第25話 もう少し穏やかな日常を過ごさせて欲しい
活動報告にも書きましたが、日曜日は話数調整もあって2話投稿の可能性があります。
詳細は日曜0時台の更新までに決めてお伝えします。
美濃国 稲葉山城
春が近づいている。今年も塩水選は順調らしい。昨年は塩水選で重みのある種籾をまとめて田植えをし、できた米を今年の種籾にさせた。やはり塩水に浮いた種籾からより沈んだ種籾の方が稲穂が重みを持っていたので、今年は期待できるはずだ。
そんな連絡が入った頃、父の下に耳役から各地の情報が届いたらしく、叔父と平井宮内卿信正が呼ばれていた。耳役は情報収集専門の忍者みたいなもので、平井殿は京から戦乱を避け美濃に逃げて来た客将だ。軍学や和歌・蹴鞠にも詳しいので、傅役と同じように色々と教えてもらっている。最近は重要な話し合いだと専らこの4人でするようになっている。ちなみに、和歌については匙を投げられた。解せぬ。
「しかし、甲駿同盟か。今川も自領の安定化のために必死だな。」
「兄上、それで北条と対立していては本末転倒というものでしょうが。」
年明けの2月、今川治部大輔義元は正室に武田信虎の娘をもらい、甲駿同盟が成立した。内乱から立ち直りきれていない今川は、北側の安定化を望んだということになる。西では織田弾正忠家が活発化しているし。
だが、東の北条がこれに怒った。武田と北条は国境争いの最中だったため、今川が代替わりで敵対したと考えたらしい。婚姻の儀が終わるか終わらないかのうちに北条氏綱は駿河に攻め込み、河東と呼ばれる富士川以東の地域を奪ったそうだ。
あちらを立てればこちらが立たず。面倒な戦国敵味方模様である。
「当分の間、弾正忠家は自由に動けましょう。矛先は恐らく那古野。」
「最近は頻繁に那古野の城で行われる歌会に参加しているらしい。尾張では融和が進むと弛緩した雰囲気と聞くが……ありえんな。」
平井宮内卿の言葉に父が鼻で笑いながら応える。弾正忠家の現当主信秀は信長の父親だ。戦国ゲームだと初期に死ぬイメージだが、それでも能力がものすごい高かったのを覚えている。きっと腹黒いんだろう。父と同類だから思考が読めるのか。
「南が不穏なうちに、国内の安定を図りましょう。もう少ししたら今年も浚渫を行い、治水を進めます。」
「そのあたりは新九郎に任せる。わしは5月予定の鶴の婚儀の準備をせねばならぬ。」
そう、姉の鶴姫が結婚することが決まった。お相手は土岐七郎頼満様。太守左京大夫頼芸様の弟だ。この人は美濃守護の継承については出家した長男恵胤様を支持していた。一昨年の朝倉侵攻でも密かに通じていた疑いがある人だが、だからこそ守護を正式に継いだ太守様が和解のためにこの縁談を主導したのだ。
「万が一にもこれを失敗するわけにはいかんからな。嫁入道具も拘らねばならぬ。」
「瑠璃の椀がいくつか出来上がり始めたので、それを加えますか?」
「新九郎、それは良き案だ。鶴も喜ぶぞ。」
「まこと其方は兄弟想いだな。叔父としても兄弟の仲が良いことは嬉しいぞ。御家争いなぞ碌な事にならぬのは我らが主君がその身を以て御示し下さっているからな。」
叔父隼人佐道利の言葉に俺以外全員が笑う。濃姫ことプリンセス蝶姫の所には時間を作って通うようにしている。姉が3人いるが、1人はもう嫁いでいるし、もう1人の鶴姫は妾の子で同じ屋敷に住んでいないため、滅多に会えない。せめてこういう時くらい何かしてあげないと薄情だろう。
兄弟と言えば、小見の方は去年も女の子を授かった。名前は福姫だ。戦のない日々が続くようにと願いが込められている。実は今も妊娠中なので、ベビーラッシュである。自重しろ父よ。
