第1話 始まりの死
初投稿です。宜しくお願いします。
目の前から景色が消えた。
目眩の経験がある人ならわかってもらえるだろう、視界の混濁。色があるのに形がない状態。
(あ、これヤバいやつだ。)
口に出せず、頰にややひんやりとした感触を感じた。続く鈍い音で、自分が倒れたんだろうなと人ごとのように思った。
口から声は出ず、一向に定まらない視界の中で誰かに救いを求めないといけないと頭で考えつつ、これはダメだろうなと医者としての勘が告げる。
業務員用の駐車場に人はいなかったはずで、仮に救いを求められたとしても物理的に救える人間はいないだろう。それでも、一縷の望みにすがろうとした。
「……ぁ……」
臨終の瞬間は、言葉にも声にもなりきれないただの音だった。
ぎっくり腰で抜けた医師の穴を埋めるため、3日の徹夜で当直勤務を終えた時任光助37歳の、あまりに救いのない最期だった。
♢
「知らない天井だ。」
つい、世代だから出てしまった。
が、本当に見覚えのない天井だった。病院勤めの自分が知らない天井とははてどこだ、なんて冷静に考えられるのは、生きているからこそか。
いかにも和風な木目の天井に対する違和感とともに、声が異様に高くなっていたことに気づく。
「あーあーあー?」
甲高い。女性か子供か。違和感しかない。
若干の不安を感じたその時、部屋の外から声が聞こえた。
「若様、若様、お目覚めですか?」
わかさま?和歌さま?若狭ま?若様?
声のした方を向けば襖と板の間が見え、襖の先にいる2人の人影が映っていた。あと、枕が硬い。これ木じゃないか?
「若様?・・・・・・寝言でしょうか。医師の
「とりあえず御目覚めかもしれないと私が御館様にお伝えしてきます。」
「では私が御様子を確認して参ります。若様、失礼いたします。」
言うが早いか影の1人が立ち上がりどこかに立ち去り、残った1人が襖を開けた。
「若様、起きておられましたか。具合はいかがですか?」
入ってきたのは30手前といった風貌の和服の女性だ。話し方といい、時代劇の役者のように思える。
寝たままも微妙に感じて起き上がってみると、薄々気づいていた事実が突きつけられた。
体が小さい。幼いと言ってもいいレベルだ。手の指を見ればわかる。肌が瑞々しく、手を握ってもあまり力が入らない。
「大丈夫。」
怪訝な顔をされたのでとりあえずそう答える。医者の感覚として、どこにも痛みはない。強いて挙げれば枕のせいでちょっと首が痛いくらいだ。脇に手を入れたりあごのリンパに触ってみたりしても、異常は感じられない。健康な身体といって良いだろう。喉仏は出ていない。何歳くらいだ、この体。
「それは良うございました。もうすぐお殿様が参られますから、少しお待ちくださいね。」
「はい。」
その後も顔を触ったり足の長さを確認したりしたが、どう見ても未就学児の年齢だ。夢?にしてはリアルすぎる。転生?という言葉が頭をよぎる。
「あの、今はいつですか?」
「今日は6月18日にございます。若様は3日間寝込んでおられましたので。」
違う、そうじゃない。
「えっと、何年でしたか?」
「天文2年ですよ。」
天文っていつだよ。少なくとも平成とかそういう時代ではないな。過去か。鎌倉か室町か戦国か江戸か。
「将軍様のお名前は何でしたっけ?」
「それはまだお教えしていないと思いますが、権大納言足利義晴様ですよ。」
足利義晴が何代目かわからない。歴史の授業でやった記憶にない人物だから、これが妄想とか夢の中じゃないのははっきりしたんだけれど。とりあえず足利なら室町幕府だな。今はいつ頃だろう。南北朝?戦国?それとも戦乱とか無縁な時代?そしてここはどこ?私はだあれ?日本だし沖縄とか北海道じゃなさそうだけれど。
と、考えていたらどかどかと足音が聞こえてきた。荒い足音を響かせつつ、あっという間に部屋の前に来たその顔を見た瞬間、本能が誰かを教えてくれた。
「命永らえたか、豊太丸。」
あ、こいつ美濃の蝮こと斎藤道三だ。俺、マムシの息子に転生したんだ。
1時頃に2話もアップします。