第46話 一人相撲はよそでやってほしい
毎度のごとく地名は作中の地図を参考にしてください。
美濃国 大桑城
冬目前の評定で、越前の情報が入ってきた。
「朝倉景高が大野郡司を辞めさせられたらしい。」
国人たちも予想していたようで、特に驚きの声は聞こえない。広間には「ついにか」とか「予想より早かったな」なんて声が漏れている。
先日の俺の提案は朝倉に受け容れられなかった。浅井領から国友の鍛冶が多くこちらに移ってきたのと、六角から謝礼の金子が届いたので良しということになった。
失敗はしたが、朝倉も今回の件で徐々に彼らの扱いに困り始めているだろう。土岐との対立の基になる上、将軍家の認めた守護を認めていない形だ。立場が決して良くはならない。しかし頼ってきた人間を今更放逐するのも外聞が悪いだろう。
良い揺さぶりになったといいのだけれど。
さて、越前国境についてである。
「東常慶がこれを機に奪われた穴間・石徹白を取り戻したいので援軍をお願いしたいと書状で送ってきた。国境がかなり緊張状態になっているそうでな。縁戚の遠藤家の者を代理で使者にしてきた。」
「お初にお目にかかります。胤縁と申します。此度は太守様と歴戦の皆様の御助力を賜りたく大桑まで伺いまして御座います。」
遠藤氏は郡上一帯の支配者である東氏の一の重臣だ。何度か東氏の血が入っており家臣でもあり同盟者でもあるという関係といえる。
「遠藤殿、現状は如何なっておるのだ?」
「ははっ。ご説明します。」
彼は簡易な絵地図を広げて説明を始めた。そういえば地図が粗末なものしかないんだこの時代。伊能忠敬まで200年あるし。となると前世の記憶から日本地図と世界地図を作っておくのもアリか。
「現状、朝倉の当主は安居城主の朝倉景隆や燧城主の魚住景栄らに動員をかけ一乗谷に6500を集結させております。この軍勢で大野郡を掌握する予定と思われます。」
「東殿は?」
「近隣の兵をかき集めて現状1600です。朝倉景高殿は戦わずに越前を脱出するようです。」
「殿、わしが入手した話では、景高の嫡男である景鏡が当主の下に降ったとか。」
「では大野郡の混乱は最小限で済むやもしれんな……。」
太守様が唸る。状況は時間が経つほど朝倉に有利になるだろう。
「父上、朝倉なぞ公家のやる和歌や書画に現を抜かす愚か者です!某に任せていただければあっという間に大野郡から追い出してくれましょう!」
「余がしておる和歌と鷹の絵を批判するのか?」
「あ、いえ……」
何も考えずに発言するなよ歯ぎしり御曹司。黙っていてほしい。
「殿、二郎様を総大将とするのは悪くないかと存じます。」
父が二郎サマを総大将に推すという珍事に一部がざわついた。父は言葉にこそしないが二郎サマに含むところアリと周囲からは見られていたからだ。
「左近大夫、何か理由があるのか。」
「はっ。わし含め、国人の大半は未だ二郎様の戦ぶりを見たことがありませぬ。二郎様が真に戦上手なら、土岐の御家も盤石にて歓迎すべき事。なれば此度の援軍を率いていただき、皆にその力をお示しいただければ、と。」
父が言いたいのは「武を鍛えていると言うなら本当か試してみろ」ということだろう。歯ぎしり口だけ番長御曹司から歯ぎしり系武闘派土岐後継者になれるかの正念場というわけだ。
「吠えたな!名門土岐の武勇、皆に確と示してくれよう!」
吠えているのは貴方です。
「新九郎よ!其方も兵を率いて供をせよ!軟弱な稲葉山の兵との違いを見せてやる!」
「えっ………」
聞いてないぞこんな展開。
「如何した!来るのか来ぬのか!」
「い、戦は不得手にて二郎様の足を引っ張るわけにはいかないかと……」
「初陣で城を落としておいて不得手とは随分な物言いよな!」
あれは城を落とした内に入らないよ歯ぎしり御曹司殿。
「落ち着いて下さいませ。率いていく兵の数もまだ決まっておりませぬぞ、二郎様。物事には順序というものが!」
「………っ!」
傅役の村山芸重殿が必死に二郎サマを宥めるが、苛立ちを隠そうともせず歯ぎしりが響く。その不快音に国人たちも一様に眉を顰めている。
「村山が申す通り。余としてはまずどれほど援軍を出すかだ。」
「実は武衛様から依頼が来ております。長島の牽制をしてもらえないか、と。」
太守土岐頼芸様はまず援軍の規模を如何するかを重視している。確かに動員できる数がわからないと大将に必要な格がわからない。
更に斯波の武衛様(というよりその家臣の織田弾正忠)から依頼も来ているらしい。
「弾正忠が三河を攻めるらしいですな。その支援というわけですか。」
「長島との国境にある程度兵をまとめれば問題はなさそうですな。」
