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第40話 兄弟が多すぎるのも考えものではないか

 美濃国 稲葉山城


 平和になると人は生存本能から「産めよ増やせよ」モードになる。

 これは父左近大夫利政も例外ではなかった。帰蝶こと蝶姫含め5人も産まれた。

 うち正室の小見の方が蝶姫(1535生)・福姫(1536生)・勘九郎(1537生)と3人。

 母の深芳野ですら喜平次きへいじが三男坊として産まれている。


 そう。待望の嫡男勘九郎の誕生である。

 明智光安殿はやはりかなり喜んでいた。その一方で父は光安殿にきっぱりと、


「この子は西村の家督を継がせます。」


 と明言していた。光安殿は苦笑して「元々西村の家に嫁いだと姉も申しておりますので。」と返していた。明智殿の懐の深さを感じた。


 ♢


 蝶姫と福姫と絵本を読んで過ごしていたある日。


「あにうえ、わたしはおもうのです。」

「どうした蝶。」


 知性的な色が強くなった蝶姫は言葉もかなりはっきりしてきている。文法がある程度守られた会話ができるあたり、この子はやはり頭がいいのだろう。


「あにうえのえほんはおもしろいのです。おもちゃもたのしいのです。」

「おーしおい!えおんおーしおい!」

「だからもっとみなにしってもあいたいのです。」

「おおちゃたおしい!おおちゃ!」


 絵本だけでは教育上偏ると判断したので、積み木のセットと楽器を作ってプレゼントしていた。楽器は木製のカスタネットとマラカスだ。子供は音や色、触感などの五感での刺激を与えるほど成長する。


 福姫が膝の上から降りて乳母の1人のもとに向かう。話で思い出したのか、前回プレゼントしたマラカスをおねだりしている。


「ふむ。しかしこれを売っても買う者がどれだけいるか……。」

「えほん、おもしろいのに……。」


 ちょっとしょんぼりした我が愛妹に、なんとか普及させる方法はないかと考え始める。すると、毎度の如く同じ部屋にいた小見の方から声がかかった。


「新九郎殿、まずは弟たちの分を作ってはいただけませぬか?」

「勘九郎や喜平次たちに、ですか。」

「ええ。後は家臣にややこが産まれた時に、新九郎殿からの贈り物として作った物を渡すというのは如何でしょう?」

「なるほど。それは良いですね。」


 母の深芳野はおっとりしている感じだが、小見の方は落ち着きのある人だ。こういう時にしてくれるアドバイスにはかなり助けられている。


「では、進物用も兼ねてやってみます。」

「えほん、みなもよめるか?」

「読めるようにするよ。」

「うむ、さすがあにさまじゃ。」

「さすがあーしゃまじゃ。」


 マラカスを諦めた福姫がこちらに戻ってきた。さて、数を作る方法を考えながら絵本を再開しよう。


 ♢


「というわけで、絵本を増やさないといけないから大変なんだよ。」

「そうなのですか。若様は本当に御忙しいですね。」


 ようやっと以前と同じように話せるようになった豊と、午後の休憩で耳かきをしてもらいながら話をしていた。今も漢籍や和歌で合格がもらえず勉強は続いている。センスないんだからそろそろ放っておいてほしい。平井宮内卿信正殿は諦めてくれたぞ。


「もう少し仕事が減ってほしいのだが。」

「それだけ御殿様に期待されているのですよ。」

「違うね、あのマムシは使いやすい手駒がいるから使い潰そうとしているだけだ。」


 前世の最後に世話になっていた医局長がそうだった。人手不足な医局内部を回すために精神的にタフな人間を見抜いて限界まで酷使するのが上手かった。そのため地方病院へ行った後輩は転職直後に長年の疲労から体調を崩してその病院では働けずに医者を辞めた。恐らく所属したままで問題を起こしたのは俺が最初だろう。あの死であの悪魔が滅びていればいいのだが。増員しろよと何度思ったことか。


「マムシなんて怖い言い方ですよ。……反対側、やりますね。」

「ん。あれを毒蝮と言わずして何といえば良いか。腹の中で何考えているかわからんからな。」


 耳かきはやりすぎると中耳に悪影響が出ることもあるが、定期的なメンテナンスは大事だ。竹とわずかに今年とれた綿で作った耳かき棒は父も叔父も愛用している。彼らは女性のもとを訪ねる時に持って行くそうだ。くそ、悔しくないぞ。豊と幸がやってくれるもんね!


 ♢


 美濃国 土岐郡・瑞浪


 年末、いつもの如く狐の湯におもむいて年に一度の温泉三昧をしていると、地元に帰郷していた明智彦太郎こと光秀(予定)がやってきた。せっかく小雪が積もったので蝶姫のために作ったソリの感想を聞きに行こうと思っていたのに。


「新九郎様、この度元服の許可を叔父光安より頂いてまいりました。」

「ほう、それはめでたいな。」


 じゃあそのうち何か贈らないとな。見繕っておくからもう蝶姫のところ行っていいかな?


「それで、新九郎様に是非名付けを頂ければ、と。」

「名前か?光安殿や太守様、父上の方が良くないか?」

「叔父上からは『光』を使うよう説得されました。もう某は新九郎様の家臣となろうと決めた故明智の家は継ぐ気は御座いません。ですがそう話したらせめて通字だけは名乗れ、と。」

「ふむ。」

「新九郎様の直臣となれば太守様に名をいただくのは畏れ多いことです。御殿様には以前相談した時、新九郎様に名を貰えと言われました。」


 マムシめ、面倒な仕事を押しつけおってからに!


「ん。では偏諱へんきはできぬ故、『秀』の字で光秀は如何だ?」

「光秀……に御座いますか。」

「そなたはまこと優秀だからな。武芸では何一つ敵わぬ。故にその字をと思った。光は大事にしてほしいから先につけると良い。私も太守様に守護代家の慣例を重視するために芸を後ろにつけて頂いた。」

「過分な御言葉でございます。新九郎様は人の命を救い、人々を富み栄えさせることのできる御方。某ではとてもできませぬ。」

「いや、できる。それも絶対にできる。」


 あの明智光秀だ。万能と言われた岐阜県の英雄だ。三日天下と言われるが優秀だったのは間違いないのだ。


「できますか。」

「できる。」

「ならば、やってみようと思います。今後も宜しくお願い申し上げます。」


 強い決意のこもった視線を浴びながら、仕事を任せられる部下ができたことを俺は喜ぶのだった。仕事量が減れば休む時間もとれるからね。仕方ないね。


 ちなみに、プリンセス蝶姫のソリは大成功だった。はしゃぐ彼女と同じ物を欲しがる福姫に、兄弟姉妹がまだまだ増えることを思うと憂鬱ゆううつになった。もしかして全員に色々な物をねだられたりしないだろうな……。

全力で妹に構っていくスタイル。とはいえ弟たちも玩具がもらえる予定。

マムシはこのままだと次男以降に跡を継がせたいとは言いださないでしょうか。


光秀は無事光秀になれました。とはいえ史実と違って斎藤の家臣になる流れです。

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