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第27話 セクハラという概念はないが、女性は恥じらいを持ってほしいと思う

少し出かけるため予告より早くなって申し訳ありません。本日2話目です。歴史物はヒロイン成分薄いのでこういう話もあってしかるべきだと思うんですよ。

 美濃国 土岐郡・瑞浪


 冬になるとお湯を沸かすのも苦労するので、風呂には入れなくなる。風呂と言ってもこの時代の風呂はあくまでサウナに近い湯気を浴びるものだが。

 しかし、それすら年に数度しか入れない上湯船に浸かれないのが苦痛になってきたので、冬は温泉に行くようになった。


 前世でよく行っていた温泉はこの時代はまだ温泉が発見されていなかった。なんとなくの地名から探した分3か月以上かかって見つけたのが去年の秋頃のこと。目印にしたかったお寺がまだ創建していなかったのは誤算だったが、なんとか見つかった。


 源泉温度は約25度と一度来た時聞いていたので、後々温度計作りに使おうと思っているが、温泉としてはぬるすぎるので来る時は少しだけ沸かしてもらっている。

 今回は母の深芳野みよしのと来たが、流石に元服しているため一緒には入らず。母の世話は侍女たちに任せ、小姓達と一緒に入った。衆道に興味はないので、裸の付き合いはここだけだ。新七に色々準備をしてもらって体も石鹸で洗い、上流の浚渫しゅんせつでとれた大きめの石を敷き詰めて作った露天風呂に肩まで浸かる。


「ふーっ。」


 温泉はいい。劣悪な職場環境を忘れさせてくれる。


「新九郎様はまだまだ背が伸びておられますね。」

「彦太郎もまだ伸びているだろう。」

「某はそこまで背が大きくなるとは思えませぬ。」


 そばに来たのは未来の明智光秀こと彦太郎。谷小太郎はまだ体を洗っている最中だ。奥田七郎五郎利直は体が大きすぎて入ると湯があふれるので全員が出た後で入ると言って警固をしてくれている。一度何も考えずに皆で入って酷いことになった。本人も恐縮してしまうので仕方ない。


 そう、身長は順調に伸びている。数え11歳、実年齢もうすぐ10歳ながら5尺(150㎝)に達しそうだ。大人の一般的な身長は5尺2寸(156㎝)前後。なのでもう評定の場でこちらを子ども扱いしてくる相手はいなくなりつつある。

 こちらとしてはもっと子ども扱いしてくれてもいいのにと思うが。史実ではどこまで伸びたのか。目立つ大将は一長一短だから鉄砲で狙われない程度がいいのだけれど。


「新九郎様、失礼いたします。」

「小太郎、湯船は狭いのだから近くに寄るのは仕方ないだろう。足を曲げるからこっちに来い。」

「も、申し訳ありません。では御傍に。」


 俺に遠慮して他の小姓と背中合わせで入ろうとするな。デキてるのか?


「そういえば、新九郎様の医術と共にこの湯のことも隣国まで伝わっているそうですよ。」

「ほう。何と伝わっているのだ。」

「なんでも神狐しんこの湯と。浸かれば万病が治ると言われているそうで。」

「某も聞きました。骨が折れた者もたちまち治る神秘の湯と。」

「狐の話は夢で見た故仕方ないが、骨折には効かぬ。どこの誰が言い出したやら。」


 温泉に伝わる元の伝説通り、狐が夢枕に立って教えてくれたことにしてある。


「真にお湯に浸かれば治るなら毎日でも来たいですな。遠藤七頭のいずれかと話し合う用事か冬の湯治がなければなかなか来られない場所でさえなければ。」


 そう、難点はその遠さ。稲葉山からは東に向かって一週間かかる。川伝いなので疲れることはあまりないが、関のあたりでは歩くし山道もそれなりにある。

 もう1つ美濃にある鬼岩温泉でも妻木殿の窯に用事がある時でもないと行けない。そのため冬場や秋口など、湯を沸かすのが大変な時期の湯治としてしか結局来れない。有名な下呂温泉あたりは飛騨国で、支配している三木氏と土岐は仲がいいもののさすがに遠すぎる。

