前へ次へ
75/368

第75話 ラブコメ時空は突然に(なお主人公ではない)

明日はちょっと厳しいかもしれません。0時15分までに投稿されなかったらなしと思ってください。

出来る限り頑張ります。

美濃国 明智城


典薬頭になったことで、領内の国人も種痘に乗り気になった。しかし関東行きなども決まっていたため、昨年秋から本格的に各地を回り始めていた。

年明けのこの時期は湯治を兼ねて東濃の国人領を回ることになった。


豊に協力してもらいつつ種痘を行う。女性は豊と看護師訓練を受けた女性陣に、男性は半井なからい兄弟らに任せつつ、問診などで体調に問題がないかを曲直瀬まなせ道三らが進める形だ。問診結果がわかりにくい時や領主などの重要人物だけ自分が関わっている。

医師の卵たちには経験を積んでもらわないと技術の底上げはできない。頑張って欲しい。



周辺の領主である妻木殿がやって来たため十兵衛光秀に応対を頼んだ。この辺りをソツなくこなすのは小姓の中でも光秀が一番だ。


ところが妻木殿が種痘を受けに部屋に入る時、光秀は頻りに妻木殿に謝っていた。しかし妻木殿は怒るどころか嬉しそうである。


「誠に申し訳ないことを……」

「あまり気になされるな。其方のような若者が我が娘に見惚れるは仕方なきことよ。あの娘は妹共々美濃一番の美人である故な。」


どうやら光秀が妻木殿と一緒にいた娘に見惚れて粗相をしたらしい。


「おお、典薬頭様!近頃益々大きくなられましたな。」

「大きいのも考えものですよ。屋敷の天井や欄間が頭にぶつかって痛いのです。」

「槍の振り下ろしは凄まじい勢いだと評判ではないですか。戦さ場では向かうところ敵なしでしょう。」

「ところで、うちの十兵衛が何か粗相でもしましたか?」

「いやいや、明智殿はうちの自慢の娘に思わず見惚れてしまっただけですよ。よくあることですから!」


楽しそうな妻木殿にならばということでそのまま問診をし、問題ないと見て種痘をすることになった。こちらが準備をしている最中も妻木殿は話し続けていた。


「そう言えば、昔まだ幼少の頃に教えていただいた窯なのですがな。」

「造り方がわかりましたか?」

「明で窯作りをした事のある者が倭寇によって博多に攫われていたのです。大金払って御父上が美濃まで連れて来て下さった。」

「では、最新の窯が造れそうなのですね。っと、少し痛いので気をつけて下さいね。」


垂直に二又針を刺す。血が少し滲んだら種痘は終わりだ。


「っ。しかしこの程度で痘瘡に罹らず済むなら安いものですな。」

「御息女も痘瘡に罹る心配が無くなりますからね。また3年後に追加でやりますが。」

「全くです。あれ程の美しさ、痘痕あばたが出来ては美濃の、いや日ノ本の損失に御座います!」


親バカですね。まぁ可愛い娘が目に入れても痛くないのだろう。


「そうだ。娘も十三になりましたので典薬頭様のお側で仕えさせて頂けませぬか?器量の方も中々ですよ?」


その言葉に、側にいた光秀が珍しく焦った顔をする。成る程、惚れたか。仕方ない。


「いやいや、某既に正室だけでなく側室に北条様からもお迎えしますし、側仕えは豊と幸が知り合いを連れて来ておりまして数は十分にて。」

「そうですか。残念ですな。」

「しかし、一の家臣である光秀が嫁を何処から貰うか決まっておりません。見た所光秀も気に入った様子ですし、この者は誰より信の置ける男。如何ですかな?」

「……ふむ、確かに明智殿は典薬頭様の側近中の側近として既に名が美濃に轟いている御方。悪くないですな。」


今度は「良いぞ、そのままいけ!」みたいなジェスチャー付きでこちらを見ている。妻木殿に見えないからって随分大仰な動きだ。

普段はあまり感情を見せない光秀だけに面白い。


「如何でしょうか。某の婚姻が終わってからになりますが。」

「……これからも典薬頭様とは仲良くさせて頂きたいですな。」

「勿論。互いに有益な関係になれるよう努力していきたいと思いますよ。」


互いに頷き合い、光秀の婚約が決まった。



帰り際にも光秀は御相手――煕子ひろこさんと会ったらしい。


「殿、これからもこの光秀、死力を尽くして働かせて頂きます!」


やる気になったのは大変結構。間違っても本能寺の変は起こすなよ。



美濃国 鵜沼うぬま


年始の慶事として小姓の大沢次郎左衛門正秀と我が姉犬姫の婚姻の儀が行われた。

俺の結婚前に姉の婚姻を終わらせたいという父の願いからだった。


この2人、次郎左衛門正秀が幼少ながら父に気に入られる頃に出会っていた幼馴染同士である。

その武の才覚を気に入った父は鵜沼城主である次郎左衛門正秀の父正広と親交を深め、婚約に至ったそうだ。


幼馴染同士で婚約とかどこの恋愛ゲームのメインヒロインだよと言いたくなるが、この婚約で美濃中部での影響力を拡大しているので悪いとも言えない。


稲葉山城から嫁入りした姉の犬姫は戌年生まれという安直な理由から名前がつけられた可哀想な人だったが、年が近い次郎左衛門と幼い頃から仲が良く実に円満な婚姻となったわけだ。



