宰相 説教され背中を押される
王都から馬を飛ばし、途中にある村の宿では最低限の休息で馬を取り替えながら走って、昼前に目的地であるササンテに到着した。
その後すぐ、郷の代表とその子息夫婦から話しを聞き、郷でリィナの体調を診てくれていたという薬師にも話しを聞いた。
本当は私自身すぐにでもリィナを探しに行きたいと思っている、けれど私の体と心はそれを実行に移せないほど疲弊していた。私の気持ちばかりが慌てるばかりだ。
夕方になろうという橙色の空の下、氷漬けになっていたクマ型魔獣の解体作業が行われている。先に解体された魔獣も含め、すでに戦えるような体ではなかったリィナが倒したのだと聞いた。
そのせいで、徐々に回復に向かっていた傷が悪化したとも。
「今更、後悔してるのかい?」
ベンチに腰掛けぼんやりと解体作業を見ていた私に、メアリ薬師は声を掛けて来た。そして、隣にあるベンチ座ると大きく息を吐いた。
「後悔は、しています。ここ最近はずっと……後悔ばかりで」
「アンタは黒騎士の伴侶としての白魔法使い、としての意識がまるで無いんだね。呆れるよ」
「黒騎士を護り支えるための白魔法使いでしょう? 意識はちゃんと……」
「あった、と言えるかね? リィナの体は傷だらけで、足は歩くことだって難しいくらい傷付いてる。毒の影響を受けて肌は紫だったり赤黒く変色してるよ……アンタの魔法がちゃんとあったら、あんな風になったりしないね」
リィナの体が傷だらけで、肌が変色していることはホテルロビーで聞いた。それを見た夫人とその姉が「移る病気だ、汚らしい」と勝手に騒ぎ、リィナを傷付け追い出した。
メアリ薬師に対して、反論など出来ない。彼女の言う通りだ。
「……アタシからしたら、アンタもリィナも大馬鹿者だよ。なにを思って、どう考えていたかなんて言葉や態度で伝えなければなーんにも伝わりゃしないよ」
「リィナは、私のことを恨んでいましたか?」
クマ魔獣の爪、牙、皮は武器や防具、内蔵の一部は薬に、肉は食用になるそうだ。手慣れた様子で行われる解体は、あと一時間もしないうちに終わるだろう。
「恨んでなんかいなかったと思うよ、むしろ、申し訳ないって気持ちでいたんじゃないかね」
「申し訳ない?」
「孤児で平民の自分がアンタみたいなキラキラした上級貴族、しかも宰相だか宰相補佐だかって国を支える立場にいる人間と釣り合う訳がない。国王陛下の命令で結婚することになって、断ることも出来ず仕方がなく書類上だけの結婚をしたんだろうって」
「なっ……」
「アンタはきっとそんなつもりはなかったんだろう? きっと普通に……同じ屋敷に家族として暮らして、徐々に交流していけばいいとでも思ってた、違うかい?」
その通りだ。
リィナとの結婚は王がお決めになったことで、確かに拒否権はなかった。でも彼女に対してマイナスな印象はなかったし、実際に会ってからは好印象しかなかった。激しい恋情は抱けなくても、穏やかな夫婦生活を送れるような気がしていた。
「でも、アンタの家族やお屋敷の使用人たちは違って、孤児で平民のリィナと自慢の息子や主人の妻だなんて認められるようなことじゃなかった。アンタはリィナが平民だろうが、貴族の令嬢だろうが伴侶として護り大切にして、家族や使用人にも言って聞かせなくちゃいけなかったんだよ」
「…………はい」
「アンタが全部悪いんじゃないよ、そこん所間違えたら駄目だ。リィナは確かに平民で、貴族に決まり事や常識に疎い。アンタの家族や使用人に受け入れられなかったことを、アンタに報告しなくちゃいけなかった。それを言った時、あの子はアンタに報告するなんて全く考えもしなかったって顔してたよ」
メアリ薬師はそう言って苦笑した。
「あの子にとって貴族っていうのは、平民を忌み嫌い蔑むものっていう思いがあるんだよ。貴族から邪険にされて、理不尽なことを言われたりされたりするのは当たり前なんだ」
「そんなこと、許されることじゃない」
「そうなんだろうね。でも、事実リィナは邪険にされて理不尽に晒されて来た。それを当たり前なんだと受け入れてきた。だから、アンタに対しても申し訳ないって気持ちなんだろうね。高位貴族なのにって、何度も言ってたよ」
両手で顔を覆い、肺の中から空気を絞り出す。何度絞り出しても、私の胸の中にあるどんよりとした気持ちは吐き出されることはなかった。
「…………アンタ、あの子を探し出してどうするつもりだい?」
「それは……」
「あの子はもう、とっくにアンタと離縁したつもりでいるんだよ」
次の言葉は口から出て来なかった。
六年前に一度会ったきりの彼女を探して、会って……どうするつもりだったのか。
私は、リィナとやり直すつもりでいた。そこいらに大勢いる夫婦のように、彼女と夫婦として生活するつもりでいた。
彼女との結婚は王命で、そもそも貴族の結婚というものは離婚は基本あり得ない。余程の不祥事を起こした場合のみ適応される。
リィナが送ってきた、国民全員に開かれた役所で手に入れた離縁届などで離縁出来るようなものではない。婚姻や離縁が紙一枚で済まされるのは、庶民だからだ。おそらく、彼女は貴族の離縁がないということを知らなかったのだろう。
「……それでも、私は、彼女に会いたい。会って、事情を説明し、許しを得たい。そして許されるなら、共にありたい」
あくまで私だけの希望だ。彼女は私と一緒にいたくはない可能性は高い。それでも……会いたい。
「これ、持ってお行き」
「え?」
メアリ薬師は私に紙袋をくれた。中身を確認すると、飲み薬やシンプルなケースに詰められたクリーム、ハーブティーらしい茶葉などが入っている。
「あの子が使っていた薬と気に入っていたお茶だよ。魔力焼けの症状改善や、体に残ってる毒素を薄める効果が期待出来る。一応、あの子が出て行く前にも出来るだけ持たせたけどね、沢山あった方が安心だろう?」
「え……」
「あの子に会うんだろう? それにアンタは白魔法使いだ、あの子を癒すことに関してはアンタ以上に適任はいないんだよ……なんたって、アンタはあの子の伴侶なんだから」
メアリ薬師はそう言って私の肩を叩いた。老女とは思えないほど力強く叩かれ、体に衝撃が走る。
どうにも、この年代の女性には敵わない。
500,000PV越えました。
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