 やはり褐炭かったんをもっと利用して稲葉山の屋敷でも日常的に湯船に浸かれるようにしたい。風呂は心のオアシスだ。水路でも作るべきか。


 ♢


 酢を使って作ったリンスを幸と豊に夕方試してもらっている。うまくいけば蝶姫や母の深芳野、そして小見の方などにも試してもらう予定だ。最初の試作品は先日発覚した新七の幼馴染にお願いした。試作品は大成功で、髪艶かみつやがよくなったと彼女は近隣の村々からも多数お見合いを申し込まれたらしい。しかし新七のため全部断ったらしい。新七が泣いて報告してきてイライラした。くそ、バカップルめ。末永く爆発しろ。


 イライラを鎮めるために1人で風呂に入りに来た。警固の侍はいるが、日が落ちつつあるもののまだギリギリ暗くはなっていない。風呂を満喫したら幸と豊に具合を聞きに行こう、などとお湯でふやけた思考の中考えていると、


「お隣、失礼します。」


 女性の声にぼやけた思考で反射的に顔を上げると、そこには一糸まとわぬ幸がいた。

 急速に思考が戻る。


「さ、幸!」

「いつも、お背中流せないから。」


 基本的に体を洗うのも乳母任せか自分でやっているので、小姓にも新七にもあまり触らせていない。背中を流す時くらいなので、当然幸も豊も一緒に入ったことはない。出会った当初に2人はやりたがったが、自分で洗うのが好きだと言って1回だけ背中を洗ってもらっただけだ。


「み、未婚の女性が肌を晒してはいけないと教わらなかったか?」

「大丈夫。豊に遅れたけれど、許可をいただいた。」


 北小路に行っていた乳母の許可がないと基本的に女性が俺の側につくことはない。豊は早いうちに「合格」をもらったが、幸は囲碁以外ではあまり日々表に出てこなかった。

 言葉足らずなところなど、乳母が修行で直させていたからだ。


「見て。豊より柔らかいから。」

「そういう話ではない!」


 シュンとされても困る。できる限り見ないようにしているが、相手は裸なのだ。頬を自分でツンツンしながら柔らかさアピールなんてしなくていい。

 ちなみにこの時代、痩せているより多少ふっくらしている方が美人とされる。せているのは食べられない証拠とみられるからだ。なので幸も顔も栄養が行き届くようになったよとアピールしてきたわけ。


「では、若様はどんな女子おなごがお好き?」

「い、いや、だから今はそういう話では……。」


 いくら自分も相手も数えで10歳とはいえ、裸は裸だ。救急で来た女の子相手に治療の一時裸を見たのとはわけが違う。ほんのり上気していくしっとりした肌は、肉体年齢に引っ張られたのか随分蠱惑的(こわくてき)に見えた。まずい、のぼせそう。

 じっと見ながらこちらに少しずつにじり寄る幸に、湯船の端まで追い詰められた。逃げたいが出入口側は幸にふさがれている。まずい、はかられたか。


「大丈夫。どんな好みでもいつかそれになるから。」

「いやいや。」

「ううん、なるよ。若様のために全部やるって決めたから。」


 決意のこもった瞳に、この娘は年齢なりに自分を好きでいてくれるんだろうと感じた。しかしそのセリフ、裸で正面に立って言わないでほしい。恥ずかしくてとにかくまともに正対できない。


「と、とにかくそういう話はもっと後だ!1人でゆっくり浸かりたいから今は出てくれ」

「若様がそう仰るなら」


 意外にもあっさりと彼女は退いてくれた。背中を向けて湯船を出る時、彼女は一言こちらに言葉を投げかけた。


「もっと成長した方が若様は好み。わかった」


 わからんでもよろしい。



 遠ざかる彼女の背で、輝く黒髪を見ながら、リンスはうまくいったな、なんて思っていた。後でこれだけはきちんと褒めてあげないといけない。気恥ずかしいけれど。

作中の温泉は岐阜県瑞浪市の白狐温泉という場所です。

由緒では江戸時代にケガをした白狐がここで傷を癒したという場所で、土岐川沿いで現在も親しまれています。

前世記憶での近くのお寺は天猷寺で、1616年に旗本によって創建されたお寺なのでこの時代ないということになります。そこまで詳しく知らなかったため苦労しています。

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