黒騎士 後始末を始める
入院していた病院を退院し、王都へ向かう辻馬車に乗った。王都には、途中の街や村で馬車を乗り換えながら五日ほどかかる道のりになる。
まだ怪我が完治していないので、途中の街で一泊したりと七日ほどかけて王都へと戻った。
東砦には無事に病院を出ることが出来て王都へ戻ることと、治療しながら病院へ運んで貰ったことへのお礼を手紙にしたためて出した。本当に感謝しかない。
王都の官庁街で辻馬車を降りると、荷物の入った鞄を斜めがけし、杖を突きながら役所へ入る。一階の大ホールには大勢の人が早足で行き交っていて、少々歩きにくい。
総合案内板の前で、お目当ての部署を探していると親切な職員が声をかけてくれて、書類が欲しい人の為に各種書類を自分で取れるようになっている場所まで案内してくれた。
役所になんて初めて来たから、とても助かった。
必要な書類を手に入れ、役所を出る。そのまま近くの文具店に入り、飾り気のない薄い青色の封筒と便せんのセットと、象牙色のメッセージカードを買って、王都に滞在している時によく通っていた食堂へ向かった。
ご夫婦と娘さんで営んでいるその食堂は、安くてボリューム満点という庶民に人気のお店だ。
お昼には少し早い時間だったけれど、女将さんは私の顔を見て店に入れてくれた。
「お帰り、リィナ。杖なんて使って、足を怪我したのかい?」
「ただいま。ちょっと怪我したけども、大分いいの。それより、なにか食べさせて? それと少し作業もしたいな」
「はいよ。一番奥のテーブルを使ってゆっくりしていきな、美味しいもの食べさせてあげるよ」
「あと、お菓子もあればお願いしたいな」
女将さんの娘さんはこの店の看板娘で、お菓子作りが得意なのだ。
食後のデザートとして、食事時間帯以外のお茶のお供として人気だった。ランチ時間帯の前だからもしかしたら無いかも、と思ったけれど「任せな!」と嬉しい返事があった。
言われた奥のテーブルに座ると、杖と荷物を置く。大して大きな荷物じゃないけれど、杖を突いていると歩きにくい。椅子に座って荷物と杖を手放すと、ホッと息を付いた。
すぐさま運ばれてきた温かいお茶を口にしながら、荷物を開く。便せんと封筒、ペンを取り出して師匠夫妻に宛てて手紙を書く。
無事に退院出来たこと、騎士団を退団したこと、今後は怪我の養生をしながらのんびり暮らすこと、沢山教えて貰ったけれど騎士人生が短くて申し訳ないことなどを書いた。
手紙の中身を書き終えて封筒の表書きも書き終わると、焼きたてのパンとハムとチーズの乗った野菜サラダ、具のたっぷり入ったシチューに小さめのキッシュが運ばれてきた。
「パンもキッシュも焼きたてだよ。ゆっくり食べなね、後でお茶のお代わりとケーキを持ってくるから」
「ありがとう」
封筒に折り畳んだ便せんを入れて封をして、食事を頂く。
砦や騎士団の食堂では、温かいパンとスープにメイン料理を食べることが出来る。けれど一年の半分ほどを野営で過ごし、美味しくない携帯食や味のないスープのようなものを食べていた私には、目の前にある食事が物凄いご馳走だ。
温かくて優しい味に涙が零れそうになる。
これからは年金生活になる、外食ばかりはしていられない。自分で料理をすることも覚えなくてはいけない。
今後、生活の場が整ったら、料理の本でも買って練習してみよう。刃物の扱いは慣れているのだから、包丁の扱いもなんとかなるはずだ。
ありがたく食事を頂き、空になった皿と引き換えに運ばれてきたお茶とクリームの乗ったフルーツケーキを貰った。甘いものなんて、どれくらいぶりだろう、やたらケーキや果物が甘く感じられた。
甘い香りのするお茶を飲みながら、再び封筒と便せんと取り出す。
次は同じ黒騎士であるリアム・マクラウド様宛てだ。
師匠とは大伯父・大甥の関係で、私の前に師匠から黒騎士としての修行をつけて貰っていた人。私にとっては兄弟子になる。
手紙の内容は師匠夫妻とほとんど同じだけれど、一冊のノートを付ける。このノートには私が過去に討伐したドラゴンの情報を書き記してあるのだ。
日付、大まかな時間、ドラゴンの種類、出現場所、どのように倒したか等。途中で写絵機を手に入れてからは、討伐したドラゴンの姿を撮ってノートに貼るようにしたので、酷くノートが厚くなってしまった。
リアム様は個人的にドラゴンの研究もしていて、今後のドラゴン出現予測や、効率の良い討伐の仕方などを研究する資料にしているようだ。役に立っているらしいので、記録し続けて来た。
今後はこのノートが書けなくなることも、お詫びしておく。
そして、最後にメッセージカードと役所で貰って来た書類をテーブルに並べた。
カードと書類を書けば取りあえず、やらねばと思っていた書類仕事が終る。
カードには「長らくお世話になりました」と書いた。実際には一度しか顔を合わせていなくて、なにもお世話になっていないし、お世話した覚えもないがそこは大人としてのマナーだろう。
役所で貰った書類は〝離縁届〟
気になるのは、これ、役所で貰ったものだけれど……貴族にも対応しているんだろうか?
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