黒騎士 結婚当時を振り返る(1)
この国では十八歳で成人し、女性は大体二十二歳前後までに、男性は二十六歳前後までに結婚するのが一般的な適齢期とされている。
私が二十歳になった時「婚姻せよ」と国王陛下から唐突に命じられた。
結婚について、憧れがなかったわけじゃない。
周囲には仲が良いご夫婦がなん組もいたし、街にもカップルが沢山いて皆幸せそうにしていたから。
孤児だし、平民だし、見目も並の下くらいで、黒騎士なんて仕事をしてる女だけど、それでもいいって言ってくれる人が世の中にひとりくらいいてくれるかもしれないって期待したりもした。
同期には私以外に二人の女性黒騎士がいるけれど、私以外は成人と共に元々いた婚約者と結婚していて、すでに数人の子持ちだ。
男性陣も八割くらいはすでに結婚している。残り二割の男性たちも結婚はしていなくても、ちゃんと婚約者がいる。
彼らと私の違いと言えば、身分だろう。皆は貴族で私は平民。
近衛や市中警備の騎士ならいざ知らず、いつ死ぬか分からない魔物相手の職業だし、孤児なので子孫に受け継がせる家もない。
結婚に憧れはあるし期待も少しはあるけれど、実際にはしないだろうと思っていた。
だというのに「結婚せよ」と国王陛下から命じられ、驚いて呆然としているうちに、あれよあれよという間に宰相補佐様と結婚させられていた。
王命によるバリバリの政略結婚だ。
因みに夫になる宰相補佐様と顔を合わせたのは過去に一度きり。
王命で呼び出され、結婚の話しをされ、その時に顔を合わせ婚約式の時に書く書類と結婚式の時に書く書類にサインをした。
お貴族様の結婚は書類も面倒臭いんだな、と思っているうちに書類上結婚し、夫婦になってしまっていた。
今思えば、かなり強引な方法だったのだと分かるが、国王陛下の命令ならば誰も逆らうことなど出来なかったのだから、仕方がない。
書類にサインをしたあと、ふたりで話せと言われて綺麗に整えられたお庭が見えるテラスでお茶を飲むことになった。
メイドさんの用意してくれた紅茶は、とても上品な香りがしたのを覚えている。
「成人した黒騎士は、結婚せねばならないことを知っていたか?」
最初の第一声はその質問だった。知らない、と答えれば大きく息を吐かれた。呆れたのだろう。
「黒騎士の防具には防御系と回復系の魔法、武器には攻撃系の魔法を付与し、戦場へと出る。その魔法は、黒騎士を大切に想い守ろうとする気持ちが強くなればなるほど威力が増すと分かっているのだ」
だから、黒騎士は必ず白魔法が得意な魔法使いと結婚して、各種加護の魔法を掛けて貰い、怪我の少ないよう戦う。伴侶や伴侶の家としては、黒騎士を長い間支えれば支えるほど本人や家の名誉になるため、一族をあげて支えるのだそう。
要するに、長い時間とお金をかけて育て上げた数少ない貴重な黒騎士を少しでも長持ちさせ、沢山戦わせるために出来上がったシステムなんだろう。
ただ、私は女で孤児の平民、ということで結婚したいという男性魔法使いが現れず、護り支えても名誉にならぬ、とどの家も名乗り出ない。
そこで……可哀想な宰相補佐様が王命の生け贄となってしまった。
本当にお気の毒だ。
その可哀想なお相手に選ばれてしまったのは、ヨシュア・グランウェル侯爵様。当時二十六歳、その若さで宰相補佐まで上り詰めた有能官吏で有能魔法使い。更に容姿端麗な高位貴族。
結婚相手なんて選びたい放題に選べる立場にいる。
それなのに有能故に仕事に打ち込んでいて独身だったせいで、私のようなものと結婚させられるなんてお可哀想にもほどがある。
整ったお顔立ちはまさに〝貴族です〟という感じで、艶やかな赤茶色の髪、知的な濃い緑色の瞳の美丈夫な侯爵様は、私を横目でみやるとまた大きく息を吐いた。
平凡よりやや下の顔立ちに、貴族の女性にはあり得ない肩から数センチという所で切りそろえた短い灰色の髪(手入れをしていないので艶なしボサボサだ)を無造作にひとつに括っただけの洒落っ気のない髪。瞳もパッとしない灰青色で、元は白かったのだけれど日に焼けている肌。もちろん、戦う日常を送っているので傷だらけだ。
華のないもっさい騎士、のお手本としては正しいけれど、普段から美しい貴族のご令嬢に囲まれているであろう公爵様からしたら、こんな女性らしさの欠片も無い者が妻だとは信じられないのだろう。
重ね重ね、申し訳ないことだ。
ブックマークして下さった皆様、評価して下さった皆様、読んで下さった皆様、ありがとうございます。