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第47話 本当の「初陣」へ

地名や布陣は途中の地図を参考にしていただければと思います。


1枚にまとめてしまったので少し見づらいかもしれません。

 美濃国 稲葉山城


「父上、何故叔父上ではないのですか?」


 稲葉山に戻った後、父に何故自分が兵を率いることになったか聞いてみた。


「まずはわしがいれば同格の帯刀の立場が難しくなるのが一つ。」

「まぁ、それはわかります。守護代2人ならば片方のいる戦場にもう1人がいては指揮系統がまとまりませんからね。」

「そして大和守家が弾正忠の背後を脅かさないとも言い切れないのが一つ。」

「弾正忠とは同じ織田家なのに仲が悪いんですよね。となると竹ヶ鼻の城主である叔父上は動けない、と。」

「最後に、其方はまだ本当の戦に出ておらぬからだ。」

「………」


 そう。俺は戦国時代に来てから人を殺したことが無い。前世で手術で救えなかった人や、病状を見誤って結果として死なせてしまったことはある。心臓マッサージが間に合わなかったこともある。

 だが、自分から人を傷つけ、殺すのは無意識にも意識的にも避けていた。


「わしの狙いを超えるというなら、日ノ本という大を救うというなら、戦からは逃れられぬぞ。」

「………わかっています。」


 そう。不殺なんて甘いことを言っていたら自分や身近な人を却って危険にさらし、それこそが乱世を長引かせるだろう。

 覚悟を決めないといけない時が来たのだ。


 本当の「初陣」の時が、来た。


「それと、実は其方に朝廷から官位の話が来ていてな。」

「へっ?」

「従六位下の典薬大允てんやくだいじょうだ。半井驢庵(ろあん)殿が前々から其方に官位をと動いていたのだが、先日の蓮糸の布を献上したことで朝廷も功績十分と見たらしい。」

「そ、そうですか……」


 いきなり従六位下っていくらなんでも早すぎないか。


「驢庵殿はそもそも和気の一門、非参議とはいえ従三位だ。しかも尭慧ぎょうえ殿もかなり熱心に其方の尊王の心を説いてくれたそうだぞ。」

「こ、光栄です……。ですが、二郎サマと太守様は大丈夫でしょうか。」


 同年代なのに主君の跡継ぎの官位を上回ったりすれば大問題だ。


「実は其方が謹慎中に二郎サマは従五位下宮内少輔(くないしょうゆう)に任ぜられている。問題はない。それに太守様には既にこの件許可をいただいている。」

「そ、そうですか。」


 ならば歯ぎしり御曹司も暴れることはない、のか?本当に?

 確かに斎藤の名を高めるという自分の考えには即している。朝廷とのパイプも手に入るなら尚更である。


「というわけで、だ。一つ成果が出たのだ。わしとしては戦場でも戦えねば其方が目指すものは手に入らぬと思うのでな。人殺しを経験してくるが良い。」

「……人を殺して、それでも尚自分の意見を貫いて見せろ、と?」

「それくらいできねば日ノ本など救えぬ。わしに向かって吐いた言葉、呑みこませはせぬぞ。」

「……わかりました。『初陣』、務めてまいります。」


 父の満面の笑みは実に憎らしいものだった。


 ♢


 美濃国 篠脇しのわき


 収穫も終わり、冬の足音が少しずつ近づいているのがわかるくらい朝が肌寒い。

 この出兵が終われば必然的に周辺は雪に閉ざされ、攻め取った地は夏頃まで奪われることはまずないだろう。


 土岐八郎頼香様を先頭に、守護代の斎藤帯刀左衛門尉利茂殿、土岐二郎頼栄サマが続き、村山芸重殿と揖斐衆の後に俺が率いる斎藤勢が篠脇に入った。

 後続も入り、東氏と総勢5600で越前へ攻め込むことになる。

 前回同様城主の東常縁とうつねより殿は上機嫌である。


「土岐の皆様が居れば、失った石徹白いとしろ穴間あなまも取り戻したも同然で御座いますな!」

「うむ。このく・な・い・しょ・う・ゆ・う!二郎頼栄に万事任せるが良い!」


 露骨に官位アピールしている二郎サマ。こちらも上機嫌そうなので君子危うきに近寄らず。不機嫌にして国人たちに白い目で見られたくないので帯刀殿の影に入るようにさり気なく移動する。


