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黒騎士 手続きをする

 食堂を出ると、王城の側面に張り付くように造られている騎士団総本部へと向かう。道すがら、小銭でありとあらゆる下働き(荷運びとか買い出しの荷物持ちとか)の少年に師匠夫婦宛の手紙を郵便として出して貰うように頼んだ。


 総本部は全ての色の騎士団を取り纏める部署、退団届や退寮届は黒騎士団事務局本部ではなく総本部事務局に提出するものだろう……と思う。


 違ったら、総本部事務局から書類を回して貰おう。


 白っぽい石造りの建物に入り、受付を通り越して事務局の窓口に向かった。受付にはまだ若くて可愛い女の子が座っている。


「すみません、書類の提出に来ました」


「はい。書類をお預かりしますね」


 笑顔で私が出した書類と、身分証でもあった黒騎士章を受け取る。


「まず、こちらが代わりの身分証になります。無くされますと再発行に安くないお金がかかりますので、ご注意下さい」


 騎士章を小さく簡略化したようなデザインのペンダントで、黒色を基調にしているのは所属していた騎士団の色からだろう。

 無くさないように首から下げる。


 提出した書類は退寮届、退団申請書、傷痍騎士年金申請書の三種類。受付の女の子はそれらの内容を確認して、私の顔を見た。


「あの、こちらで書類は全てですか?」


 え? 他になにかあったっけ? 

 まだ私が入院していた時、黒騎士団事務局の事務局員が持って来た封筒の中身を確認する。やはり中身は空っぽだ。


「……はい、それで全部ですけれど」


 受付の女の子は納得出来ない顔をしたけれど、書類に日付と騎士団総本部事務局と書かれたスタンプを押した。


「退寮届が本日付けになっていますけれど、荷物の整理や滞在先が決まっていない場合は延長が出来ますが、どうなさいますか?」


「んー、荷物もそんなにないし、夕方にはお暇します。ので、延長は大丈夫です、ありがとう」


「分かりました。処分するものがありましたら、寮の管理人さんにお願いして下さい。騎士服と礼服については返却をお願いしますけれど、そちらも管理人さんに渡して貰えれば問題ありません」


「はい。部屋の鍵も?」


「管理人さんに渡して貰えたら大丈夫です」


「ありがとう。あの、お願いがあるのですけども」


 斜めがけした鞄の中から、ドラゴン討伐ノートと手紙を入れた包みと一通の封筒を取り出す。


「この包みは、黒騎士のリアム・マクラウド様に渡して貰えませんか。こっちの封筒は宰相室へ届く書類に混ぜて欲しいんです」


 リアム様への荷物は黒騎士事務局に預ける方が早いように思うけれど、出来るなら顔を出したくない。

 黒騎士事務局で私のスケジュール管理をしていた、マリーシアお嬢様の従兄弟でそばかす顔のトミー・シャルダインが嫌いなのだ。正直顔も見たくないし、声も聞きたくない。


 当然、名前だけの伴侶であった宰相補佐様にも会いたくない(よく考えたらマリーシアお嬢様と従兄弟ということは、宰相補佐様とも従兄弟だ)し、侯爵家に私の名前で手紙を出すなんて、中身を絶対に見られるのでしたくない。


「はい、黒騎士・リアム・マクラウド様ですね。こちらは……宰相室、ああ、旦那様宛ですね」


「すみません、変なお願いで」


「承りました。大丈夫ですよ、お荷物は必ずマクラウド様にお渡ししますし、宰相室にお手紙は届くようにしますから」


 受付の女の子は笑顔で快諾してくれた。良かった。

 黒騎士事務局ではこうはいかない、そばかすトミーに断られたり小言を言われたり、が当たり前だった。


「お願いします。では、お世話になりました」


 そう言って立ち去ろうとすると、総本部事務局にいた全員が立上り騎士礼を取った。


「「「長い間、お疲れ様でした!」」」


 なんだろう、胸が震えた。黒騎士同士で共闘すれば、お互いに称え合うこともある。でも、騎士以外の人たちからこんな風に誰かに自分のしてきたことを認めて貰えたのは、久方ぶりな感じがした。

 物心ついた時からずっと戦うことばかりだった。


 私の頭の中にはドラゴンや各種魔獣の知識、戦術理論、魔術体系のことばかり、体に染みついたのは武器の扱い方ばかり。


 ドラゴンを、魔獣を討伐することで大勢の人たちの命と生活を守っているのだ、と分かってはいても、他者から認めて貰えることはやはり別格に嬉しくて、心が満たされる。


「こちらこそ、ありがとうございました」


 騎士礼を返してから、私は総本部事務局を後にした。



 そのまま総本部事務局の建物に沿って奥へ進めば、訓練場と寮官舎が見えてくる。訓練場には、まだ所属の決まっていない若い騎士の卵たちが訓練を受けている。


 自分にもあんな頃があったな、と年寄り臭い感傷に浸りながら寮官舎の入り口を潜る。正面の受付には見慣れた顔があって、ホッとした。


「クレメンスさん、ただいま戻りました」

ありがとうございました。

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