いて居りますが、やはり典薬頭様の御尽力あったからこそ都の民の心が安んじているのでしょう。」


 ひたすら話しかけて来るいかにも偉そうな紫に金糸の入った法衣を纏った坊主達に辟易へきえきしていると、肌を極力晒さぬよう準備をした覚恕様に呼ばれた。


 これ幸いと部屋を退出し覚恕様の下へ。以前会った時もそうだったが、曼殊院にいる御坊様はあれ程華美な服を着ていない。御付きの者も覚恕様も絹は着ても紫の染めも金糸も使ってはいないのだ。


「すまぬな。忙しい典薬頭を呼び出す形になってしまって。」

「帝の子を思う御心に臣としてお応えしたのみに御座います。」

「其れでも。畿内に居らぬ其方がそう思って動いてくれる事は、日ノ本にとって如何に大きい事か。」


 親子だな、と思う。覚恕様もまた民を憂う御方だ。


 しかし、比叡山から来た坊主達は華美な法衣をこれ見よがしに着て来たわけで。


 考えてみれば歴史の授業で比叡山延暦寺は信長に焼かれたと聞いていたが、理由は銭の為に朝倉と浅井の軍勢を匿ったからと言っていた。

 銭ゲバ的な体質がもし今の時点であるなら、面倒な事に巻き込まれる前になんとかしておきたい所だ。


「本日来て居られる比叡山の御坊様方は金糸の入った見事な物でしたが、覚恕様もいつもは彼の方々の様な物を着て居られるのですか?」

「まさか。あれらは儀礼や大事な相手とお会いする時の為の物ですよ。予備も殆ど無いので、大切に着なければなりませぬ。」


 つまり一張羅的な物なのか。本当に?


「しかし、確かに先程挨拶に来た時見た物は以前見た物とは別の物だったやもしれませぬ。尊鎮そんちん様の御耳にも入れた方が良いかもしれませぬ。」


 尊鎮法親王様は現在の比叡山延暦寺の座主だ。帝の弟に当たる人物である。先程の坊主達の上司になるわけで、覚恕様より影響力も当然ある。


「朝廷も民も懐が寂しいこの御時世に、国家鎮護を謳う我らが贅を尽くしていては示しがつきませぬからね。」

「お願い致します。余裕がありそうなら施餓鬼を増やして頂けると民も救われましょう。」

「まずは尊鎮様と会ってお話してからですね。何も問題が無いのが一番ですが。」



 後日、帰国してから尊鎮様から直筆の手紙が届いた。


 曰く、話を聞いて信の置ける僧に調べさせた所、一部の僧が私腹を肥やしていたそうだ。数名が悪質として比叡山から追放され、それ以外は溜め込んだ財貨を施餓鬼に寄付。

 更に酒食に金を使い過ぎとして粗食を心がける様御触れが出され、その余波で麓の女郎達が仕事を失ったというので仕方なく美濃で引き受けた。


 前の公方様は傾城局けいせいのつぼねを俺が生まれた頃に本格的に整備し、公娼を認めて税収入としたらしい。

 最初はそういうシステムはどうかと思ったが、畿内の飢饉で身売りする女性の引受先となっていた事も知って問題の根深さを知った。


 最近は身売り女性を積極的に受け入れて文官や職人達と見合いをさせている。身元を確認した上ではあるが、こちらに恩がある彼女達は家臣と共に斎藤の家に良く尽くしてくれる。家臣たちからも好みの女性を探せると評判だ。

 見合いが纏まらない娘は看護師の訓練をさせている。中には怪我を負った兵を甲斐甲斐しく世話した事からその兵士と夫婦になった者も出た為、特に不満は出ていない。


 そんな状態の為比叡山の女郎達もまずは見合い、次に看護師と思ったが、見合いはともかく看護師は本人達が嫌がった。

 なので薬草の管理畑などに一部は従事させ、残りは本番なしの飲み屋を斎藤の家で稲葉山に開きそこで働かせることになった。


 状況確認に一度念の為に豊も連れて行ってみた時、俺は気づいた。


 これ、いわゆるキャバ○ラだ、と。


 前世で一度だけ行ったことのあるあの非日常的な雰囲気が、まさかこんな場所で復活するとは。

 景気の良い文官や職人達が最近研究成果の出た鰻の白焼きや醤油の料理をついばみながら酒を飲み、女性達に挟まれながら楽しそうに話をしている。彼らの一部は技術秘匿のため内外で深酒を禁じられている場合もある。

 ここは例外にした為、ハメを外せると評判らしい。彼らの妻もここの女性達とは交流があるらしく、技術関係で口が固い以外はアホなことをすれば妻に誰かしらを経由して連絡がいく。そういう意味で女性からも信頼されている様だ。


 しかしどう見てもキャバ○ラだ。


 この世界ではキャバ○ラを考え出したのは俺と名が残るのだろうか。

 そんな事に名前を残したくなかったと愕然としつつ、女郎達も楽しそうに仕事をしているなら仕方ないかと俺は諦めの境地に達するのだった。

南蛮人が次いつ来るか含め、ある程度の時間差を作る方向に主人公は考えています。

その時間で生産した火縄銃が彼らのアドバンテージになるでしょう。


比叡山延暦寺へのてこ入れですが、親王と直接会えるが故のやり方ですね。

とはいえ目立つ腐敗以外はそこまで大規模には粛清されていません。

薬師如来の生まれ変わりという評判を利用している関係上、比叡山も主人公には迂闊に手が出せない感じです。


男女問わず身売りを受け入れて産業に従事→産業が育って京などで産物が売れる

→売れた金で身売りや戦時捕虜を買って、というループが現状なので、地味に銭の流通量は畿内も美濃・尾張などもそこまで極端に増減していません。もうすぐそのあたりにも歪みが出てくると思います。

食糧は増産している分があるので、飢饉が酷くなるとまた色々あるとは思います。現状ならば、ですが。


火曜日も更新します。

前へ次へ目次