親族として参加した式では上機嫌な正室の小見の方と、また1人娘が嫁いだ事に悲しそうな父という対比が印象的だった。

そして何より気になったのは式の主役2人だった。

どちらもチラチラと互いを見ては目線が合うと顔を真っ赤にしてソッポを向くのだ。何だこれ。


「犬姫は昔から仲が良かったそうですが、数年前から互いを意識しすぎて殆ど話もできなくなってしまったそうで。」


実の母親が亡くなったために母親代わりをしていた小見の方は幾度となく相談されていたそうな。


「ただ、お互いを強く想うが故の結果。なのであまり気にせず、心の赴くままになさいと伝えてあります。」


ただ、下を向きつつチラチラと互いを見合っては照れて顔を背けてを繰り返すのはどうなのか。しかも顔を背けるタイミングが一緒だ。夫婦か。夫婦になったのか。


側に控えていた新七が呟く。


「羨ましいですな。」

「お前は故郷の村に相手がいるであろう。」

「殿が御正室を迎えるまで婚姻は待ってもらっております。畿内の安定は急務で御座いますよ。」


それはお前の結婚したいという願いと畿内の安寧を願うの、どちらが大事なのか。


「民の安寧を願うは殿の御仕事。婚姻を急ぎたいのは殿と共に願う事にて。」


まぁ早く結婚したいのは事実だ。あれは良い。まだ触っていないからこそ楽しみは膨らむ。


「しかしあれでは初々し過ぎないか。知己の仲であろうに、顔すら合わせられぬぞ。」

「このあたりは憎からず想い合っていたからこそでしょう。一度次郎左衛門様に相談されましたし。」


なるほど。幼馴染と結婚となりそうなのは新七も一緒だからか。


しかし新婚2人から漂う甘酸っぱい雰囲気は凄まじい。ラブコメは遠目から見て程々に冷やかせる位置にいるに限るな。

周りの親族一同もどう声を掛けるか悩んでいるようだ。とりあえずめでたいめでたいとだけ言っている。



結局婚儀の行われた数日間、すぐ側で発揮される甘酸っぱい雰囲気に終始背中がむず痒い思いをし続けた。

年齢的にも酒はまだ出来る限り避けたい身としては自棄酒に逃げるわけにもいかず、大沢正広殿の八回にわたる「息子を宜しくお願い致す!」の号泣に付き合うことになった。

さり気なくその辺りの挨拶を、空気を察して厠に行って躱す父の空気を読む力に才能の無駄遣いを感じた。



美濃国 稲葉山城


閨を共にしたらしい2人は翌日からピッタリと寄り添いながら過ごしていたらしい。婚儀は鵜沼城で行ったが小姓の身分でもあるため彼らの住まいは稲葉山城だ。

新婚だからと数日与えた休暇で2人は存分に愛を語り合ったらしい。

稲葉山城に戻って来た時には顔つきが色々な意味で変わっていた。


「殿、某殿の為に粉骨砕身勤めて参る所存!」


槍の名人で真面目一辺倒だった男が真面目さそのまま一皮剥けた様子になった。とはいえ姉の犬姫と一緒だとデレデレらしい。


「殿、人は一人では生きられぬのですな。」


とか突然語り出してはっきり言えば相手したくない状態だった。



ところがそのラブラブ状態を光秀が見ていたらしく。


「殿、結婚とは良いものですな。」


とか語り出すようになっていた。おいおい、もしやこの状態は感染するのか?

新七にも羨ましい羨ましいと言われるようになってきた。遠慮がないのは良いがこれ以上はパンデミックだ。専用の病棟を造って隔離するぞ。


その後、光秀は新七と一緒になって事あるごとにこんな事を俺に言うようになった。


「殿」

「ん?何かあったか?」

「御婚姻の儀、出来る限り早く終われるよう某と新七全力を殿のために注ぎます故!」

「頑張りましょう!木沢討伐のため何か必要なものがあればどんどん御命じ下さいませ!」


それはお前たちが早く婚姻したいだけだろー!!

史実では痘痕で光秀との愛情深いエピソードのある熙子ですが、本作では主人公によりインターセプト!美人は美人のまま!末永く幸せに!!


大沢左衛門尉正秀は年齢的に主人公の姉と結婚していると考えこのようなタイミングに。そして早く結婚したい面々が騒ぎだす。

彼らもまだ年齢的には中学~大学生くらいなので、色恋には弱いのです。

そんな光秀を少し掘り下げつつちょっとした日常話でした。

前へ次へ目次