「となると森殿と長井殿、多芸のことを考えたら竹腰殿は動けないか。」
「報酬は金銭で相応の額だそうで。我々としても断る理由はありませんな。」
長島方面は今織田が圧倒的に優位だ。先日の荷ノ江陥落で長島は事実上孤立している。一定の兵を出せば彼らは動けなくなる。
「長島のことを考えても4000は動かせるでしょう。」
「それだけ出せれば朝倉の兵が鎮圧に分散する分旧地の奪回は問題なく出来ましょうぞ。」
美濃で土岐が外に出せる兵力は凡そ7000程度である。当然だが守る時なら成人男子を大規模に徴兵してもっと数を揃えられるが、攻め手ではそうもいかない。
「遠山七頭への備えも考えれば妥当ですな。」
「あれは揉め始めるとこちらに必ず火の粉が降りかかります故。」
各地に戦力を残しつつ攻めるならこれくらいらしい。
ちなみに斎藤の家が動員できるのが4500ほど。これは最近の経済面の好転で出せるようになった数字だ。太守様含め国人は銭勘定はしないので気づいていないだろう。
「では、次に4000を誰が率いるかに移ろう。余は相応の格がある者を選びたいが……。」
「………」
さて、問題の援軍の大将である。太守頼芸様はちらちらと自分を見てくる二郎サマを完全に無視するように話しを続ける。無視されたことへの抗議の歯ぎしりが評定の間に響く。国人たちは眉を顰めつつも自分たちの命に関わることだからか、擁護する声は一切出てこない。
「やはり八郎様だろう。」「揖斐様は謹慎が明けたばかりだ。」「鷲巣様は前回の大将だからな、八郎様だろう。」
「………」
国人が口々に賛同するのは土岐八郎頼香様。太守様の弟であり、父左近大夫の長女を正室とする親斎藤の方で、真面目で人を信じすぎると父は言っていた。
八郎様は一門のため歯ぎしり御曹司も文句が言えずにただただ眉間に皺を寄せている。こういう時は歯ぎしりしないのか。不思議だ。
「ふむ。余は別に八郎に任せても良いが、如何だろう。」
「恐れながら、某は一手の大将ならまだしも、全体を率いた経験はありませぬ。」
ここで当人である八郎頼香様から反対意見が出る。正直総大将を土岐一族がやるのは厳しいのが事実だ。あくまでお飾りだが、この八郎頼香様は素直すぎるので額面通り全体指揮をとらないといけないと気負っているようだ。
慌てた斎藤帯刀左衛門尉利茂殿がフォローに入る。
「八郎様、此度の大将は確かに重要ですが、戦の仔細は実戦経験の豊富な者に任せれば良いのです。」
「では左近大夫が適任ではないか。それか帯刀、其方が副将としてついてくれるか?」
この人、これで悪気がないらしいので質が悪い。頼られた帯刀殿もそこまで決められる権限がないため、太守様の顔を窺うことになる。
何より、帯刀殿は反頼芸様で一時期朝倉に世話になっていた人間だ。その下で働くのを嫌がる国人もいる。
ちなみに帯刀殿を嫌っている最先鋒は二郎サマだ。……貴方誰が味方なんですかね?帯刀殿は後ろ盾が太守様しかいないから跡継ぎの貴方を立てようと必死なのですが。
「余は帯刀が真に我らの仲間になった証を立てる意味でも良いと思う。」
「わしも賛成ですな。それに、八郎様で問題アリならば殆ど大将を務められる御方がいないことになってしまいますぞ。」
太守様の意見に父が乗る。2人の意見が噛み合う限り、基本この評定はそれが既定路線になる。総大将は八郎頼香様、副将に帯刀殿で決まりだろう。
「では、微力ながら八郎様の補佐を致します。」
「そういうことなら某が大将として750用意致しましょう。」
八郎頼香様が750、帯刀殿が250をまず出すことになった。帯刀殿は大桑周辺で与えられた領地しかないから守護代とはいえ小身だ。
「あと、すまぬが二郎を連れて行ってくれ。余の兵600を率いさせる。村山、其方も傅役として頼む。」
「では村山勢600を。」
村山芸重殿に加え揖斐殿から二郎サマに兵が300貸し出され、合計2500。残りは誰がと思っていると、父左近大夫が徐に、
「では、新九郎に600を率いて参加させましょう。」
「明智から500を新九郎殿に預けます。」
「では関から400を新九郎殿の下で働かせて頂きます。」
明智光安殿・関綱長殿の計1500が出ることになり、強制的に戦に参加させられることになった。
「ありがたい。これで石徹白攻めは成功も同然に御座いまする。」
やけに響く遠藤殿の笑い声に、御曹司の歯ぎしりが不協和音となって場を最悪のコンサート会場に変えていた。遠藤殿、良く平然と笑っていられますね……。
金土日で一つの話になっていますが、タイトルは毎話変わる予定です。
恐らくこの三連休で書き溜めが切れるので、毎日更新は三連休までとなると思います。