第37話 執着にも良いものと悪いものがある
御蔭様でポイントが1万を超えました。皆様に読んでいただけていること、1人1人の方にブックマークや評価をしていただけたことに感謝しつつ、完結まで頑張りたいと思います。
今後も拙作を宜しくお願いします。
美濃国 稲葉山城
幸や豊、新七と話す時は色々な柵もなく気が楽だが、今心が一番安らぐのは蝶姫と呼ばれている彼女―濃姫と妹の福姫に会う時である。
「おーっ、しんくおうあにうえ。あそびにきたのか?」
「ええ。姫に会いに来たんですよ。」
「そうか。ちこうちこう。」
覚えたての言葉を使いつつもまだまだぎこちなさもある言葉づかいに癒されつつ、彼女の傍に行くと両手を広げて抱っこをせがまれた。
紅葉も盛りである。自分は数えで今12歳だが、4歳の蝶姫には時間が合えば会うようにしている。最初は仲良くなっていざという時信長に口添えしてもらうためとか打算もあったものの、最近はそのあたり関係なく可愛い妹と遊んでいる。
身長が5尺3寸(約159㎝)まで伸びたので一部の大人を抜かしつつあるが、流石に満年齢3歳まで育つとちょっと重い。
と、頑張って抱っこしつつ遊んでいると、襖が開いて蝶姫より一回り小さい娘が不安定な歩き方で入ってきた。蝶姫の1つ下の福姫だ。
「あー、ねぇねぇずういーっ!にぃにぃとあそんでうー!」
まだ言葉がたどたどしい福姫。満年齢なら2歳だ。むしろ話すことができている方だ。2人ともかしこい。将来が楽しみだ。
「福、新九郎様は逃げませんよ。」
「御方様、いつもお世話になっております。」
「いえいえ、こちらこそ、蝶と福の面倒を見ていただいてありがとうございます。」
福姫の後に入ってきたのは父の正室小見の方。福姫が自力で立てるようになってからは、遊んでいると同じ部屋で2人の様子を乳母たちと眺めていることが増えた。
幼児の頃の記憶まで思い出せるチートの力で彼女たちのために作った絵本を読み聞かせたり、知育玩具として積み木を作って一緒に遊んだりするのが最近のトレンドだ。特に読み聞かせは日本の昔話を中心にしているが、『かぐや姫』や『一寸法師』あたりがお気に入りである。謹慎中はこういう物を作る余裕があってある意味楽しかった。
「わたし、かぐやひめみたいな、きえいなおひめさまになうわ。」
「ふくもー。ふくもおひえさー、なうー。」
「2人ならきっとなれるよ。」
例え母が違うとしても、これだけ懐いてくれて可愛いのだから妹である。できれば嫁に出したくないが、それでは本末転倒としか言えない。いつか巣立つ日まで……せめてその日まで一緒に仲良く暮らそうな。
あれ?これ妹がブラコン化する前に自分がシスコン化しているのでは?
♢
美濃国 大桑城
久しぶりの登城だったため、国人でも仲の良い方々に「背が伸びたな」とか「そろそろ嫁の話は決まったか?」などと声をかけられつつ評定の間に向かう。父左近大夫利政はいつも評定の間にいの一番に行くので、退屈にならないよう自分はちょっと後に行くようにしている。席次的にもあまり早くいきすぎると後から来る人の座り方次第で後ろにずれないといけないので早すぎるのも面倒なのだ。
部屋に入る直前、視線を感じた。ふと振り向くと中庭越しに人と目が合った。歯ぎしり御曹司こと二郎頼栄サマだ。軽く頭を下げると、顎を反って無理やり上から見下ろそうとしているのが見えた。しかし身長で言うと4寸(12cm)くらいこちらの方が高い。二郎サマの方が歳は3つ上らしいので……強く生きろよ、と思いながら部屋に入った。
評定が始まると、浅井との戦に終わりが近づいていると知らされた。上平寺城は沈黙し、小谷城周辺に六角軍が展開した状態で朝倉と公方様の間で和議について話し合いが進んでいるそうだ。
「六角からは援軍に対する感謝の書状が届いておる。何がしか礼をしたいと言っていたので、皆の意見を今度聞こうと思う。」
「父上!某の所領を近江にもらいましょう!」
相変わらず自分が得することしか考えない二郎サマに、近くに座る森殿や傅役の村山殿は頭を抱えている。
