第79話 平和を願う者の戦争 中
山城国 井出
その知らせを、木沢長政は目を閉じたままじっと聞いていた。
「そのため、包囲された安井殿は畠山稙長に降ったそうです。斎藤山城守は謀殺され、その息子は同族の斎藤典薬頭に預けられたそうです。」
重い口を開いた時、しかし出てきた言葉は安堵の混じったものだった。
「そうか。良かった。」
「良かった……ですか。」
「そうだ。本願寺が典薬頭殿を目の前にして暴走せず、無事に降ることができたなら人死には出ずに済んだのだろう。」
自らの状況が刻一刻と悪化する中で、それでも無用な争いは避けたいという矛盾をはらんだ彼の言動に、流石に周囲も呆れ顔となる。
そんな中でも遠慮なく声をかけるのが大和国人の柳生家厳である。
「相変わらずだねぇ。その性根、さっぱりわからんよ。戦は武家の華に御座候、ってね。」
「久宝寺は本願寺門徒が多い。彼らが暴走すれば民が戦に巻き込まれるのは必然だった。それを防げたのだ。」
「典薬頭様が暗躍した、なんて噂も聞いたがね。武家が医師をやるってのも面白い話だが、話は合わなさそうだ。」
「そうか……。典薬頭はやはりそういう御仁か。」
小さく笑みを浮かべた木沢長政に、柳生家厳は理解しがたいという表情を露骨にしてみせる。
「わからないといえばうちみたいな戦狂いの衆を傍に置くのは何でだ?この前だって敵に回っているっていうのに。」
「この身が情勢不利だから。優勢な側で戦うのは好まぬであろう?ならば身近にいれば常に劣勢なのだから寝返ることもなかろうと思うてな。」
「よくわかってらっしゃる。」
「わかるさ。何年大和の争いを仲裁してきたと思っているんだい。」
その言葉に、柳生の当主だけでなく側に控えていた柳生の精鋭たちも笑みを浮かべる。彼らは劣勢の側に立って敵に自らの武を刻み込むのを願う者達。そういう意味では正しく彼らの扱い方をわかっているのが木沢長政という人であった。
「まいったね。ならば大将の首が獲られるまでは付き合ってやるよ。」
「そうか。ならば出立の準備をしてくれ。ここは又八郎に任せる。」
「何処で戦うんだ?」
「二上山へ。死ぬなら河内だ。我が故郷で、意志を継いでくれる御仁の側でどうせなら死にたいからな。」
「そうかい。じゃあうちの衆でその負け戦くらいは引っくり返してやらないとな。」
その言葉に、木沢長政は少し悲しそうな顔で返すのだった。
♢♢
3月12日、畠山稙長が高屋城に10000を率いて入城。畠山弥九郎は信貴山城へ逃げ込み、木沢長政は井出の陣を出立。10000で二上山城へ向かい、弥九郎・在氏の両畠山当主への合流を狙ったと言われている。
木沢長政討伐を最優先と考えた管領細川晴元は三好伊賀守利長(長慶)に南下を命じ、自らは京に残った木沢又八郎を討つため三好政長に合流しその討伐を開始した。
♢♢
河内国 若江城
3月17日早朝。若江城に入っていつでも出立できるよう準備をした状態で様子見をしていたところ、急報が入った。
「ご報告致します。本日未明木沢長政軍の楊本範遠の軍勢が現れ、畠山稙長様の軍の偵察隊と小競り合いになったとのこと!」
「結果は!?死者は!?」
「畠山様の軍勢は先に気付いたため敵の奇襲に成功。敵は早い段階で撤退したため、こちらに損害はほぼありません。畠山様は高屋城を出て敵と戦うと御決断されました!」
戦闘になった場所は高屋城に近い地域だった。つまり木沢長政は高屋城を先に狙っているのかもしれない。
「高屋城に向かう。高野街道を南下して高屋城周辺の遊撃部隊になる。」
もしも高屋城に木沢長政が全軍を動かした場合、高屋城の軍勢は大軍とはいえ高野山の僧兵や根来寺の僧兵などの寄せ集めでもあるためどこまで戦えるかわからないからだ。
時間を稼ぐ行動はこちらの利になる。連絡では三好勢6000が河内に向かっている。木沢の軍勢は現状大和方面の抑えや山城の抑えで父親の木沢浮泛含め木沢一族が総出になっている。
「飯盛山城の軍勢は動きませぬか?信貴山城も兵を出すやもしれませぬ。」
「信貴山城の畠山弥九郎殿は高屋城を奪われ、僅かな側近だけで逃げ込んだ状況。然う然う動けまい。飯盛山城は若江殿がここにいる以上、そのままこちらに来ることは出来ぬ。」
大事なのは木沢長政が攻勢に出られない状況を作ることだ。
