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黒騎士 結婚当時を振り返る(3)

 書類上、宰相補佐様と私は結婚した。生活する家は貴族街にある侯爵家の一室になる。

 とは言っても、いきなり少ないとは言え荷物を持って引っ越しするのもどうかと思い……宰相補佐様にお願いして、先にご挨拶に伺う旨をお屋敷へ連絡して貰った。


 指定された日時に、今王都で流行しているというチョコレート店のお菓子を手土産にして伺った。

 着ていく服に悩んだけれど、黒騎士の礼装にした。そもそもドレスなんて持ってない。


 貴族街のさらに一等地である高台にある白亜の豪邸、それがグランウエェル侯爵家のお屋敷だった。正門からお屋敷まで馬車で随分時間がかかりそうな程、敷地は広く整えられた庭が見えた。


 正面から行く気にはなれなくて、裏側にある使用人やお出入りの商人たちが使う出入り口に声を掛け、胡散臭い者を見られる目でたっぷりと見られてから中に入れて貰えた。


 通されたのは客間で、先に連絡してあったからか宰相補佐様のお母上様と妹様が揃っていらした。


 豪華で洗練されたデイドレス、輝く宝飾品、手入れの行き届いた髪や肌、整ったお顔立ち。宰相補佐様と血縁関係のある、貴族らしい見た目と雰囲気だ。


「ヨシュアから聞いております。黒騎士の後ろ盾になることは、本来とても名誉なことですから、普通は反対などしないものです。我が家は過去黒騎士の婿や嫁と受け入れたことがありませんので、名誉なのです。ですけれど、ねぇ……」


 このお屋敷にいる執事やメイドたちの態度から、歓迎されてないなとは思った。


 客間には装飾が美しいテーブルセットが置かれ、そこにつくのは先代侯爵夫人のシャーリー夫人とそのご息女マリーシア様のみ。


 用意されたお茶もふたり分で、私の座る場所もお茶もない。

 お茶もないのに、部屋なんて用意されてる訳がない。


「黒騎士だって言っても、アナタ、平民で孤児なんでしょう? 嫌だわ、そんなのが義理の姉だなんて」


 マリーシア嬢はお綺麗な顔を歪めて、きっぱりと私を拒絶した。


「なあに、その髪……短いし色もくすんでいて変だわ。お肌も荒れているし、傷は醜いし。平民の騎士なら当たり前なのでしょうけれど、貴族に、親族になるなんて嫌よ」


 貴族はとにかく平民が嫌いだと言う人が多い、理由なんてない、貴族でないというだけで嫌なのだ。


「大丈夫よ、マリー。この方と親族になんてならないのだから、書類だけの関係よ。平民が貴族になんてあり得ないでしょう」


「そうね、そうよね。もう、お兄様も驚かせないで欲しいわ」


 この家に受け入れられることはないのだと理解した。


 命令により仕方なくグランウェル侯爵家の名前を貸して、名ばかりの後ろ盾になるだけで家族となるわけではない、とはっきり言われた。


 名前を貸し出す見返りとして、私が受け取る報奨金を含めた給料の八割を支払うこと。


 貴族になったのだと、馬鹿な勘違いをしないこと。


 侯爵家からの呼び出しがある場合を除き、お屋敷にも宰相補佐様にも近付かないこと。


 侯爵家からの離縁要請があった場合、速やかに離縁すること。


「我が家が名義だけとは言え後ろ盾になった以上、早々に死なれてはこちらの名誉に関わります。早々死なれては、息子の魔法使いとしての能力が疑われますし、傷が付きます。あの子は優秀ですからね。ある程度までは、死なないようになさい」


 執事らしい中年の男性が銀のトレイに一枚の書類を持って来た。

 書類の内容は、シャーリー夫人が私に申しつけた内容が箇条書きに記された誓約書になっていた。サインをするようペンを持たされ、名前を書かされた。


「あ、そうそう。黒騎士団の事務方にわたくしの母方の従兄弟が勤めているのよ、トミー・シャルダインというの。これからは彼がアナタのお仕事を管理してくれるわ。伯爵家の三男だから騎士団で働いているけれど、本来ならアナタなんて口もきけないような相手なのだから、感謝してちゃんと従うのよ」


 マリーシア嬢は、メイドが持って来た私の手土産のトリュフチョコレートとチョコレート菓子を見て目を輝かせた。手土産だけはお二人の合格点を超えたらしい。


 縁あって夫婦となったから、宜しく頼む……とか宰相補佐様は言っていたけれど、あれはやはり社交辞令だったのだ。


 王宮ではどこに誰の目耳があるか分からない、「王命だから受けた名ばかりの後ろ盾なのだから、死なないように戦ってろ」とは確かに言えない。


 平民出身のパッとしない黒騎士を妻にしたという不名誉を、私からのお金を慰謝料として貰って我慢するということなのだ。


 そうか、上手くやって行けたらいいとか思っていたのは私だけで、国王陛下も宰相様も書類上のことだからと、宰相補佐様とご家族を納得させていたのだ。

 本当の家族になるわけではなく、私が勘違いしていたらしい。


 用事が済めば、私は裏口から追い立てられるように外へと出された。


「マリーシアお嬢様のお好きな菓子を手土産として持って来たこと、正門ではなくこちらの裏門へ回って来たことだけは褒めて差し上げます。では、呼び出されぬ限りはこちらに近付かぬように」


 執事はそう言って、扉を閉める。


 バタンッと重たい音が響く。


 私の中にあった宰相補佐様と家族になるとか好きになれたらとか、ふれあった魔力がとても温かかったこととか……期待していたことの全てが砕けて、消えた瞬間だった。

お読み下さり、ありがとうございます。

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