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第44話 露骨な岐阜県推し?

 美濃国 大桑おおが


「そうか。景高は辞めさせられたか。」

「はっ。景高殿は土岐に大野郡を明け渡す故、越前攻めを手伝って欲しいとのこと。」


 冬の足音が冷たい風として濃尾平野に響き始めた頃、朝倉景高が大野郡司を解任された。当主の孝景は周辺の声に抗し切れなかったらしい。父の工作の影響もあっただろう。


「若狭の武田氏や本願寺にも声をかけているようです。」


 その言葉に、場は一気に白けた雰囲気に変わる。


「節操がないな。本願寺にも声をかけたら我らが乗るはずもなかろうに。」

「今や土岐は高田派との協力体制を主としております。本願寺とは決裂していると言っていい。」


 本願寺とは最早絶縁状態といっていいだろう。長島本願寺の影響力は確実に低下している。史実で信長が父左近大夫と会談する予定の聖徳寺しょうとくじ(某戦国ゲームでイベントがあった)が荷ノ上(にのうえ)城陥落後に高田派に改宗している。周辺では高田派への乗り換えドミノが発生しており、その切っ掛け2つを作った土岐、そして斎藤は本願寺限定で仏敵扱いされかねない勢いである。


「景高には我らを頼るなら本願寺は諦めろと伝えておくが良い。」

「御意に御座います。」


 守護代の斎藤帯刀左衛門尉利茂(とししげ)が答えた。父は如何するつもりなのか。深入りしないとは事前に聞いているが。


「太守様、恐らく景高は公家の力を借りるつもりのようです。」

「公家というと室の烏丸からすまか。」

「左様に御座います。室の兄上が従三位権中納言の烏丸光康(みつやす)様に御座いますれば。」

「では左近大夫。京での景高の動きを注視しておけ。奴は金だけは持っておる故な。」

「お任せを。」


 朝廷が武家の揉め事に口を出すとは思えないものの、公家が困窮しているのも事実。何が起こるか、何を起こされるかわからないのは父も一緒なのかもしれない。


 ♢


 美濃国 竹ヶ鼻(たけがはな)


 先日、尭慧ぎょうえ殿は美濃・尾張から三河へと活動範囲を拡大し始めた。


 三河には明眼寺みょうげんじ満性寺まんしょうじという尭慧殿のライバル真智の派閥の中心寺院がある。この地域を崩せれば真智は大きな味方を失うことになるのだ。


 本願寺派から改宗を願い出た寺を中心に活動し始めたと聞いている。目下本証寺(ほんしょうじ)勝鬘寺しょうまんじ上宮寺じょうぐうじが本願寺派で強い。しかし上宮寺は養子で入った本願寺蓮如(れんにょ)の血縁勝祐(しょうゆう)が若くして住持を務めており、隙があるらしい。


「で、今日見せたい物とは何でしょう?」


 そんな忙しい尭慧殿だが、こうして呼べば来てくれるくらい斎藤の、というより俺との仲が良好である。まぁ呼ぶほどの用事はそうそうないというのも影響しているのだけれど。今や美濃は高田派の王国である。


「実はこれを食べて見て頂きたいのです。」

「これは……蓮の根……蓮根の料理ですか。」


 最初に出したのは蓮根を2cmくらいの厚さで切って味噌焼きにしたものだ。


「味噌も少し甘みがあって……食感が軽やかなのにあまり形が崩れません。」

「ほくほくで美味しいのです。実は蓮をこの竹ヶ鼻で栽培し始めまして。」


 竹ヶ鼻城の周辺は前世で羽島蓮根という名産品を作っていた地域だ。そのため叔父隼人佐道利(みちとし)に蓮根を作っているか聞いたところ栽培していなかったのだ。

 浚渫した泥土も使いつつ土の柔らかい地域で栽培を始めてもらったところ、最近になってかなり生産が安定してきたのでこうして寺向けに売れるか試しているわけだ。


「次はこちらです。」

「何ですか、この丸いお料理は。」

「豆腐ハンバーグです。蓮根をツナギにしているのですよ。」

「豆腐半場阿(はんばあ)?よくわかりませんが、お肉などは……」

「大丈夫です。肉は一切使っておりませんので。」


 一般的なハンバーグは卵を使うが、蓮根豆腐バーグは卵も肉も一切入れずに作れる。片栗粉と生姜も使うが、植物油で焼くので御坊様の主食として売り出せる一品だ。

 ちなみに自分で食べる時は当然だが猪などの肉を挽き肉状にして蓮根をツナギにしている。卵は高級品なので滅多に使えないのだ。フライパン的な何かは野鍛冶に頼んで作ってもらった。