挿絵(By みてみん)


 城内で早速軍議が開かれた。基本的に進軍路は狭い上、油坂峠を越えると九頭竜川沿いの峡谷・渓谷で軍勢を進めることになるため、両岸に分かれて軍勢を進めることになった。穴間あなま城(池原城とほぼ変わらない規模らしい)と石徹白いとしろ砦(かなり簡素な建物らしい)は川の岸が違う。穴間城は南の岸にあり、渓谷の小高い山の中腹にある。石徹白砦は北部の岸から脇道に逸れたところにあるらしい。


「どちらも城内にはほぼ兵が居りません。多くても100ばかり。なれば南の岸を行く軍勢に穴間を攻めてもらい、その後周辺を警戒するとしましょう。」

「では、石徹白を北岸の部隊で落とした上で、和泉いずみの集落付近で迎え撃つとしたいですな。」

「和泉は数少ないこの辺りでは開けた土地。ここを確保できれば大野郡司の居城だった戌山いぬやま城も脅かせますからな。」


 特に自分は発言しなくても帯刀左衛門尉利茂殿が仔細を決めてくれる。

 どうやらまずは穴間城を二郎サマが落とし、石徹白砦を東氏が担当するようだ。まぁ兵数的には妥当か。和泉で自分は待機することになる。朝倉が一帯を諦めれば戦わずに終わるが……それはそれで人死にが減るので良いとはいえ、そうそう簡単には行かないだろう。


 ♢


 翌日、油坂峠を土岐氏・東氏の5600が越えた。朝倉軍は現状戌山城と周辺の支城の掌握で2500近い兵を展開しつつ、九頭竜川沿いにこちらへ向かう準備をしているらしい。


 山登りばかりの相手より確実に先に着けるようにと未明から出発した軍勢は、正午には穴間城に無事到着した。

 城の守りは100に足らない程度の朝倉兵。ここに二郎サマが休む間もなく一気に仕掛けた。


「皆の者!!敵は小勢だ!!一気に攻め落とせー!!」

「「おーっ!!」」


 二郎サマは自ら先陣に立って城に攻めかかり、半刻(1時間)ほどで城を落としてしまった。猪武者としか言いようのない突撃ぶりだったが、真っ先に敵に向かっていく勇気が戦を早く終わらせたと考えれば悪いことではない。


「そういえば、あの御方の幼名は猪法師丸でしたな。」


 平井宮内卿信正が呟いたのに、小姓共々なるほどと思わざるを得なかった。


 

 ♢


 越前国 和泉・熊野神社周辺


 和泉の集落に着いたのは夕刻に差し掛かる頃だった。既に集落の村人は山中に逃げていた。ここが戦場になるのは過去にもあったそうで、まぁ慣れているのだろう。


「気をつけなさいませ。負ければ村人たちが落ち武者狩りや死体の武具を剥ぎ取りに来ますぞ。」


 そう平井宮内卿信正に教えられた。武装農民か……。刀狩りをしないと農村の血の気の多さも変わらないわけだ。なんとかそこまで頑張りたいところだ。

 比較的開けた場所で柵などの整備を進めていると、斥候として送った足の速い耳役が大慌てで駆け込んで来た。


「敵3500が荒島岳付近まで接近中!」


 荒島岳は戌山から近隣まで来るのに通る最後の峡谷地帯だ。川と道が近すぎて兵を展開できず、蛇行した道のせいで弓も使いにくい上こちらの数の優位が使えないので避けた場所だ。時間が時間なので敵も付近で一夜を明かすことになるだろう。


