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第43話 つまるところ、危険性を認識できているかどうかが重要なのです

 美濃国 井ノ口郊外


 夏は農閑期でもある。やることはあるが、決して多くはない。なので以前からやろうとしていた、四角い田んぼ作りを領内で始めた。

 塩水選が土岐の家中で広まっているが、米の収量自体を増やそうという話である。稲葉山の改築も終わった人々を金を払って雇い、新規開墾を始めた。


「今年は浮塵子うんかがたくさんいますな。」

「油垂らした田んぼに落としても、数が多くて大変だ。」


 女性陣や一部男衆はウンカを水に落とす作業をしている。昨年から始めたもので、菜種油を絞るようになってからその油で田んぼのウンカ対策をしているわけだ。

 鯨の油を江戸時代は使っていたと無農薬栽培経験者という健蔵さん(79)が以前教えてくれたが、鯨油なんてこの時代では無理なので菜種から絞るようになった油で代用中である。


「そんなに今年はウンカが多いんですか?」

「少し多いくらいですが、出てくるのがいつもより早い上去年もやったのに減らねぇんです。」


 それはそうだ。健蔵さんはウンカは場合によっては中国大陸から来ると言っていた。大陸で大量発生しているのだろう。竹で作ったほうきのような道具で女性陣がウンカを水面に落としているが、一部のウンカは日本ではそもそも冬を越せない。

 この効果はあくまで坪枯つぼがれを防いで今の米を食われないというだけだ。中国では駆除していないのだろうか。


 いわゆる新田開発でできた田んぼは今年成人する村の人間と、後々入り組んでいる田んぼを整地することになる領内の面々に渡すことになっている。こちらとしては収穫が増えて人口が増えれば出来ることは増えるのだ。そちらの方が重要である。検地は新しく成人して一家を立てる農家だけにした。彼らとしても自分の田んぼが手に入るのだから文句は言わないはずだ。


 長良川が作った平地で新田を作るのはそこまで難しくない。道具もあるので1月ほどでそれなりの数の面が作れた。備中鍬びっちゅうぐわは偉大だ。鍛冶を更に国友から招くことになったが、浅井領は悲惨らしく移住者は増えるばかりだ。長島の件もあって、高田派に改宗するという条件も特に揉めることなく受け容れられている。


 他の村でもウンカ退治は行なっている。例年より駆除は進んでいるが、数も若干多いらしい。

 畿内の他の国でもウンカが増えているという。関東では異常気象で日照りと大雨が繰り返して作柄が絶望的らしい。


 うちは米の作柄が安定している。今年は必要分以外は売れば経済的に安定できるだろう。

 そしてその金を使って病院と医者含め育てる学校でも作って名声を上げていこうと考えている。父は相手を下げることを中心に考えているが、自分たちが上がる方が周りの見る目は良いはずだ。


 理想的には国人や同盟相手が斎藤の医者・学校を頼るシステムを構築したい。織田の手助けにもなるだろうし。江戸時代の藩校をこちらで全部用意するイメージだ。思想面でも血なまぐささがとれるのが最終目標か。


 ♢


 秋になり、久しぶりに夕食にきのこの鍋が出た。きのこの栽培なんてこの時代はまずできていないので、全て野生の物を食べている。当然高い。なので食卓に出るのは稀だ。栽培したいがそんな記憶や知識はなかった。キノコ栽培業者の患者がいなかったせいだな。


「ん?これは……」

「殿、それは杉に生えてくるヒラタケです。味がしみておりますよ。」

「至急家中に伝えよ。このキノコは毒だ。」


 毒見役もしている新七に言われるが、すぐに気づいた。これはスギヒラタケだ。これに毒性があるのがわかったのは21世紀になってからだった。食べた後にすぐ症状が出ないのが厄介なのだ。


「し、しかし食べても腹を下したり何も出ないと……」

「こいつは1月も毒が効果を出さずに突然体調が悪化することもある厄介者だ。すぐに父上や母上に知らせよ。あと、其方には後で吐いてもらうからな。」

「は、はい!」


 後で領内に御触れを出さないとな。最悪脳に後遺症が残るから、領内に周知徹底しなければ。

 よくいう毒キノコと普通のキノコの見分け方というのがあるが、裂け方も色も何も役に立たないのが実情だ。結局は経験と勘で見分けるしかないので、山でしょっちゅうキノコ狩りでもしていないと毒があるか否かは見分けられない。


 当然自分にそんな見分ける能力はないが、昔この問題が起きた頃に時事的な医学的問題として調べていた。一度だけ名前と写真などを見ていたのが幸いした。

 蝶姫と福姫が食べたら大惨事だった。食事は父と自分が最初だから、被害者は少ないだろう。



 結局、これが入っていたのは自分の碗だけだったらしい。危ないところだった。最近羽振りが良いからこういう危険とのニアミスも起こるのか。


 ♢


 毒といえば、漢方で使う蜜蝋のためにと早春から養蜂を始めることになった。森のやや深いところに簡単な柵を作り、中に巣箱を並べる。ミツバチに刺される人間が出ないようにそういう形にした。日本の在来種はそこまで危険はないが念には念を、である。


 今回の養蜂箱はいわゆるラングストロス式養蜂箱だ。可動式といわれる巣箱なので、ミツバチを殺さずに蜂蜜や蜜蝋が回収できる。

 巣枠と箱全体を作るのは木地師に頼み、針金は国友から来た鍛冶師に任せた。組み合わせ作業はこちらでやる。巣枠と針金を固定。少しだけ蜜蝋で巣の基礎を作って熱を使って針金を半田付けし放置した。春に作って設置したところ、試作品にはミツバチの巣がきちんとできていた。


 状態の確認や蜂蜜・蜜蝋の採取を行う人間は例の如く売られそうだった人間を雇った。顔を守る面布が作りにくくて難儀したが、裁縫上手な豊にお願いしたら一品物は結構さらっと作ってくれた。

 不織布なども使い金のかかった作業着だったので採取は武士の監視係を付け、秋には採取したいと思っている。


 甘い物は高値になるし、うまく採れる体制を作りたい。蜜蝋も蜂蜜も余すところなく使えるのだ。

 当然だが作業に関わる人間はお給料も相応に弾むことにしている。危険手当がない職場なんてあり得ない。

蝗害は1539年畿内で大規模に発生しております。今回はウンカが原因としています。日本の蝗害は大体が大陸から来るウンカかイナゴのせいです。北海道・関東だとトノサマバッタもあるとか。


スギヒラタケは21世紀になるまで有毒と判明していなかったため、一時期栽培研究まで行われていました。

東北や新潟、岐阜ではこの毒による脳症などの患者が過去に判明しています。

今でも治療法が確立していないので気をつけてください。

実際、キノコ類は素人が手を出すのは危険です。栽培キットで栽培するのは楽しいんですが……。

見分け方も名人と呼ばれる人にコツを聞いても「何度もキノコ見分けて違いに気づけるようになる」

と仰ってましたので、本作ではキノコ類は栽培とかしないと思います。

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