第5話 マムシの毒は痛みなく回る
♢♢から三人称が入ります。
父左近大夫
そんな長井家
どう考えても殺人事件である。真っ先に犯人として疑われたのは父の左近大夫規秀である。彼が死ねば惣領になれる可能性が一番高いからだ。
しかし、これは父親の喪に服している最中にそんなことをやるか、という武家的な常識から否定された。そもそも乗っとるなら長井長弘の上意討ちをした時に長井の名を継ぐ話はあった。なぜその時しなかったのかとなったらしい。
らしい、なのは廊下でたまたま話していた家臣の話を聞いたからだ。まだ数え7歳なのでわからないだろうと思われたらしい。
喪が明けて出仕した父左近大夫規秀はまず、謀反で討った長井長弘の遺児である弥三郎を元服させて惣領にすべきと土岐左京大夫頼芸様に言ったらしい。更に、土岐次郎政頼と一緒に越前に逃げていた斎藤
♢♢
美濃国 守護所・枝広館
「斎藤
左近大夫規秀が額を板の間につけて左京大夫頼芸に謝る姿を見て、その場にいた人間は誰もがこの一件の犯人を帯刀左衛門尉利茂と考えるようになった。
「いや、それならば仕方あるまい。兄上も幕府と我らが接近していて、いつ名ばかりの守護職を解かれるかと気が気でないのだろう。このような暴挙に出るとは。」
「せめて彦四郎様が生きておられれば、斎藤の
誰かがこう呟いたのに、左京大夫頼芸が反応した。斎藤彦四郎は頼芸方についた数少ない斎藤氏の一族だったが、既にこの世にはいない。
「斎藤を誰かに継がせる、か。ふむ。それがいいかもしれんな。長井が小守護代になれるのも斎藤から養子で来た長弘の父
「では、弥三郎殿に斎藤氏を継がせると?」
左近大夫規秀が言うと、頼芸は首を振って答える。
「いや、斎藤氏を継ぐのはそなただ、新九郎。そなたも形式上は長弘の子だ。問題はない。それに斎藤守護代は代々稲葉山に
「いや、では長井の家を支えるのに私では余所者になってしまいます。」
「では
「確かに弟も長井に姓を変えましたが・・・。」
周囲も含め、困惑が場を支配する。
「今は危急の時であろう。左近大夫以外に
「……
「あとは斎藤の守護代を継がせるためにも幕府から正式に守護に任じられねばなるまい。六角
「であれば、以前から浅井・京極と繋ぎをとっておりますので、三者で和睦できるように
「それは良いな。話の手土産になろう。任せる。」
♢
美濃国 稲葉山城
「まったく、これほどうまくいくとはな。」
「まさか斎藤の、守護代の惣領までいただけるとは思いませんでしたな、兄上。」
そばにいて応えたのは弟の長井
「長井の惣領を反感なく手に入れられれば良いと思っていたが、天はこちらに味方したぞ。」
「てっきり斎藤傍流の
「利匡殿の家は守護代から血筋が離れすぎだからないとは思っていた。しかしまったく、良い時期に死んでくれたな、景弘様は。」
意味深な言葉は天井に吸い込まれ、兄弟以外の耳には届かない。
「では、兄上との手はず通り京極には私が話を。」
「頼むぞ。浅井と六角にはわしから話をする。朝倉は加賀の一向宗と争った傷が癒えておらん。斯波の当主は
「わかっておりますよ。これで美濃の過半は我らの意のまま。であればこそ、ここからは慎重に進めねばなりません。」
「そう。目先の利益だけで動けば逆に損をする。先々まで見ながら利を計算しなければ、な。」