第60話 争いとは全て使える物を使っておこなうもの
摂津国 越水城
顔合わせの翌日、冬の気配が近づいていたので雪で道が塞がれないよう早々と帰宅することになった。せめてもと手元の美濃和紙で折鶴を作ってお満に渡してもらうよう頼んでおいた。夫婦仲は円満を目指したいし、幸や豊とも仲良くしてほしいし。
饗応役を最後まで恙無く務めてくれた松永弾正久秀ことギリワン(義理犬)は俺とお満の結婚を聞いて涙を流していた。曰く、
「某の主と某の尊敬してやまない典薬頭様が御兄弟になられるとは、これほど嬉しきことがありましょうか!?いいやない!ありませぬ!!目出度きことなどという言葉では某のこの思い、いくばくも伝えられませぬ!!」
だそうである。30のいい歳したおっさんなのに、本気で涙流している姿がどうして忠犬にしか見えないのか。稀代の謀略家はどこにいった。俺のゲームでのイメージを返してほしい。
♢
美濃国 稲葉山城
道中で六角殿から祝辞を頂いたり管領様から祝いの文を頂きながら帰国した。京極からも文が渡されたが浅井からは来なかった。朝倉とうちの関係を考えれば当然かもしれない。
大桑で太守様に報告した後、歯ぎしり御曹司には遭わないよう(誤字ではない)そそくさと稲葉山に帰ったところ、父に早速呼ばれることになった。
部屋に入ると、そこには見慣れた悪巧み3人組(父・叔父・平井宮内卿信正)と共に右衛門督となられた持明院基規様がどう考えても祝うためだけではない笑い方で待っていた。
「ただ今帰りました。」
「ほほほ。万事問題なく終わったようで何より。」
「良い仕事をしたな、兄上もお喜びだぞ。」
最初に口を開いたのは持明院基規様と叔父の隼人佐道利だった。まずは口々に帰りを喜ぶ言葉。
「若様、御無事で何より。このままいくと官位も追い抜かれる日も近いですな。」
「其方宛に文がいくつか届いているぞ。あと、蝶姫と福姫が最近遊んでくれないとわしに文句を言いに来たからなんとかせい。代わりに遊ぼうと言っても相手してくれぬのだぞ!」
口から毒素を撒き散らしていそうだから娘から嫌われているマムシの父はともかく、書状は後で読む必要があるだろう。平井宮内卿信正殿は買いかぶりすぎである。
「宮内卿、出自から言えば管領家でもない守護代ではここが限界ですよ。」
「いえいえ。貴方様がお持ちの刀、斎藤妙純殿の父妙椿殿は従三位に上り詰めた御方。期待しておりますよ。」
期待されても困る。位人臣を極めるのは信長に任せたい。
「さて、其方の婚姻だが。」
「はい」
父左近大夫利政からは一色氏の守護代や近隣国人から誘いがあったことを聞いている。公家でも話があったはずである。
「まず、其方の言っていた商圏の拡大だ。三好は摂津や和泉だけでなく阿波などの四国方面へも顔が利く。」
「なるほど。商品の売り先をより広く確保したいと。」
「特に堺よ。堺に影響力のある人間でないと大きく稼げぬ。」
このあたりの感覚は流石元油売り一家だ。売り先が増えるほど利益は大きくなる。現状和紙とその派生である扇・団扇。更に和傘と提灯を売る先は多ければ多いほどいい。
更に薬も山科殿と協力して常備薬として出せる物は積極的に売りに出す予定だ。ならば西日本一帯への影響力を考えれば三好は最適解の1つだろう。
「次に、家格が程良いのに勢力は大きいのがうちと酷似しておる。三好は摂津守護代、こちらは美濃守護代だ。しかし実際のところ三好は摂津・阿波・和泉・讃岐・淡路、更には播磨・河内・山城・丹波にも影響力がある。」
「我が家は美濃に越前と飛騨には少し影響力がありますね。」
「高田派との関係で三河・伊勢にも最近は手が出せるようになっておる。」
そういう実力者は実際多くない。確かにそうだろう。
「そして、飛鳥井様とも面識があり、飛鳥井様からも許可がもらえる家だ。」
「……どうしてそこで飛鳥井様の名が?」
「なんだ、聞いておらんのか。三好殿の娘は飛鳥井様の養女として我が家に嫁ぐのだ。」
そろそろ驚くのに疲れたな。
「……何故そういうことになったのです?」
「知基様の丹波家は既に断絶しているのは知っているな?」
「ええ。先日の典薬頭補任の件でも確認させられましたので。」
基本的に朝廷の医家は坂上姓丹波家(錦小路家)と和気姓半井家の2つが世襲だ。で、俺の任官はその双方から許可が出たため認められた経緯がある。
そしてそのうち丹波家の知基流と呼ばれる一門の最後が飛鳥井雅綱様の正室である丹波の方様(丹波親康様の娘)である。
「なので、其方の補任への……いわゆる理由づけとしてな。持明院様を通じてそういうことになっておったのだ。」
「ほほほ。典薬頭に任ぜられた段階で、これは決まっておったのじゃ。」
つまり、名目上自分は丹波の家を繋げる役割を負う、ということか。血は繋がってないけれど良いのか?
