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第57話 幾久しく

多くの方にブックマークや評価をいただいたおかげで15000という想像だにしていなかったポイントまで伸びました。

この場をお借りして感謝の気持ちを述べさせていただきます。

ありがとうございます。今後も頑張って書いていこうと思います。

 美濃国 稲葉山城


 さて、そういうわけで二郎サマの結婚で嫁がとれる環境になったわけだ。


 正室については父が畿内から誘いがあったとかで話を進めているそうなので任せた。こればかりは自分でどうこう出来るものではない。仲良くなれるよう色々準備をするのみである。


 喫緊の問題はやはり幸と豊だ。


 2人は立場上妾になり、側室扱いは難しいだろう。誰かが養子にでも入れてくれれば別だが、そこまで酔狂な人間がいるだろうか。できればきちんとお嫁さん扱いまではしたい。

 と思って父に相談したらいたのだ。まずは豊。話を持って来たのはあの礼儀にうるさい乳母。


「実は先日の御話ですが、北小路きたこうじの御当主様から連絡を頂きまして。」

「はぁ。確か越前と京を往復しておられるとか。」


 現当主の従四位上弾正大弼(だんじょうたいひつ)北小路俊定(としさだ)様は近衛家との関係もあり、越前の宇坂庄うさかのしょうという荘園の管理もあって越前と京を往復している。さり気なく父左近大夫はこのルートで越前に耳役を送り込んでいる。


「自分と関わりの深かった北面の武士である三上家で豊を養女として若様に嫁がせたい、と。」

「何故そうなるのでしょうか。」

「朝倉はかなり追い詰められておりますから、時間さえかければ越前は土岐が呑みこめるとお考えなのでしょうね。」


 ようは越前の荘園を維持するための保険か。しかし良くぞ公家から信頼を得られたな。


「最終試験として北小路家への種痘は豊に任せましたので。作法から何から、私の全てを豊は受け継いだと認められております。」


 何それ聞いてない。


「ですので、ねやの作法も御正室までに不安があれば豊にお声掛け下さいね。それとも、まだ床入りできない御体で?」


 前世だったらセクハラだぞ、それ。心配しなくてもできるから前世含め大分長いことできてないのに最近ちょっとモヤモヤしてきたんだよ。


 ♢


 で、幸についてはもっと意外なところから話が来た。


「碁の腕は既に知られておりますし、若様の子飼いの孤児たちの教育までしております。それほどの才女なら何が問題となりましょうや。」


 法華宗(日蓮宗)の日顒にちぎょう様である。といっても日顒様の養女になるわけではない。そもそも法華宗では妻帯もできない。


 紹介されたのが囲碁で河内随一と知られる安井家である。畠山家臣だが、木沢長政との関係に加え領内の本願寺派寺院(西証寺)の復興もあって立場が難しいらしい。


 久宝寺くほうじ城主である当主の安井定重(さだしげ)殿は、最近本願寺との関係が険悪なため伝手が欲しかったらしく、主家の命もあって摂津で囲碁の名士を多数輩出していた法華宗と関係が深くなっていたらしい。


 安井定重殿の弟定正(さだまさ)殿が直々に挨拶に来てくれた。


「先日、三好様と施餓鬼せがきを行っていたのも存じております。一向宗は日増しに力を取り戻しており、法華宗の御力が必要なのです。」


 安井定重殿の主が総州そうしゅう畠山の畠山在氏(ありうじ)様。で、総州畠山は木沢長政様の傀儡かいらいだ。木沢長政は本願寺を山科から追い出した張本人。その時に久宝寺の本願寺系の寺社は焼失した。

 その後和議で修復が開始されているが本願寺は木沢長政とその傀儡当主の家臣安井殿を恨んでいる。


 で、木沢長政は対本願寺の味方として、追い出した法華宗と細川管領の家臣復帰を仲介した三好を自分たち側につけるべく種々の交渉を開始。その中で法華宗と仲が良く、三好と関係が良好で囲碁の繋がりがあるうちと結びつきが欲しくなる。そこで家臣の安井殿が幸を養女にして関係を結びたいと言ってきた、と。

 意味わからん!!が、とりあえず幸は法華宗の仲介で安井定重殿の娘となった。


「家の存続という保険も兼ねてですが、うちの末息で成安氏に養子に入った市丸をお付けします。そちらで御仕えさせていただけますか?」

「養子に入った子なのに宜しいので?」

「名前だけでもと断絶しそうな成安の分家を受け継いだだけでして。別に名さえ継いでいれば問題はないかと。」

「そういうことなら。」


 というわけで、秋の収穫と諸々が終わるまでに畠山家臣と北小路というかなり名のある家の娘となった2人を側室とすることに決まったのである。


 ♢


 幸と豊に前世の感覚で銀の指輪でもと思ったが、この時代装飾品を作っている職人というものが殆どいないらしい。なので京の商人にくしを届けてもらい渡すと同時に、印籠を手作りして渡すことにした。

