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第59話  許嫁ってのはこう、恥ずかしげで、甘くて、なんていうか救われてなきゃダメなんだ。

地図はこちらを参照ください。

挿絵(By みてみん)

 摂津国 茨木いばらき


 典薬寮が管理していたという味原牧あじふのまきという場所が摂津国にあると三好殿に呼ばれて茨木へ行くと、15日後に越水こしみずで婚姻の儀があるから出てほしいと出迎えた松永弾正久秀ことギリワン(義理犬)に言われた。

 もしや結婚式に出席させるための策だったのか。斎藤守護代の家と三好の家は仲良いですアピールに使われるのか。


 とはいえ施餓鬼せがきでは世話になったのも事実。ここで出席しないわけにもいかず、出席を約束した上でまずは味原牧へ行くことにした。


 くだんの土地は崇禅寺すうぜんじという曹洞宗の寺領になっていた。しかしこの寺は主な建物が50年以上前に焼失したとのことで管理もほぼされていなかった。

 現金での寄進と引き換えにあっさりと味原牧は典薬寮の管理下に戻ることが決まった。建物の再建費用の一部にするらしい。その程度の土地なのか、それほど困窮しているのか。


 現地に行くと牛を守ろうと一部農民が武装姿で待っていた。他の地域より牛が多いのは典薬寮の味原牧として長年守られてきたが故か。とはいえこちらは200を超えるきちんと武装した武士の集団、相手は辛うじて数人が槍を構えているが足軽より貧相である。

 おまけにこの地を管理するもう1人の摂津守護代茨木長隆(いばらきながたか)殿もこちらに好意的だったため、しばらくすると武装した100人ほどの集団が追加された。


 流石に無理と判断したのか、代表者が牛を数頭渡してきた。彼らの生活を壊すのは忍びないが牛は欲しかったので対価として今後この地の税を一部減免し、更に管理をお願いする管領様に定期的に家臣へ種痘を施す約束をした。


 牛を管理していた者によるときちんと牛乳は絞れるらしいが、開墾などで使っていたため乳の出はあまり良くないらしい。

 なんとか乳牛としての役目で美濃では使おうと思った。チーズとか食べたいし。カルシウム的にも味的にも。


 ♢


 摂津国 越水城


 婚姻の儀といっても自分は招待客なので、あくまで酒宴の席に出てお祝いを伝えるだけだ。

 饗応役についた松永ギリワンに部屋に招かれると、そこには三好の一門や親族衆だけが一堂に会していた。


「あれ、今日はまだ御親族のみなのですか?」

「ははっ、今宵の宴席は御親族のみで御座います。」


 それなら自分は場違いではないか。つまりこれ関係者以外立ち入り禁止ではないか。


「そ、某はお連れせよとだけ言われましたので……なんとも。」


 そんな困った顔されてもこっちが困る。

 と、思っていたら酒を飲んでいない様子の若者が1人こちらにやってきた。


「お待ち申しておりました、典薬頭様。お初にお目にかかります。某、名を三好彦次郎義賢(よしかた)と申します。」

「これは御丁寧に。斎藤典薬頭利芸に御座います。しかし、何故御親族御一門の席に?」


 本来、親族のみの宴席や家臣一同との宴席を経て仲の良い大名や国人が呼ばれるのが通例だ。自分もてっきりその段階で呼ばれたと思っていたのだが。


「あぁ、左近大夫様からの連絡より先に我々がお連れしてしまったのですね。それは申し訳ないことを。」


 連絡?そんな殊勝なこと父は必要ないと思ったらして来ないタイプだ。こちらは連絡欲しいことでもして来ないこともあるのだから。


「典薬頭様の御婚姻、そのお相手に我ら兄弟の妹が決まりました故、少し拙速ではありましたが御親族としてお呼びしたのです。」


 はい?


「先日のご縁もありまして、左近大夫様にお伺いしていたのです。母親が讃岐の三谷氏の側室なのですが、器量好しにて必ずやお役に立てるかと。」

「ち、父が既に了承しておるのですか。あ、そうですか。」

「はい。我々としても他にもお声がかかっていたであろう典薬頭様とご縁を頂けたわけで、ならば義兄の婚姻の儀にも是非御親族として参加していただこうと。」


 ここで参加したら確定事項ではないか。いや、本当に父からそれが決まっているなら良いのだけれど。


「こちらに左近大夫様からの文が。念の為ご確認下さい。」


 渡された書状には、確かに父の花押があった。簡単に言えば婚姻の件とても喜ばしく宜しくお願いしたくなんとかかんとか。しかもこれ多分直筆である。余程興が乗ったのかかなり勢いよく筆を滑らせたであろうことがわかる。


「確かに父の、それも直筆のようです。」

「そうですか。いや、ここでもし何者かに騙されていたならば由々しき事でしたからな。確認できて何よりです。」


 しかしこれはなんというか、信長の義兄になるより先に三好長慶の義弟になりそうということか。


 

 結局、三好の婚姻の儀にはそのまま参加した。

 お相手である女性は波多野氏の当主波多野稙通様の娘だ。幕府評定衆であり丹波国八上(やかみ)城の城主。管領に対抗できるだけの実力者だ。先日の斎藤の施餓鬼には三好を通じて幕府も貢献したことになっており、結果として幕府の名声もわずかに回復した。

 そのためこちらにも好意的で、三好と斎藤は幕府の重臣管領細川と土岐を支える大事な柱だと褒められた。ちなみに、自分の官位が上がったおかげか酒を無理に飲ませようとする人は現れなかった。パワハラに遭わないという偉大な成果に、殿上人になって初めて感謝した。



 4日かけた婚姻の宴が一段落した後、三好兄弟に直々にお嫁さんを紹介されることになった。


「婚姻の儀は、まことに申し訳ないのですが来年以降でお願いします。というのも、今一庫(ひとくら)城の塩川氏が盛んに畿内各地と文のやり取りをしておりまして。」

「不穏なのですか?」

「管領様は不安視しておられます。ですので今は摂津を離れられないのです。」


 それならば仕方ないか。で、俺の正室はどこに?


「ではおみつ、おいで。」


 兄弟の後ろのふすまが音もなく開き、1人の女性が頭を下げた状態で姿を現した。


「お、お、お初に御目にかかります。満と申します。」


 蚊が鳴くような、喧噪では間違いなく聞こえないであろう小さな声で挨拶をされた。


「申し訳ないことに、お満は父が大事に育てすぎて男性と会うと緊張してしまう娘でして……。ただ、奥の差配などはきちんと仕込んでありますので御安心下さい。」

「末永く、宜しくお願い致します。」


 ただ、声自体はか細いが、鈴の様に耳には心地いい。

 仲良くならねばなるまいと許可をもらって傍に近寄る。

 小声が届く位置まで近づいて、小さな声で話しかける。


「こちらこそ、宜しくお願いします。」


 少し驚いたように顔を上げた時見えたその顔は柔らかい雰囲気の美人であり、上半身を起こしたことで判明した上半身の体形が、和服で隠しきれない豊かな膨らみ2つを俺に伝えてくれた。


 ふっ。



 父上、ありがとうございます。恐らく今までで一番感謝しております。

正室は三好からということになりました。

年齢的な面から芥川孫十郎に本来嫁ぐ女性を選んでます。

どうやら某小説では名前が出たらしいですが創作のようなので統一してません。

史実では夫が三好一族ながら長慶を二度裏切って最後は離縁された人らしいです。

母親は不明なので側室を出していそうな家から選んでます。


味原牧は摂津中嶋城(堀城)も近いのでどちらが良いか悩みましたが、滞在先として京に近いので茨木にしました。

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