「もし今腹にいる子が男でも、だ。」
「はい。」
「斎藤守護代の家督はそなたに継がせる。これは決定事項だ。」
「はい。」
「それが良う御座います。日頃から殿が態度をはっきりさせていれば、不和も生まれますまい。」
「男子が産まれたら西村の名を継がせれば良い。そもそも嫁いできた時は西村姓だった。誰にも文句は言われまい。」
そう、最近父は事あるごとにこれを言うようになった。土岐との関係からも太守様から下賜された母深芳野の子の方が美濃全体でいえば支持される。そのへんを考えているらしい。別にこちらは継ぎたいなんて一言も言っていないんだけれど。怖くてとてもじゃないが言い出せない。
「家督と言えば、太守様が困っているそうですな。」
「猪法師丸様か。あの方も難儀な方ですな。殿にとっても、太守様にとっても。」
太守である頼芸様の唯一の息子が猪法師丸様だ。顔よりも歯ぎしりを思い出すが、彼は頼芸様泣かせな人物らしい。今年元服予定だが早く初陣に行きたいと騒いでいるらしい。原因は俺だ。違う。俺が初陣を早々に、かつ名ばかりは派手な戦果で終えてしまったからだ。対抗心丸出しで朝倉の領内に攻め込むと家臣たちに喚いているらしい。
元服も初陣も年下の俺に先を越されてとにかく機嫌が悪いそうだ。酒癖も悪いらしく、酔うと大言壮語を大声で叫んでは小姓たちに当たり散らすらしい。
おべっか上手な一部以外はその被害で嫌になっているとか。パワハラに加え傷害事件だ。世が世なら週刊誌の食い物にされて親共々しばらく干されるところだ。噂が流れてくるあたり、現代とあまり変わらない扱いかもしれない。
「土岐の鷹や和歌にも興味がなく、武芸や遠乗りばかりしているとか。礼法もわざと守らぬことがあると聞きました。」
「傾奇者の真似がしたいのだろうが、今のままではただのウツケにしかなれぬな。」
「先日来た尾張守護の使者にも無礼を働きかけて、慌てて越後守殿がその場を収めたと聞きましたが。」
「同じ時期に守護に任命された者同士故、お互い祝辞に使者を送ったが、猪法師丸様は最初狩衣姿で使者に会おうとしたのだ。故に越後守殿が必死になって止めた。兄上と一緒に呆れて物も言えなかった。」
斯波義統と太守様は幕府に同時にそれぞれ尾張守護と美濃守護に任命されている。なので相互に祝辞を贈り合うことで権威を確かめ合ったのだが、そこで嫡男がアホやったら問題になるに決まっている。なので傅役の1人森越後守可行殿がなんとか抑えたらしい。苦労しますね、お察しします。
「畿内は安定化に向け着々と進んでいるな。管領と権大納言三条公頼様の婚姻が決まった。これに定頼様が絡んだ結果、畿内の有力者は管領と六角、木沢長政の協力体制となった。」
「とはいえ、今も内部には火種が燻っている。両畠山の扱いや三好の扱い、本願寺や法華宗(日蓮宗)の扱い……。」
「油断は禁物。耳役の派遣はお忘れなきよう。」
畿内は管領細川晴元と六角定頼の協力体制に木沢長政が加わる形で落ち着きそうだ。京が荒れると石鹸の売れ行きにも関わる。頑張ってもらいたい。
「本願寺といえば、例の福勝寺の件は?」
「石山の本願寺は知らぬと六角を通じて返事が来た。」
「宗雄を近江で匿っておいて、白々しい。」
そう、実は本願寺と土岐・斎藤はこの頃対立していた。多芸郡の福勝寺が中心となって一向一揆を起こし、これを利用して斎藤宗雄が暴れていた。
「本家は石山も山科も破壊され、過激派の排除を徹底しています。一揆を起こしている者共のせいで警戒されたくはないのでしょう。」