「ほほほ。其方の子の1人と血縁のある家の者を繋げば良いのよ。大事なのは慣例に反しない形作りでの。」
「それに、彼の御方は側室の子だが、その側室は阿波の国人三谷氏だ。三谷氏はかつて禁裏に現れた怪鳥を弓矢で討って従五位下兵庫頭に任ぜられた弥七景晴を祖先に持つ。三好にとっても重要な家だ。」
三谷氏は伊賀守利長(三好長慶)の弟が養子に入った十河氏と同じ讃岐植田氏という一族らしく、三好の重要な柱だそうだ。そのため側室とはいえかなり大切に育てられたらしい。それであのか細い声か。
「飛鳥井卿も子息の堯慧殿との仲、これまで以上によしなに頼むと頼まれたからの。ほほほ。」
飛鳥井家と繋がったことで人脈は更に広がった。これをうまく使えればいいが面倒事に巻き込まれるのだけは避けなければいけない。争いの火種に自分がなるのも避けたい。難しい舵取りが要求されている。
「最後に、六角には事前に話してある。その刀のおかげで実に円満に相互理解が進んだぞ。」
「そういう意図で持って行ったわけではありませんよ、父上。」
「結果が上手くいったから良いのだ。結果に意味を持たせろと前に教えたではないか。」
そうやって腹黒く考えているから蝶と福は父に懐かないのだろう。
さて、こうなると後は幸と豊と仲良くできるかだが、奥については男があまり出しゃばるのも良くないと言われている。最悪小見の方と母深芳野の力を借りよう。
「後は、今回の件もあって越前と近衛家の関係が悪化しておる。故に太守様から寄進をした。覚えておけ。錦小路家も北小路家も関わっている。」
近衛家は越前に荘園がある関係で長年朝倉と友好関係にあった。それが今回越前和紙の使用が取りやめになったこと、近衛と関係の深い北小路家が豊を猶子とした三上家を斡旋したことなどで関係が悪化している。
まだ横領はされていないそうだが、時間の問題と見た父は太守様を通じて寄進をし、朝廷を敵に回さない工作をした形だ。相変わらず手際が良いことで。
「それと、来年正式に蝶と弾正忠の嫡男が婚約することになった。お前宛の文にも書いてあるだろうが、今後正式に手を組むことになる。」
そうか。こうして史実でも俺は信長の義兄になったのかな。しかし三好長慶が義兄で織田信長が義弟って改めて思うが絶対歴史が大きく変わっているな。
♢
夜。最近ようやく花が咲くようになったハゼノキの実で作った試作蝋燭の灯りを頼りに文を読んでみることにした。送ってきたのは錦小路盛直様と堯慧殿、遠藤盛数殿、そして弾正忠の嫡男吉法師―信長だった。
錦小路様と堯慧殿はほぼ同じ用件だった。来年の相模下向、その日程などの確認である。
春になって少し経ってからということで種痘の新しい物も用意できそうである。寒天も作れると思うのでアレの本格生産も始められるか。冬は注射器チャレンジがメインになりそうだ。特産品の売り込みもしなければ。
堯慧殿からは義兄弟になるので宜しくとも書いてあった。これで自分の立ち位置は三好長慶・堯慧殿の義弟で織田信長の義兄という関係だ。飛鳥井との関係で公方様が頼りにしているという朽木も義兄である。畿内一円との関係性が深すぎないかだけが心配だ。
遠藤殿には所領で頼んだ山葵栽培が少しずつ上手くいきだした報告だ。栽培が進んだら漢方でも食でも使いたいので作った分買うと伝えてある。前世で郡上八幡周辺は山葵の名産地だったのだ。頑張ってもらいたい。
そして吉法師の手紙。
平仮名も本来まだ覚束なくてもおかしくない年齢(満年齢で6歳、数えで7歳だ)ながら、真っ直ぐに整った字が並んでいた。内容だけとると、
「いつも絵本をおくっていただきありがとうございます。てんやくのかみになったと聞きました。おめでとうございます。くぐい(白鳥)になれるように日々がんばっています。せいしつは新九郎さまの妹になると聞きました。あにうえとよべる日を楽しみにしています。」
こんなかんじだった。どうやらこれまでの絵本は気に入ってもらえたようだ。以前贈った積み木もかなり遊んでいたと聞いているし、これは仲良くなる作戦大成功なのではないだろうか。
明日も父たちと話し合いがある。忙しい一年になったが、斎藤の家が人々に認められるようになったことを考えれば収穫は大きかったといっていい。ブラックな労働環境でもやりがいと成果があるとブラックに感じないというやつだ。
「お疲れ様でした。そろそろ良いお時間ですよ。」
「親方様、もうお休みになられた。」
部屋に入ってきた豊と幸が寝床の準備を始める。正式ではないものの家中では側室と同じ扱いのはずだが、色々な準備を今も2人でやりたがるのは体面的に良いのだろうか。
「で、今日はどちらにします?」
「もう怖くないから一緒はなし。」
普通に寒いから3人で身を寄せ合って寝るだけじゃダメなんですかね。ダメですか。そうですか。その小さく出した舌がそこはかとなく艶やかなのはなんとかしてください。目元の潤み具合とか狙ってますよね。
マムシ「六角の御正室に子供ができたら二郎サマ〆て皆様と仲良くやっていきたいです」
六角定頼「おう、うちの娘とその子供できたら大事にしろよ」
多分こんなかんじ。
信長に最初に贈った絵本が『みにくいアヒルの子』になります。
白鳥は信長なりのメッセージになっております。
飛鳥井家は羽林家、二郎サマの正室は大臣家なので二郎サマの方がちゃんと格上のお嫁さんをもらっています。