睨み合いが続くほど施餓鬼で消耗している彼らの資金が先に底をつく。それにこちらの援軍も届く。
「すぐに全軍出立するぞ!大久保隊に先頭を任せる!!」
応という声と共に、平井宮内卿や芳賀兄弟、そして大久保党が動き出した。
♢
河内国 太平寺
黒い雲が天を覆う中、夕方になる前に偵察に出ていた忍びから報告が入った。
彼らは服部党と呼ばれる面々だ。先日の仁木氏に命じられた工作に失敗した後、坂本に向かう大久保党に接触していて今回耳役不在の我が軍の偵察などの諸任務をしてくれている。
党首の服部半蔵保長は一時期北面の武士にもなったことがあるそうで、豊を経由して三上の家からも連絡が来た。多分徳川家康の忍者服部半蔵の親戚か父親か祖父か……多分そのへんだろう。
「既に半里先(約2km)の上畠にて両軍衝突しております。」
「音が聞こえないが真か!?」
「街道をやや外れた場所で既に互いの兵が入り乱れており、乱戦の地域では小雨になっておりますれば。」
なるほど。小雨ならば音もわからないか。
とはいえ既に戦闘が始まっているらしい。それも白兵戦が随所で起こっており、どこに誰がいるかも不明瞭だそうだ。
「ただし、間違いなく言えるのは少しずつ全体が此方に向かっていることで御座います。」
「つまり、北進していると?」
「左様にて。半刻(1時間)もすれば此処まで来るかと思われます。」
ここは街道なので道が開けている。準備を進めて敵を迎え撃つのが可能ならベストな選択になる。しかし、確実に来るかわからない上に既に始まっている戦場に行かないのも問題だ。
「殿、兵も朝から大きな休息をとっておりませぬ。ここは軽く食事などを摂らせつつ半刻で休みと此処で戦う準備をさせ、その間に戦場がどの程度近づいたか半蔵に確認させて次の行動を決めては如何でしょうか?場合によってはそのままここで戦うも良し。敵が来なければ少数をここに残して敵をここにおびき寄せるも良し。」
十兵衛光秀が提案をしてきた。最近個別に十兵衛に色々教えている平井宮内卿は満足そうに頷いている。
「雨も降っているなら戦場では休む余裕もないか。ではそうしよう。しばし休憩と準備を交互にとる形とする。この休憩の後は戦になると思って確りと休んでおくように!半蔵、頼んだぞ。」
「御意」
「準備を先に手伝う者は柵と簡単な堀を作るぞ。円匙を持て!半刻で出来る限り準備をする!四半刻で交代とするぞ!」
自分含め食事などを摂っておくのも大事なことだ。体力がなくなったら逃げることすら出来なくなるのだ。
周辺の木々を使い柵を組む。円匙で穴を掘り正面に簡単な野戦築城を施す。敵が突撃してきてもこちらが一方的に弓で攻撃できる状態を作りつつ、騎馬が来ても簡単には突破できない状況を作っていく。
半刻でかなり簡単な空堀とそこそこの柵が用意できた。通常の城の防備に比べれば簡素だが、大久保党や芳賀殿はかなり驚いていた。
「僅かな時間でこれほどの準備が……これなら大軍が来ても簡単には呑まれずにすみますな。」
「上方の戦は進んでおりますな……関東ではこのようなこと出来る将は居りませなんだ。」
「いや、これは殿だからこそ出来たことに御座いますぞ。数を揃えられたのも殿の御力にて。」
初陣の谷大膳衛好が胸を張っているのを横目に少し兵を休ませていると、服部党の忍びが1人後方から走ってやって来た。
「三好伊賀守様、援軍に来られました!」
その言葉に後ろを振り向くと、少しずつ地鳴りの様な音が低く低く響き始めた。僅かに見える砂煙は徐々に掻き分ける様に騎馬武者の姿が近づき、そして三好の三階菱の旗指物が視認できるようになった。
こちらの旗指物が見えたためか先頭から徐々にその勢いは弱まり、そしてある程度の距離になったところで数人が馬を降りて近づいてきた。
「これはこれは義兄上様、お久しぶりに御座います。彦次郎に御座います。」
先陣に居たのは次男の三好彦次郎義賢だった。
「お久しぶりです。もう少しで敵味方ともこの周辺まで来るので小勢の我が軍は半刻ほどでここに備えを築いて待ち伏せて居りました。」
「半刻……。半刻でこの備えを用意されたのですか?」
「我が軍の優秀な兵が素早く準備をしてくれましたので。」
