前へ次へ
29/368

第29話 現代の常識と戦国の常識は別物ということ

季節柄少し歴史の本筋から離れ気味の仕込みが続きましたが、雪が解けて色々動き始めます。

 美濃国 稲葉山城


 夏になった。管領細川晴元と六角の娘との婚姻は無事に終わったらしい。土岐家からも名代として太守頼芸様の弟八郎頼香(よりたか)殿が参加し祝辞を述べている。尾張守護の斯波義統も名代に織田達勝を派遣したらしい。このままうまいこと周辺が安定してくれると美濃の人々の生活が安定して、結果的に戦が減れば死ぬ確率も疫病えきびょうなどにかかる確率も減って嬉しいんだけれど。



 今年は周辺の村々より領地の米の生育が順調だ。塩水選で重みのある種籾たねもみから獲れた米を残した成果か。有意性が確立したら父に報告するよう命じられている。

 米の獲れる量はそのまま養える人口だ。頑張らねば人口は増えないし国力は上がらないから医療水準も上がらない。


 肥料が欲しい。でもハーバー・ボッシュ法とかどう考えても無理だ。300気圧とか今の製鉄技術で手が出るわけがない。そして製鉄・合金に関する知識も記憶もない。現実的には浚渫しゅんせつで出た土と都市部の周辺で使いきれない糞尿ふんにょうを運ぶシステムを作るしかないな。


 年貢の徴収方法について乙名おとなの弥兵衛に教えてもらった。ますの大きさが年貢徴収と労役支払用で違うらしい。年貢用の方が大きいとか単位が変わるのは理系的に許せないので統一させることにした。少し損する?計算が合わないことの方が問題だと思わないか?そんなこと常識だろうに。


「まぁ、わしら村の人間は得しますので文句は御座いませんが。」

「計量は正確でないといかん。不正はお互いにとって良くないからな。」


 ♢


 最近は簡単な読み書きを新七に仕込んでいる。書状を読むのが面倒な時に新七に読み上げさせるためだ。それに何かあっても読み書きができれば職に困ることもない。


「そういえば、隣村の利兵衛りへえさんが病で年貢が払えそうにないらしいです。」

「新七、その人は重い病なのか?」

「いえ、病は治ったそうですが、田植えの一番忙しい時期に病で臥せっていたそうで。」

「満足に収穫できそうにないのか。」

「年貢を払えば種籾が残るかわからないそうです。殿、なんとかできませぬか。」


 聞けば利兵衛は新七の母親の兄弟の嫁の親戚で、隣村へ婿入りした人らしい。

 血の繋がりないだろうと突っ込みたくなったが、このご時世そういう縁も大事にしないと生きていけないわけで。


「ふむ、私の使える小遣いではあと1人が限界だ。仕事を手伝える手先の器用な者が家族にいれば仕事をやると伝えておけ。」

「ありがとうございます!器量良しの女子おなごがいたはずですので。」


 違う、そうじゃない。


 なんとか理解させて小間使いに男子1人を雇った。手先が器用というより絵がうまかったので、マイシスター蝶姫に正月にプレゼントしようと思っている絵本の絵をやらせることにした。自分より柔らかい絵で絵本にぴったりである。絵本の内容すら覚えているこのチート、実はかなりすごいのではないかと思いだしている。有効利用しなければならない。


 ♢


 美濃国 井ノ口郊外


 綿花の種が美濃と三河の国境付近で手に入ったので領地の村で栽培しようとしたら、乙名にそこまで余裕がないと遠回しに言われてしまった。特に収穫の時期が秋の米収穫と近く、忙しい時期とどうしても重なる。力仕事ではないが人手が必要らしい。


「親戚で育てていた者が居りましたが、年貢米にかかりきりで結局上手くいかなかったそうです。せめて脱穀だっこくの頃に人手が多ければ少量なら作れるのですが。」


 脱穀の頃か。脱穀は家族総出に後家さんも雇わないといけないから厳しいか。ん?脱穀?


「千歯こき作ればいけるか?」

「はて?船場?」

「ああすまん、こちらの話だ。」

「はぁ。」


 というわけで夏の間は千歯こきを試作してみた。小学校にあったのはどうにもサイズ感覚が曖昧だった関係で歯と歯の間の幅がわからなかったので、とりあえず3パターンほど用意して秋に使ってもらうことにした。

 これが使えないと綿花栽培はできないので今年綿花はお預けだ。漢方園で少量育てて来年にはきちんと栽培したい。


 ♢


 美濃国 稲葉山城


 収穫が始まった秋のある日、大桑おおがの屋敷に出仕して帰ってくると、主だった家臣が既に評定の間に集まっていた。人の口に戸は立てられないことがよくわかる。


京極高清きょうごくたかきよ様が倒れた。」

「やはり、噂は真でありましたか。」


 平井宮内卿信正が皆を代表して応える。そう、京極高清が倒れた。浅井と六角の和議における鍵となっていた近江半国守護だ。数えで70歳らしい。平均寿命から考えればいつ死んでもおかしくない年齢だったとはいえ、近江に束の間の平穏をもたらしていたのは間違いなく彼である。


 上平寺じょうへいじ城に移って半国守護も息子の高明たかあきに譲っていたが、秋前に体調を崩して倒れたそうだ。今は容態が安定してきたらしいが、本当のところはわからない。


「で、だ。次男の京極高慶(たかよし)様が六角の下に逃げた。」

「なるほど。自分が邪魔な浅井亮政から逃げたのですな。」

「既に京極の跡継ぎは嫡男の高明様でほぼ決まり。旗印が割れて攻められる口実になる高慶様を生かしておく理由はない。」


 叔父隼人佐道利が補足してくれたが、京極高慶は元々浅井亮政と手を組んで京極や六角と戦っていた京極高清の子供だ。親兄弟で争ったわけだが、結局は浅井亮政の傀儡かいらいが嫌になって追い出されている。和議で領地に戻ったものの、今回の件で命の危険を感じたらしい。


「六角の定頼様は手元にいるのも要らぬ誤解を与えると考えひとまず公方様の下に送ったらしい。だが浅井亮政の動きが不穏でな。」

「戦になりましょうか。土岐にも出兵の要請があるやもしれませんな。」

「まぁ、あっても不破の関周辺に部隊を置くくらいであろうがな。」


 とりあえず京極高清が生きている間に武力衝突はないだろうけれど、いつ死んでもおかしくないので六角との連携を密にしようという形で大桑での評定は終わった。その方針を改めて家中にも伝えて今日は終わったが、畿内の情勢は何故安定しないのか。安定しないから戦国時代なのかもしれない。ちなみに戦国の申し子たる太守頼芸様嫡男の猪法師丸様は初陣だ初陣だ浅井を倒すと騒いでいた。血の気が多いのは結構だけれどまだ援軍の要請も何もないってわかっているのか。わかって言っているとしたら厄介この上ない。


 美濃の平穏もいつまで続くかわからない。何せ父左近大夫は、いつかはわからないが太守様を追放して美濃の国主になるのだから。絶対にその日は来るのだ。父の行動には十分注意しなければならない。

千歯こきは入れるだけではダメというのは数多の作者様がご指摘されている通りですので

綿花の収穫と稲作の時期被りから後家さんも仕事がなくならないようにする方向で試験導入開始です。


度量衡が領内ですら統一されていないのを主人公が許容できるわけがないと思ったのでこんなエピソードを入れました。浅井と斎藤は結構関係性が深い間柄です。

前へ次へ目次