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黒騎士 帰りの馬車に積み込まれる

「その謝罪が何に対しての謝罪であるのか、キミは自分の行動や私の気持ちを理解をして謝罪しているのか? 取りあえず謝罪しておけばとか、諸々含めての謝罪をとか考えているのなら、不要だ」


「……申し訳ございません」


「ああ、いや……すまない。キミが謝罪することなど、なにもないんだ」


 宰相閣下は再度大きく息を吐くと、丸テーブルの上に置かれていたポットでお茶を煎れ、庶民感丸出しのマグカップを手渡してくれた。

 なんと、中身はメアリさんの作ったハーブティーだ。


「……ゆっくりでいいが、全部飲め。キミは五日間ほど、高熱により意識がなかった。今は体に水分が足りていない、後で食事を運ばせるからそれも残さず食べるように」


「五日も……!?」


「ああ、宿の女将はかなり慌てていたぞ? 五日分の宿賃を貰ったのはいいが、夕食にも翌日の朝食にもやって来ない。心配になって部屋に様子を見に来たら、キミが高熱で魘されていたんだ。医者を呼んだり、着替えさせたりと面倒をみてくれていた」


 この部屋に入ったとき、確かに私の体調は良くなかった。


 元々戦える状態ではなかった体を強引に使って、魔獣二体と戦った。その結果、思っていた以上に私の体にはダメージが残ったのだと思われる。その後、歩いて港街を目指したのも良くなかった。おそらく慣れない松葉型の杖を突いて長時間歩いたせいで、足の状態はより悪くなったんだろう。


 その前にも高貴な身分のご夫人から理不尽に晒されて、気持ちの面でもダメージがあった。慣れているとは言っても、理不尽に晒されれば気持ちは落ち込む。


 このサンターラ港街に無事到着出来て、宿泊出来る部屋も決まって安心して……気が緩んだに違いない。その結果が発熱。

 宿の女将さんには申し訳ないことをしてしまった。


「それは、ご迷惑をお掛けしてしまって……」


「キミのことをとても心配している、後で直接礼を言うと良い」


 宰相閣下はそう言って部屋を出て、女将さんに食事を頼んでくれた。


 マグカップのハーブティーを飲み終える頃、女将さんが魚介のスープを使ったリゾットと果物を持って来てくれた。今にも泣き出しそうな顔で「良かった、良かったよ! あのまま死んでしまうかと思った」と言われて、心の底から申し訳なく思い感謝を伝えた。


 鍋からリゾットをよそってくれながら、宰相閣下が到着してからずっと治癒魔法をかけ熱冷ましの薬を飲ませてくれていたことを聞かされた。


 驚きしかない。


 宰相閣下は女将さんが私の状態に気付いたその日の午後、宿屋にやって来てすぐさま治療を始めてくれて、今日までずっとつきっきりでいてくれたらしい。

 どおりで目の下にクマを作って、くたびれた印象だったはずだ。


「優しい旦那様で良かったし、合流出来て良かった。なによりアンタが元気になってくれて良かった」と良かったを連発されて……なにも聞けなかったし、言えなかった。


 あの方はもう自分の夫ではないし、この国の高位貴族で、宰相の地位にある人であるのだと。






「移動が出来るようならば、王都へ戻らなくてはならない。体調の方に問題はないか?」


「医者の見立てや、閣下の見立てでは大丈夫ってことなんですけど。無理はしなくて大丈夫ですよ?」


 王宮監査室の監査官だという、フィオン・ホーキング様は昨日王都から帰りの馬車と護衛の騎士を連れてやって来た。


 護衛騎士がお迎えが来るっていうのは、宰相閣下相手だから理解が出来るのだけれど、どうして監査室の監査官がやって来るんだろう?


「え? えっと……そもそも、宰相閣下が何故ここにいらっしゃるのかが疑問です。私はもう大丈夫なので、王都へ戻って下さい」


 意識が戻って二日、熱も平熱に下がったし、足の痙攣も取れたし、手足の痺れも最近のことを思うと嘘のように少なくなった。やっぱり、治癒魔法というのは凄く効果がある。

 これなら、船に乗っての旅も出来るだろう。


「確かに。閣下にしか処理出来ない仕事はまだ無くなってないですもんね、王都に戻って仕事して貰わなくては」


 ホーキング監査官は馬車に荷物を積み込む手配をし、宿での食事と宿泊料金を支払いを手早く済ませ、両腕を組んで大きく頷いた。


「はい、いろいろとありがとうございました。宰相閣下には感謝してもしきれません。本当にありがとうございました」


「ん?」


「……え?」


 私はおふたりに頭を下げた。


 おふたりが出発してから、私も荷物を纏めなくては。その後、港に行って……船の乗船券を買う所で行き先を決めなくてはいけない。今日出発する船で、いい所へ向かう船があるといいんだけど。


「私も旅支度をしなくては」


「ああ、そうだな」


「まずはこの港からどこへ行けるか、を調べる所からですけれど」


「……ん?」


「落ち着く場所が決まりましたら、今度はちゃんとご連絡致します。これもケジメというものですよね。師匠と兄弟子と閣下のところには必ず知らせます」


 そう言うと宰相閣下は固まり、ホーキング監査官は慌てた。


「ちょっ、ちょっと待って下さいよ、リィナ卿!」


「あの、もう私騎士ではないので、卿とか付けるのは……リィナでいいです。ただの平民ですし」


「いえいえいえいえ、なに言ってるんですか! 貴女も一緒に王都へ行くんですよ? なに普通に自分は行かないって感じになってるんですか!?」


 はい? このお若い監査官様はなにを言っているんだろう? どうして私が王都に行かなくてはいけないのか。


「……詳しくは帰りの馬車の中で説明します。荷物は護衛の女性騎士に纏めさせますから、さっさと閣下と一緒に馬車に乗って下さい。リィナ殿の荷物なんて、大して無いでしょうから」


 苦笑を浮かべた女性騎士が私の部屋に入って行き、私は呆然としているうちに宰相閣下に横抱きに抱えられて、やたら豪華な馬車へと積み込まれた。


 横並びに座った宰相閣下は端正なお顔をムッスリと歪めていて、不機嫌としか言い表しようがない。その割にぴったりと体を寄せてくるので、横にずれればその分また寄ってくる。


「お待たせしました、では王都へ戻りましょう! って、どうしてそんな窓側に寄っているんですか?」


 そんなの、私が知りたい。

 片方に荷重が寄って掛かると危険なので、真ん中にちゃんと座って下さいとか……子どもみたいなことで怒られながら、馬車は王都に向かって走り出した。

お読み下さりありがとうございます。

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