「こ、これは!」


 一口食べた尭慧殿が目を見開いた。傍にいた連れの御坊様たちにも食べてもらっているが、彼らも目を見開き声ならぬ声をあげている。毒見した御坊様は無駄に得意気だ。最初に食べられただけで貴方の作った物じゃないんですけれど。


「一口噛んだらカリっという小気味いい音がして、口に入れた分を噛むとしっとりと口のなかに美味しさが広がりますよ。」


 うむうむ。そうでしょうそうでしょう。


「しかも口の中をふんわり包むように味が広がって……素晴らしい美味しさです。」


「いやお見事に御座います。」「これは素晴らしい物です。」なんて他の御坊様にも口々に褒められる。栄養的にも不足しがちなタンパク質がきちんととれるから優れものなんですよ。


「あ、後で作り方を教えて頂けるので!?」

「お、落ち着いてください。きちんとお教えしますので。」

「絶対ですからね!」


 尭慧殿、そこまで美味しかったですか。


「で、用件はこれともう一つありまして。」

「何ですか。蓮根なら栽培出来るようになったら高田派がきっちり買わせて頂きますよ。誓紙が必要なら書きましょう。」


 どんだけ好きになったんだか。ってそうじゃない。全部食べて落ち着いてもらってからにしよう。


「……ふう。お釈迦様もきっとこの味を御存知だったから蓮の葉に鎮座されているのでしょうね。泥の下には真の幸福がある、と。」


 いやいやいや。違うでしょう。


「じ、実はこちらを見て頂きたくて。」

「はて?ごく普通の布でございますよね?」


 渡したのは汗拭きや手洗い後に使うサイズの布だ。ただし、普通の布ではない。


「手触りはとても良いですが……驚くほどのものでは。」

「それが、蓮から作られたとしても、ですか?」

「!!?」


 思わず声にならない呻きをあげる尭慧殿。後ろの御坊様も前のめりになり、片膝をつくほどに身を乗り出す者もいる。


「蓮の茎から糸を作り、それを布に仕立てたものです。まだ多くは作れませぬ故今はその大きさですが。」

「な、なんと。これが幻と謳われた蓮の布……兜率天とそつてん曼荼羅まんだらが帝のもとにあると聞いたことがあります。」


 この布は作り方より材料調達の難しさがある。蓮の栽培は農業としてより観賞用が主で、大規模な栽培は殆ど行われていない。


 自分でさえ3年かけてやっと布でいえばこの大きさだ。1ヤードの布にするのに11000本の茎がいる。蓮の茎は維管束いかんそくが通っているが、これの壁が螺旋らせん状の繊維になっている。

 茎を折って繊維が切れないよう離し、回転させてよじることで糸にするという手間のかかる作業を繰り返すので面倒この上ない。

 しかも作業できるのは蓮を採取した後の半年に限られる。とにかく面倒なのだ。


「尭慧殿は確か今度京に上られるとか。」

「はい。新九郎様の御蔭で高田専修寺(せんしゅうじ)住持職を帝に認めて頂けることになりまして。」


 高田専修寺は下野国にある。高田派の名前の由来であり最も格式高い寺とされている。ここと伊勢の無量寿院むりょうじゅいんを継ぐことが高田派の後継者の証となる。

 美濃・尾張での布教が上手くいっているためか彼は数え13歳にして後継者として幕府・朝廷双方に認められたわけだ。


「その時、こちらも帝にお納め頂きたいのです。」

「こ、このような物を拙僧に預けても良いのですか?」

「良いのです。これを斎藤に命じて作らせた、ということにしてください。」


 そう。これは朝廷で斎藤の名を広めるための布石だ。石鹸と医術である程度は知名度が上がっているはずだが、今後官位をとって歯ぎしり御曹司より優位な立場になるためにはまだ足りない。

 やはり歴代の土岐という名門の名は重いのだ。だからこそ、ここで蓮の糸でできた布という希少価値の高い物を贈ることで強烈な一手を打つのだ。


「わ、わかりました。確かに斎藤の家の尊王の御心、確かにお伝え致しましょう。」


 尭慧殿も帝の覚えが目出度くなり、うちとの関係性は更に深くなるはずだ。うまくいくことを願うばかりである。

蓮の布については『日本書紀』で新羅より達率奈未智が来朝した時に献上したという物です。

時代が下って江戸時代には結構盛んに作られていたそうです。現存する蓮の糸の織物も江戸時代の物が殆どだとか。

岐阜の蓮栽培も江戸末期からですので、戦国期はほぼ遺失した技術という設定で書いております。

戦前までは技術者が日本にもいたそうですが、現在は海外でしか作られていません。


レンコンはNHKの某番組で出たメニューも参考にしております。ジャストタイミングで嬉しかったです。

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