驚愕している彦次郎を見ていると、伊賀守利長(長慶)殿がやって来た。戦装束ながらその雰囲気は落ち着いたものだ。
「お久しぶりで御座います。戦況は如何ですか?」
「もうすぐ敵味方とも此処まで来ます。調べたところ乱戦になりつつも少しずつ北に向かってきておりまして。」
「成程。信貴山の兵が来るのを待っている形ですかな。」
「弥九郎殿がそれほど早く兵をまとめて動けるとは思いませぬが。」
「何はともあれ、我らは兵も多い。見るに此処で敵を待ち構えて居られる様子。我らが戦場に突撃し一気に敵を崩しましょう。」
そこへ半蔵が凄い速さで草木を掻き分けてやって来た。
「殿、敵が間もなく此処まで来ます!」
その言葉に素早く弟に目配せした伊賀守(長慶)は馬の元へ走り出す。
「御無礼致す。時間がない故、先に行かせて頂く!恐らく敵は崩れた後此方に逃げて来るでしょう。上手くその敗走する兵を仕留めて頂きたい!!」
そう言うと返事を待たずに一気に他の兵も一礼してきた後に動き出した。兵の動きは機敏そのものだ。
「行くぞ!」
「「「応!!」」」
彦次郎義賢の掛け声とともに、怒号や奇声、刃物同士のぶつかり合う音の聞こえる街道をやや外れる方向へ一気に軍勢を動かし始めた。
強烈な砂煙が舞う中、脇を通る騎馬武者の轟音はまるで駅のホームで特急電車の通過を見ているような威圧感があった。
そして軍勢が途切れる前の段階で、既に敵の兵がこちらに向かって逃げてくるのが視認できるようになった。
街道をやや外れて突撃したために街道付近を安全と見たのか、それともそもそもそんなことを考える余裕もなかったのか。側面をつかれ崩れた兵は街道を走りながらこちらに向かってきた。
そこに最後尾の三好軍が襲いかかる。一気に崩れていく敵兵は集団を維持できず、個になって三好の軍勢に討ち取られていく。
そんな中でも部隊を維持して抜けてくる敵軍もいる。彼らと戦うのが野戦築城をした我が軍である。50や100程度の規模の部隊に対し、大久保隊の弓が敵の隊の中心部を的確に襲う。崩れながらも逃げるべくこちらに近づく兵を芳賀高照・高継兄弟の部隊による第二射が襲う。総崩れになった部隊を大沢次郎左衛門が率いる長槍隊が柵から一方的に攻撃し、討ち取っていく。
2,3の部隊を壊滅させたところで敵はこの陣は危険と学んだのか、街道を外れて逃げるようになる。個人単位で来る者は大久保党の強弓に射抜かれるばかりだ。
目の前で名のあるであろう武士や足軽、そしてそれぞれの人生を送ってきたはずの農兵があっさりと死んでいくのに辛くなる。それでもここでより鮮明に勝敗が決した方が現状の体制に無意味に楯突く人間を減らせるはずと命令を出す。無用な戦がなくなることこそ人死にを減らす最上の方法だ。
百近い兵が大久保党によって討ち取られ、名のありそうな武将らしき首級を射殺したことで満足したらしき大久保党を見て、小さな溜息をついたその時だった。
草むらから馬上でありながら両側を同じく騎馬の兵に支えられながら進む一行が目の前に現れた。
支えられている武将らしき人物は既に右肩と左のわき腹に矢が刺さっており、満身創痍な状況だった。両脇の兵も片方は腹部から血を流しており、片方は左腕がだらんと垂れ下がり肘より上の関節のない場所から腕が揺れていた。
「典薬頭様、射ますか?」
大久保忠俊が尋ねてきた。武器を構える様子もなく、流石に重傷すぎるので弓を準備させつつもしばし待たせて様子を見た。
ある程度近づいたところで、その武将は旗を初めて見たらしい。青白い顔色ながら、彼は笑みを浮かべた。
「最後の最後に天運が巡ってくるとはな。」
それは、近づくことで既に助からないであろうことが容易に想像できる傷だった。
「典薬頭殿、こうして話すのは初めてですな。」
両脇の兵も助かるかわからない程に傷ついていた。
「木沢左京亮長政と申す。御会い出来て恐悦至極に御座る。」
それは敵の総大将だった。
木曜日に下を更新します。
服部半蔵保長(この名前も諸説ありますが)については今作では
清康の死で一旦伊賀へ戻る⇒1541年の仁木氏の工作に参加⇒失敗して松平に戻らずに北面の武士と大久保党の繋がりから今は味方している(ここで本当は広忠が今川の助けで岡崎城に戻っていて岡崎に復帰)
という設定です。この後の彼らがどう動くかはまた後ほど出てきます。