前へ次へ
61/368

第61話 新年に向ける決意

♢♢から三人称です。

 美濃国 稲葉山城


 翌日。いつもの4人で話し合いの日である。父も叔父も平井宮内卿信正も寒い中身を寄せ合う。


「さて、では本題に。兄上と新九郎から提案を受けた田の改革から。」

「四角への改良は稲葉山周辺から始めるのだったな。」


 農地改革というと戦後の歴史で習った用語を思い出すが、地形的に可能な場所で田んぼを四角にすること、そして新たに冬場は水を抜いて乾燥させることを始めようという話になった。

 水抜きはどういった効果があるかは知らないが、前世で見た田んぼは基本そうしていたからその方が良いはずだ。


「稲葉山周辺は土地が平らなので順調に進めております。やや高さの違いがある場所は掘った土を堤防の予定地に運んでいますので、2,3年で終わると思われます。」

「新田を開発するのだ。収量が増えるな。おまけに検地まで進む。良いことだ。」

「ただし、一部地域は複雑な地形も多く、恐らく進めるのは容易ではないと思われます。堤防用の土を掘るのと並行して土地を均すといった作業になるかと。」

「水抜きですが、新九郎様の提案通りため池を作ります。冬場はそこから直接川に水を戻す、普段は川への道を塞ぎ田んぼに流す形にすることで水が不足しない仕組みで試作しました。」


 概ねこちらの提案通り進めてくれたらしい。しかしこの時代は地形がネックだ。棚田的な場所が多い。


「収量が増えたらその仕組みも広める。わしは飢饉がまだ続くことも考えている。畿内へはまだまだ売れるからな、米はあればあるだけ良い。」


 米はこの時代の人間にとって欠かせない。雑穀を混ぜて食べることも多いようだが、主食は米だ。それがどれだけ獲れるかはどれだけの人間を養えるかに繋がる。頑張ってほしい。


「次ですが、新九郎様のご要望で集めていたオゴノリですが、尾張からの荷の段階で分けてもらえることになりました。」

「本当ですか!?」

「ええ。弾正忠様から金になるなら手間は惜しまない、と。」


 流石信長の父親。オゴノリことテングサだけ高めに買うと伝えたら食いついてくれた。これで寒天の安定生産……つまり寒天培地の用意が楽になる。

 これから冬が本格化する前に今年手に入ったテングサを寒天にする作業を進めないといけない。寒天料理って何があったか知らないからとりあえず量産できるようになって培地以外で使える量になったら考えるか。


「耳役からの報告を見るに朝倉は立ち直るのに1年以上かかるだろう。略奪目当てで攻めてこないかだけ注意すれば良い。宗滴からの被害も予想の範囲だ。」


 朝倉宗滴の足止めに対峙した父は被害兵数を抑えつつ足止めに成功したそうだ。ただし戦場での勝ち負けで見れば明らかに負けたと本人は言っていた。

 ゲームでは早々に寿命で死んでしまう武将だが、記憶通りならまだ10年は現役のはずだ。隠居とかしてくれないかな。しないだろうな。


 最後に六角での話を父に聞くと「やはり六角はあの歯ぎしりのうるさいのより自分の血縁を当主にしたいのだ」とか言って笑っていた。結果的にだが自分がメッセンジャーになって両者を繋いでしまった気がする。血が流れる展開は勘弁していただきたいのだが……。


 ♢♢


 摂津国 越水こしみず


 1541(天文10)年。年明けの家中挨拶が終わった夜。部屋には主だった親族と家臣のみが集まっていた。


 三好伊賀守利長(としなが)、三好彦次郎義賢(よしかた)安宅あたぎ神太郎冬康(ふゆやす)の元服した兄弟と三好長逸(ながやす)、篠原長政、松永備前守長頼(ながより)加地久勝かじひさかつなどが並んでいた。


「管領様への挨拶も終わったし、やっと一息つけるな。」

「お疲れ様、兄上。阿波は河野との小競り合いも終わって平和そのものだ。」

「淡路も安定してきた。安宅の義父上が頑張っておられるからな。」

「油断はできませんぞ若様。畿内ではまた公方様が管領様と揉めたそうですからな。先日の施餓鬼せがきで三好家中の評判も上がったとはいえ、まだまだ畿内では新参扱いに御座いますれば。」


 左肩を叩きながら軽くため息をつく伊賀守利長に、年長の長逸が引き締めるよう言葉を紡ぐ。その様子をじっと見ているのが備前守長頼である。


「ああ、備前守は今回が初だな。こうして評定ではできぬことをするのがこの場だ。あまり立場は気にするでないぞ。其方は出世頭だ。」

「過分の評価で御座います。兄の方が文書仕事や接待は得意です。」

「兄上がここに呼ぶのははかりごとができる者だけだ。喜べ、其方は野心があると認められたのだ。出世する近道ぞ。」


 兄である弾正久秀が初陣で突出した時、それを救ってかつ敵を崩したのが備前守長頼である。寡黙で多くは語らない男だが、その実尊敬する兄を誹謗ひぼうした侍を前線で孤立するよう誘導し、そこを囮に敵を崩して武功を稼ぐなどもしたことがある男である。


「自分は兄と違います。兄は殿の支えともなれましょう。」

「自分はなれぬと思うのか?」

「武と偽しか自分にはありませぬ。」


 普段からは想像できないであろうほど良く話した備前守長頼だったが、それ以降言葉を発する様子はない。


「まぁ良い。しかし無理かと思ったが斎藤守護代と結べたのは大きいな。」

「昨年でも一番と言っていい成果でしたな。」


 篠原長政が笑みを浮かべる。今京で一番話題の人物との縁組だ。その位置関係も最高と言っていい。


「いざとなれば六角の背後が突ける位置。朝倉と国境を争っていますが、そこにいるだけで大きな意味があります。」

「土岐の嫡男とは不仲とか……。うまくやれば管領様の後背も。」

「それ以上は口にするなよ。今はその時ではない。今は公方様が朽木に逃げてしまった時の仲介ができるようになったことを喜ぶべきだ。」


 伊賀守利長がたしなめると、彦次郎義賢が「おっと」と意味ありげに笑って口に人差し指を当てる仕草をした。飛鳥井雅綱あすかいまさつなの娘が朽木晴綱くつきはるつなに嫁いでいることから、妹が養女となったことで三好は朽木に関わる手段も同時に得たことになる。


「しかし、姉のお稲の婚姻の儀を急がねばな。」

魚屋ととやの息子と婚姻させるのでしたな。彼の者は今何を?」

武野紹鴎たけのじょうおうに弟子入りして茶の湯を習っていると。先日聞いた時は北向道陳きたむきどうちん殿だったのですが。」

「少し落ち着いてもらわんと婚姻出来ませぬな。与兵衛に言っておきましょう。」


 堺との折衝を担当する加地久勝がそう言ったところで、伊賀守利長は一同を見回して語りかける。


「今年はまず池田攻めとなろう。一庫ひとくら城の周囲について暖かくなるまでにまとめておくように。今年もよろしく頼むぞ。」


 応、という声と共にその場はお開きとなった。

濃尾平野は四角い田んぼ作りやすいのですが、それ以外の地域は向いてないので大工事なのですよね。

治水の問題はあるにせよ、やはり美濃と尾張は立地が最高だなと実感するところです。


ギリワン(義理犬)の弟松永長頼の方が初期は出世が早いんですよね。

なので彼の方が腹黒いという設定になっております。全ては兄のためですが。


魚屋の息子も長慶の妹が最初の嫁です。

前へ次へ目次