「とはいえ、孫九郎殿からあまり厳しい沙汰はしないでほしいとも言われております。」
本家の石山本願寺は御文と呼ばれる本願寺の教えに関する教科書のようなものを2月に出して統制を図っている最中だ。そんな中で過激な行動をとる彼らを擁護して畿内の諸勢力に睨まれたくないらしく、自分たちの関与を否定している。しかし、昔からの父の家臣宮河孫九郎殿が浄土真宗で、一揆を主導している福勝寺を許してほしいと言ってきているので対応が難しくなっている。
ちなみに去年この一向一揆に乗じて近江との国境付近に浅井の軍勢が現れている。
どうやら浅井と本願寺は何かしらの協力関係にあるらしい。
「難しい問題だが、宮内卿、何か思いつくか?」
「本願寺と和解する姿勢を見せれば宗雄も居場所を失って朝倉にでも逃げましょうが……石山が書状などを出してくれるかは何とも言えませんな。」
「ふむ。新九郎、何か意見はあるか?」
突然意見を求められるが、最近はこういう突然の無茶ブリが少しずつされるようになってきた。しかし記憶に何かいいアイディアでもないものか。
某戦国ゲームだと敵と融和するには贈り物なんだが、あえて敵を孤立させて味方を増やす方向もアリだろう。仏教の味方といえばどこだ。法華宗か。味方を増やすならどこがいいか。そういえば浄土真宗にも別の考え方の人たちがいたはず。
「うーん、高田派の方と仲良くなるのは如何でしょうか。」
「ふむ。本願寺の敵を美濃に引き込むか。いい考えかもしれん。」
「であれば伊勢の無量寿院に協力を要請しましょう。孫九郎殿にも高田派としてなら真宗の信仰を認めると伝え、福勝寺ごと彼らを改宗させましょう。確か高田派は現上人が病に倒れ跡継ぎは若かったはず。後を継ぐための箔付けになりますので協力するでしょう。」
「兄上、高田派の寺院をこちらで福勝寺のそばに用意し、改宗した者は年貢の減免に応じるとしては如何でしょう?福勝寺の説得は孫九郎殿に任せる方向で、うまくいけば寺領は保証する、と。」
「良い案だ。こちらの懐もあまり痛まんな。うまく誘導して高田派と本願寺派で争うよう仕向けよ。こちらに矛先が向かんように、な。福勝寺を取り込んだら緩やかに長島と対立を煽るのだ。」
余りにも軽々と謀略を積み重ねる3人に恐怖しつつ、何かこういう一部の中で仲違いさせる統治方法歴史で習ったなと思った。
あ、
「分断して統治せよ……。」
思わず口に出してしまった。あれだ、ヴィクトリア女王。
「ふむ。面白い言葉だな。」
「聞いたことが御座いませぬが、成程、やろうとしていることにぴったりの言葉ですな。」
「明の言葉か?確かに3代目と6代目の公方様も内部の家督争いを利用して守護の力を削いでいたな。」
「その考え方、今後うまく取り入れよう。お手柄だぞ新九郎。」
余計なことを言ってしまった気がしなくもない。この3人に変な方向性を与えていないか、ただそれだけが不安である。
ヴィクトリア女王はまだ生まれていませんので、もしこれが後世に伝わったら彼は「さすがマムシの子よ」とか言われるのでしょうか。
本願寺自体に私は含むところは一切ありませんが(京都観光では大谷派含め礼を尽くしたつもりです)、当時の美濃の情勢や織田との関係から、本願寺とは敵対的になってしまいそうです。
実際多くの宗派の中でも本願寺は理性的な面も多いのですが、情勢がそれを許してくれないんですよね。
今川や畿内の情勢は徐々に主人公にも関わるようになっていきます。ただ、できる限り情勢については最小限の情報に抑えたいところです。まだまだ未熟な面が出てしまいます。精進ですね。