 印籠というか万一のための薬を入れておいたので薬籠か。斎藤の家紋入りなので身分証明にもなるし、わざわざ漆塗りにしたので身につけていて品が失われない。



 自室に2人を呼んで3人だけになり、向かい合って座る。普段は物静かで落ち着いた様子で見える幸の方がこういう時は目線に落ち着きがない。

 逆に明るく一処に留まらず常に動き回っているタイプの豊の方がこちらを見ながら身動きせずに居られる。

 結婚式などは側室だとあげないことも多いが、2人の場合養子で入ったとはいえ元が農家の娘なので式はあげないと父が決めている。なのでこの場が一番大事な儀式である。


「忙しい中すまないな。」

「いえ、大事な用事と伺っていましたので。」

「大丈夫。若様が何より大事。」


 脇に包んであった櫛をまず渡す。京都で種痘をした商人が今後の商売でも贔屓にと言って代金不要で良い品をくれたのだ。


「これは……綺麗ですね。」

「光ってる……高価。」

蒔絵まきえの入った物を頂いたのでね。2人に贈ろうと思ったんだ。」


 感極まって目じりに涙が浮かぶ豊と、無表情気味の普段では考えられないくらい柔らかく笑っている幸を見ると、渡した価値があるというものだ。


「もう話は聞いていると思うけれど、北面の武士や武家の養女になってもらって側室になって欲しい。正室はまだ父上が話をまとめている最中だが、その人と共にこの未熟者を支えてほしい。正式な発表は正室が決まってからになるけれど。」


 というか、正室がそろそろ誰に決まりそうか教えてほしい。上方方面と急にやり取りする文が増えているので主家の縁戚一色の家臣とか半家クラスの公家じゃないかと予想しているんだけれど。


「むしろ、農村の娘でしかなかった私たちが畏れ多いことです。ですが、多くの方に認めていただきました。ならば、」

「命をかけて、御奉公します。」


 整った所作で三つ指をついて頭を下げる2人に、前世で仕事に忙殺されて結婚できなかったことを思い出していた。苦節44年。いきなりお嫁さん2人もらったわけだが、過労死した前世も含めれば神も許して下さるだろう。


「今後とも宜しく頼む。斎藤の……いや、我が妻として。」


 そう言って顔を上げさせ薬籠を渡すと、目を丸くした後に2人は、


「「幾久しく、殿の御傍に。」」


 とても綺麗に揃った声で、そう答えてくれた。


 ♢


 完璧なプロポーズの翌日。


 体の節々の痛みに目が覚めると、豊が既に朝餉あさげの支度で動き回っていた。

 両隣にいたはずの幸もいない。


「殿、皆様体操終わった。」


 幸が音もなく部屋に入ってきて起こしに来た。おかしい。前世での最後から10年分くらいの万感の思いをこめて愛したはずなのに。


「大丈夫。女は強い。」


 小さな力こぶを作ってみせる幸。そこで食事の支度をしていた豊が俺が起きたのに気づいてやってきた。


「お早うございます、殿。御体は大丈夫ですか?」

「お早う。むしろ2人の方こそ平気なのか?」


 前世では痛い痛いと一日中文句言われたこともあるのだが。


「これは幸福の証に御座いますから。」

「痛い。でも意識すると頰が緩む。」


 満面の笑みで言われてはこちらも返しようがない。


「2人とも、愛してる。」


 自然と出た言葉に、我ながら気障かなと思ってしまった。ただ、2人はそれを暖かい表情で受け止めてくれた。

正式に側室になるのは正室の嫁入り後ですが、ケジメをつけたお話になります。

印籠は中国から室町期に入って来たそうで、所属を示せるので良いかなと思いました。


安井(成安)の市丸は史実の幼名がわからなかったのでなんとなくで付けました。

現在満年齢7歳、数え8歳です。安井氏は居城周辺の街並みを碁盤の目状に整えたりしており、

江戸時代の活躍を見ても戦国時代から碁好きな家なのかなと思っています。


北小路家は最初期からずっと張っておいた伏線?です。

北面の武士は江戸期まで残っていた家柄から選んでおります。

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