黒騎士 結婚当時を振り返る(2)
「君のことは陛下や宰相閣下より頼まれている。黒騎士の殆どが貴族出身者で占められていて、君のように平民で後ろ盾のない者は珍しい」
「はあ、すみません」
「我が家は侯爵家であるから、今後君は私の妻、グランウェル侯爵夫人という立場になる。だが、夫人としての社交や家のことはなにもしなくてよい。母が取り仕切っているからな。君は黒騎士としての任務を優先して欲しい」
「はあ、そうですか。任務の件は承知しました」
高位貴族のご夫人のやるべき仕事なんてさっぱり分からないから、正直に助かったとしか思えなかった。所詮、子どもの頃から戦うことしか教えられてこなかったのだ、貴族様の妻になんてなれるわけがない。
宰相補佐様のご家族は母上様と妹様のおふたりで、先代侯爵様は二年前病死されたそうだ。妹様はなんとか言う伯爵家(全然知らない)のご長男様と結婚が決まっていて近いうちに嫁入りするそうだ。
嫁入り後も先代侯爵様が亡くなられ母上様おひとり(宰相補佐様は家族に入っていないのか? 使用人も大勢いるのにひとりとは?)で暮らすのも問題あるだろうから、ちょいちょい実家に顔を出しに来る予定だという。
母と娘の仲はとても良いらしい。まあ、家族仲が良いことは単純にいいことだ。
「本日よりリィナ・グランウェルを名乗ってくれ」
「承知しました」
「それから、これから暮らす家は貴族街にある侯爵家だ。……女性の部屋や生活用品のことなどは私には分からない、だから母と妹に頼んである、足らないものがあれば執事かメイド長に言ってくれればいい」
「ありがとうございます」
貴族街にあるグランウェル侯爵家のお屋敷って、きっと凄く大きくて綺麗な感じなんだろうな。私が行くと絶対浮くやつだ。
正直、気が重い。
「さて、最後に装備に掛ける加護についてだが。私は白魔法を使うことが出来る」
かなり優秀な魔法使いなんだろう、魔力が多いのが側にいるだけで分かる。魔力操作も上手そうだ。だから、私のような者の結婚相手に選ばれてしまったのだ。
「だが私は職務上、非常に忙しく自宅に戻ることがほぼない」
「え……王宮で生活されているのですか?」
「宰相執務室の近くに仮眠室が用意されているのだ、私は普段そこで寝起きしている」
なるほど。それでお屋敷に母上様がひとりと言うカウントになったのだ。
そして、宰相補佐としてのお仕事が忙しくて家に帰る時間もない。つまり、私の装備に対する加護魔法など掛けている時間はない、ということなのだろう。
夫になる人が帰って来ないお屋敷に義理の母親と暮らして、義理の妹がちょくちょくやって来る……ますます気が重くなるのは仕方がないことだと思いたい。
「承知しました。装備の加護魔法については、こちらでどうにかします」
十八歳で一人前となってから、伴侶のいない私は装備品の加護を白魔法使いに有償でお願いしている。お値段は決して安くはないけれど、お金さえ払えば好きなだけ魔法を掛けて貰えるのが良い所だ。
「今までとなにも変わりませんので、問題ありません」
そう言って頭を下げると、宰相補佐様は顔を顰めなにか言葉を飲み込んだ。ちょっと渋い顔をしつつも、「君がそれでよいのなら、助かる」と仰って紅茶を飲み干し、立ち上がった。
「これから、色々あるだろうが縁あって夫婦となった。至らぬこともあるだろうが、宜しく頼む」
そう言いながら右手を差し出された。
これは、握手? 結婚相手に握手? 貴族の結婚は契約の面が大きいから、そういう意味で握手なのか。
よく分からないまま宰相補佐様の手を握った。
大きな手を通じて魔力が感じられる。今までに感じたことがない温かくて優しい、包み込まれるような感じの魔力だ。胸の奥が温かくなって、多幸感すら感じられる。
この方が伴侶になった実感はまだないし、宰相補佐様が私をどう思っているのかも分からない。期待して想像していた結婚とも違う。けれど上手くやって行けたらいいと思う。
今すぐには無理だけど、後々分かり合って異性としての愛情を抱ければ一番いい。
異性としての愛情が無理だとしても、せめて家族としての情を持って信頼関係を築けたらいいと思う。
「…………ご迷惑にならないよう、努めます」
ピカピカの美丈夫貴族と薄汚れたもっさい平民。
色々と格差がありすぎる。横に並んだら変だろう。
国王陛下ももう少し、なんて言うか、その……釣り合いの取れた感じのお相手にして下さればいいのに。でも、この方を好ましいと思える、そんな予感がした。
そんな私の胸の内を察したのか困ったような表情を浮かべる。その顔を見て、美形はどんな顔をしていても絵になるな、と私は馬鹿なことを考えていた。
ありがとうございました。