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第9話 近江和議と守護土岐頼芸 その1

最初の♢♢まで三人称です。その後は豊太丸視点に戻ります。

朝鮮は朝鮮半島の意味です。それ以外の意味はありません。

 美濃国 稲葉山城


 豊太丸の話を聞いた左近大夫規秀(のりひで)は、父としても領主としても放置するわけにいかず大陸の窯を調べさせた。すると朝鮮で豊太丸が言ったような窯を見たという者が見つかった。

 どうやら明から最近渡って来た技術らしく、彼は継続的に情報を集めていくことにした。

 その上で、稲葉山城で左近大夫は1人豊太丸について考えていた。


(家中でも豊太丸の評判は悪くない。土岐から下賜かしされた側室の子なので、特に長井の家臣からうちに組み込まれた者や斎藤の家から合流しつつある家臣から支持されている。

 明智や妻木からも評判は悪くない。正室の妊娠出産を助けるために明の書物を調べていたことや、妻木の焼物に有用な技術の話が来たためだ。)


 体も同い年に比べると大きい。朝の体操のおかげか、体が柔らかく武芸も非凡と評されている。


(かなり早いが……斎藤の名跡を継いだら彼奴あやつも元服させるか。最悪嫡男(ちゃくなん)は長井の家を継がせて道利の子は西村の家を継がせれば反発もおきまい。たとえあれが何者であれ、あれだけ能力があるなら使うだけだ。

 それに、あまりわしだけが急速に力をつけすぎても反発を招くだけだし、な。)


 ♢♢

挿絵(By みてみん)


 美濃国 大垣城


 天文4年(1535)年6月、浅井・京極・六角の和議が結ばれることになった。父左近大夫は頼芸様の弟―揖斐いび五郎光親(みつちか)様と共に名代みょうだいとして、越前の朝倉孝景(たかかげ)と共に和議の証人として呼ばれたらしい。なぜか自分も行くことになったので、まだ慣れていない馬に乗って北近江の鎌刃かまは城に向かうことになった。ちなみに揖斐様とは近江国境の不破関ふわのせきで合流予定だ。父とはあまり仲が良くないらしい。


「父上、浅井と京極は去年既に和議を結んだのですよね?」

「そうだ。今は小谷城に当主の京極高清様も住んでいる。」

「ならば今回は六角と浅井の和議となるわけですね。」

「それだけではないが、まぁそうなる。」


 本当になんで行かなきゃいけないんだ。自分必要ないだろう。出張手当はつくのか、前世はなかったからぜひ欲しいところだ。



 途中父左近大夫の意向で大垣城にわざわざ立ち寄ることになった。大垣城は不破関を破られた場合、その敵に対する要の城だ。城主の竹腰尚綱たけのこしひさつなは父ともども歓迎し夜は宴席を設けてくれた。竹腰氏は父が西村姓の時代から寄子よりことして共に戦っていた仲のいい国人領主だ。年始には必ず稲葉山城に来ているのでよく知っている。