「二郎、今回の戦で所領はありえぬ。そもそも浅井の領地も六角はほぼそのままにするつもりだ。」
「何故です!戦で負ければ領地を失うは乱世の必定!某の活躍で浅井も臆病風に吹かれ城に籠っていたではありませんか!」
それは君にビビったのではなく六角と土岐の連合軍に不利だと考えていただけです。
「浅井亮政と京極高慶がほどほどに反目するのが理想なのだ。既に小谷周辺の刈田は終わった。今年の浅井はまともな収穫を得られぬ。それで十分なのだ。」
「どうしてもと仰るなら、二郎様直々に六角様に訴えてみては?わしはお勧めしませぬが。」
「左近大夫……!」
眉間に深く皺をよせながら歯ぎしりするという無駄に器用な反応を見せる歯ぎしり御曹司こと二郎サマ。
しかし父左近大夫の挑発に安易に乗りすぎである。戦場でも同じように浅慮では従う気にならないだろう。国人たちも同様に不安気だったり呆れ顔だったりして何とも言えない空気になってしまった。
ここで対立が深まれば父の思う壺だろう。二郎サマと国人が争って国人に味方するも良し、二郎サマの癇癪を理由に廃嫡するも良しである。少し流れを変えよう。
「恐れながら、御提案したきことが。」
「ほう、新九郎か。謹慎明けで良き知恵が出たか。」
太守様、それは今言わなくて良かったと思いますが。
「はっ。今回の浅井との一件を用いて朝倉の庇護下にいる恵胤様と御子息頼純様の継承権放棄、または朝倉・浅井が太守様の血筋を正統と認めることを条件にしてみては如何でしょうか?」
提案に国人からは「ほう」とか「ふむ、良いかもしれん」といった声が漏れた。しかし、分かっていない人が約1名。
「何故それがこちらの利になるのだ?美濃は既に我らのものぞ。」
肝心な歯ぎしり御曹司が理解していない。国人からは再びの溜息。慌ててもう1人の守護代斎藤帯刀左衛門尉利茂がフォローする。
「二郎様、恵胤様が太守様を認めるということは、こちらが正統であり二郎様も正統であると認めさせることに繋がるのですぞ。これを相手が飲めば、二郎様が御自らの正統性を己が武で勝ち取ったということになりましょう。」
「そ、そうか。……いや、父上。某もわかってはおりましたぞ。皆に教えるために敢えて問うたのです。」
「………」
下手な言い訳だ。流石の父左近大夫も天を仰いでいる。
しかし、この提案は表面上だと土岐宗家を固めて朝倉の美濃攻めの大義を奪いつつ土岐の体制を盤石化するものだが、実際は土岐の跡継ぎを二郎サマに絞る狙いがある。土岐の跡継ぎは現状彼しかいない。ただし、先だって太守様が娶った六角の正室様は若いので子供が生まれる可能性は高いだろう。
朝倉が正統性を認めれば公方様も美濃太守をこちらに限定する。二郎サマが不適格として廃嫡になったとしても六角の跡継ぎがいれば不満は出ないはずだ。幼少の跡継ぎなら今まで以上に斎藤の家が主導で家中をまとめられる。後ろ盾がない二郎サマはその時点で脅威にはならなくなるだろう。
後ろ盾といえば、二郎サマは婚姻相手の選定でも苦労している。稲葉良通殿の娘というのが最有力だが、稲葉良通殿の姉が俺の母深芳野なので二郎サマが難色を示しているらしい。本人は公家か将軍家の猶子を望んでいるらしいが、稲葉殿の娘は側室の加納氏の娘だ。稲葉殿自身は権中納言三条西実枝様の娘を正室に迎えている。三条西家の養女にしてから婚姻という話も出ているが、結婚相手の格に拘りすぎても良いことはないだろう。
そして主君の子である二郎サマの結婚が決まらないとこっちも縁談は来ない。年下で家臣の俺が先に縁談をまとまるわけにはいかないのだ。父の先日の浅井の件だって「縁談を進めている」だけで確定はさせていなかったのもそういう事情があるのだ。
早くお嫁さんが欲しい。前世は忙しくて恋愛どころではなかったのだ。新七も俺が結婚できないと幼馴染と結婚できない立場だし。別に可哀想とは思わないが。おのれリア充。
「では、ひとまず新九郎の提案も朝倉にできるか六角殿に書状を出しておこう。」
太守様の言葉に全員が頷いた。戦の火種、一つ潰せればいいのだけれど。