「其方たちは引き続き準備を整えよ!八郎様や二郎様に連絡!」

「はっ!」


 戦になる。本当の「初陣」だ。



 日が完全に傾き、周辺では煌々(こうこう)と火が焚かれている。陣幕の内部では主だった将が集まり、今後について話し合うことになった。


「現状の兵数は4100。相手は3500ほどか。」

「2人目の報告も、凡そその程度の数と見られると。ただし、峡谷で確認が難しい面もあります。」

「こちらの方が多いならば問題ない。穴間の兵同様蹴散らしてくれる!」


 石徹白砦に向かった東常縁殿の軍勢と、穴間城に残した揖斐勢を除き現状は4100の兵がここに集まっている。

 勇ましい二郎サマは置いておき、敵が誰かを知りたかったので斥候の兵に聞いてみる。


「旗印は如何だった?確認できた者は?」

「はっ。三つ巴の紋を確認出来ております。」

「となると魚住景栄うおずみかげひでか。ひうち城の兵は近年若狭や北近江への援軍をこなしている精鋭の一角。敦賀郡司に鍛えられた精兵です。」

「敦賀郡司……朝倉宗滴あさくらそうてき、か。」


 元朝倉で世話になった帯刀殿の情報はありがたい限りだが、流石の二郎サマも朝倉宗滴の名には息をのんでいる。前世でも名前だけは戦国ゲームで見たことがあったが、実際にこの時代の朝倉最強といえばこの朝倉宗滴だ。

 そんな彼に率いられ何度も戦を経験した部隊となれば容易ではないだろう。


「確認するが、宗滴殿本人の旗印はなかったのだな?」

「はっ。朝倉一族の旗は一つも見当たりませんでした。」

「一族で戌山を固めているのだろうな。ならばまだなんとかなる。」

「あと、熊革の馬印の兵が確認されております。」

「熊革……黒坂景久くろさかかげひさか。」


 事前に聞いた要注意人物の1人だ。以前山中で出会った熊を拳で倒したという剛の者だ。……ツキノワグマを素手で殴り倒すって何だそれ。


「いくら強力でも槍で刺せば人は死ぬ。問題にもならんな!」


 二郎サマは本当こういう時は頼りになる。場の雰囲気を和らげる的な意味で。歯ぎしりさえなければ。


「帯刀、夜襲はできぬか?」

「難しいですな。敵は下山周辺で休んでいますが、森の中は夜の闇が深すぎて方向も見失いかねません。地元の者さえ夜は近づかぬといいますので。」

「正面からでは意味もなし、か。ならば相手から夜襲を受けることを警戒するように。」


 そんな言葉と共に、その日は解散となった。



 翌日、東の空が明るくなった頃には敵が動き始めたと連絡が入った。


 和泉周辺は九頭竜川の北岸しか兵が展開できないが、この北岸が開けた場所のためそこで敵を待ち伏せることとなった。先陣は二郎サマ。傅役の村山芸重殿と1200を展開している。

 熊野神社の後方対岸に八郎頼香様と斎藤帯刀殿の1000が待機。遠藤胤縁の弟遠藤盛数殿が400で対岸の隘路周辺を抑え、俺が熊野神社前に布陣した。

 相手に向かって二郎サマ→斎藤(対岸に遠藤)→八郎様という並びである。


 一方の相手は和泉に姿を現したのが旗を掲げない一部隊のみ。前世に遊びに来た九頭竜のスキー場があった川の対岸に魚住景栄の旗印がわずかに見えた。時刻は前世なら午前8時頃といったところか。準備含めれば明らかな時間外労働だ。


「こちらが有利な戦場に踏み込んでくるとは、如何したものか。しかも相手は今も旗印を見せませぬ。」

「宮内卿、相手も何か仕掛けるつもりではないか。」

「わしもそう思います。先頭の二郎様が少し心配ですな。」


 そんな話をしていると、布陣を終えた敵の旗が一斉に上がった。その印は、


「あれは……土岐の桔梗紋!ということは!!」

「これはまずう御座います。二郎様が突出しかねませぬ!」


 その焦りは一瞬で現実のものになった。ここまで聞こえる大声で、二郎サマが叫んだのだ。


頼純よりずみぃぃぃぃっ!!!」


 土岐次郎頼純の旗印を見た二郎サマは、鏑矢かぶらやも射ずして突出を始めたらしい。乱れた陣列で敵に向かって隊が動き始める。

 村山殿の隊から鏑矢が放たれるが、既に二郎サマは突撃を始めている。


 更に、その村山殿の軍勢の横っ腹に山中から少数の敵が食らいつく。

 掲げた旗は熊革……黒坂景久だ。村山殿を二郎サマと合流させないつもりだ。


「新九郎様、我らも動きますぞ!!このまま二郎サマが孤立しては危険で御座います!!」

「わかった!!全軍前へ!!」


 心を落ち着ける間もなく、俺は軍を動かし始めた。

相手方の動きは次話で。

二郎サマは設定上優秀な侍大将くらいにはなれる人物です。自ら最前線で戦える勇気と実力はあるので。

制御できる上司がいないとまずいわけですが。

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