「尚綱殿、実はそろそろこの豊太丸を元服させようと思っていてな。」

「ほう、豊太丸殿はおいくつでしたか。」

「9歳にございます。」


 満年齢だと8歳だぞ。小学校2年生だ。まだまだ世間では遊びたい盛りです。遊ぶ時間をおくれ。


「歳の割にはかなり落ち着いておられますな。立派な御子で左近大夫様が羨ましい限りです。

 しかし少し早すぎるとも思いますが……。」


 そうだそうだ、早いぞ!と言ってやりたいがあの眼で見られると怖くて反論できない。だから頑張れ竹腰殿!俺はあなたの味方だ。


「確かに早い。早いが……事情がありましてな。」

「その事情とは、聞いても良いものですか?」

「殿が我らに斎藤の名跡を継ぐよう命じられたであろう。それに関わっている。」

「美濃守護補任(ぶにん)のために守護代を整えておきたいのでしょうね。」

「うむ。で、その後六角と妙覚寺みょうかくじを通じて公方様にお願いしたんだが、朝倉がそれに待ったをかけている。」

「朝倉は名ばかりとはいえ美濃守護の政頼殿を庇護ひごしていますからな。」

「名ばかり守護代の斎藤帯刀もあちらにいますからな。なので、ここらで少し朝倉を揺さぶってみようかと思いましてな。」


 悪そうな笑みを浮かべる父左近大夫は正にマムシという雰囲気がある。それに応じる竹腰殿も少しニヒルな笑い方である。類は友を呼ぶ、そういうことか。逃げたい。


「次郎政頼(まさより)殿と和解を図ろうと思うのですよ。来年からの守護を頼芸様とし、その次を政頼殿の嫡男にするという約束でね。」

「まるで南朝・北朝の頃の帝のようですな。」

「公方様と六角様を仲介とすれば双方納得するでしょう。それに任命するのは公方様ですので、帝のように約束を破ることはできますまい。」

「ふむ。確かにうまくいけば洪水で苦しい美濃も戦に巻き込まれず治世に力を入れられること間違いなしですな。」

「で、斎藤帯刀の許可を得て斎藤姓を許していただき、豊太丸を次期守護代とするのです。」

「なるほど、そこで元服の話が出てくるのですな。」

「左様。元服に斎藤帯刀を巻き込み、豊太丸を斎藤氏の正式な後継者にするのです。」


 何それ聞いてないんですけれど。辞令は三か月前に交付をお願いします。無効扱いにしますよ。


「というわけだ。これからはく付けのためにも頑張ってもらうぞ。」


 稲葉山城に帰りたい。聞かなかったことにして。


 ♢


 近江国 鎌刃城


 翌日以降、大垣城以外に特に寄り道はせずに近江に向かった。途中で合流のために通った関ヶ原を見て、ここで天下分け目の決戦が起きる未来は来るのか、とか考えてしまった。今はだだっ広い平原だし。草が多すぎて開墾かいこんするのも手間がかかりそうだ。


 ちなみに琵琶湖(淡海之海おうみのうみと呼ぶらしい)は見られなかった。途中からは山道続きで、馬に乗っていても尻は痛くなるし景色は代わり映えしないし。家臣の一部は歩きで移動だから息を荒くして登っていて、可哀想なのでかなり頻繁ひんぱんに休憩を入れた。トイレの我慢できない子供に見られたかもしれない。でも文句ひとつ言わず歩く家臣を見ていると馬上で申し訳なさを感じてしまう。馬用だけでなく人間用の塩も多めに用意させたから舐めながら頑張ってもらうしかなかった。



 近江の鎌刃城に着いた時、将軍家の使者を除く各参加者は既に到着していた。

 滞在する屋敷に案内されて旅装から正装に着替えていると、足利将軍家の使者が到着したと連絡が入った。慌ただしくも急いで支度をすませ、父上と共に鎌刃城の本丸に向かった。

 そういえば、鎌刃城には石垣があるのに稲葉山の城にはない。なんでだろうか。

 全体的に城としてはここの方が堅牢な造りだ。攻め込まれやすい城なのか、城主が金持ちなのか。



 本丸の一室に父は向かっていき、そのすぐそばの部屋で待機するよう言われた。

 どうやら大名同士の話し合いには加わらずにすむらしい。一安心だ。


 先にその部屋に来ていた同い年くらいの武士の正装を着た少年に挨拶をし、せっかくだからと話しかけてみることにした。正直に言えば情報収集という名の暇つぶしである。


「お初にお目にかかります。土岐左京大夫頼芸様が家臣、長井左近大夫規秀が長男、豊太丸と申します。」

「あ、えと、それがしは、猿夜叉と申します。六角義久が子です。」


 六角氏の猿夜叉君は視線が定まらず、どこかおどおどとしていた。体も鍛えていそうな雰囲気はない。背格好はこちらの方がわずかに大きいくらい。


「お話できる方がいて良かったです。実は何のために呼ばれたか詳細には聞いていないのです。父はほとんど教えてくれませんでしたので。」


 大垣での話も結局ここで自分が何をするのかは聞かされていない。ぶっつけ本番旅をやるなら落語家と一緒じゃなければ拒否したいところだ。


「そ、そうですか。某は予め皆ここに来た理由を聞いてますので、ちょっと、落ち着きません。」

「羨ましいことです。父ももう少し見習ってほしいものです。」

「父、ですか……。」


 意味深に黙り込もうとしたので、沈黙が退屈となるのを避けるべくその後も話しかけて答えさせてみたところ、猿夜叉の方が1つ年上だった。てっきり同い年かと思ったんだが、誕生月とかあまりわからない時代だからどの程度実際に離れているかわからないか。


 彼のお母さんは浅井千代鶴で今の浅井の当主の姉にあたる人らしい。お父さんの六角義久さんは元々六角氏の嫡男だったらしい。お爺さんに当たる六角氏綱さんが若い頃に亡くなったんで、今の六角弾正定頼様が中継ぎとして後を継いだ。ところがこの定頼様がすごく優秀だったので義久さんが元服する頃に家臣が「そのまま定頼様に近江をお任せして、義久様には公方様にお仕えしてもらおう。」って言い出して、そのまま今まで来ているらしい。


 それ普通に下剋上でしょ。家の中ではあるけれど。


 自分なら面倒なことせずに正面から家を継ぎたいと言って欲しい。譲るよ。管理職以上では残業手当出ないからこき使われるだけだし。


 猿夜叉君も別に当主になりたいわけじゃないから気にしていないらしい。器の大きいことで。

明日以降は1日1~2話の更新になります。

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