黒騎士 港街に運ばれる
荷物は小さなトランクと肩掛け鞄に詰めて、新しい相棒になった松葉タイプの杖を突いて、腰に小さな魔道ランタンを下げてまだ日が昇る前に郷を出た。
ササンテは有名な温泉の郷だから、色々な街から辻馬車が往復しているけれど、さすがに夜明け前からは出ていない。私の足でどこまで歩けるかちょっと自信がないけども、出来るだけ歩いて辻馬車が通りかかったら乗せて貰えばいい。
駄目なら野宿だ。
野宿に関してはすでに達人の域に達していると自負している、なんせ一年の三分の一くらいは野宿して生きていたのだから。
郷の正面に続く大通りを歩けば、郷を北側にして三方向に道が分かれる。
南に行けば海に面した港を有する街、東に行けば大聖堂を中央に置く街、西に行けば牧畜が盛んな農村が広がる地域に行くことが出来る。
正直、どこの街にも興味がある。
討伐任務で国中を廻っていたけれど、ゆっくり滞在したこともないからどこの街も全く知らない。美味しい食べ物も名産品も知らない。
どうしよう、分かれ道の中心で三方向に伸びる道をそれぞれに見ながら悩んで……南に続く道を行くことにした。郷から出て歩いて来て、分かれ道を真っ直ぐ進むだけ。
港のある街に行き先を決めた理由は単純、海が見たかったから。それと、港があるのなら、そこから遠い街や外国なんかにも行けるかもしれないと思ったから。
どこか、落ち着いて生活出来る場所が欲しい。都会じゃない方がいい、当初の予定通り野菜や花を育てながらのんびり暮らすのだ。
暮らす場所が決まったら、師匠夫妻に手紙を出せばいい。
港町に到着したら、そこから行ける田舎の村を幾つか探そう。そして、そこへ移動して気に入ったら暮らして、気に入らなかったら次の村へ移動する。
取りあえず今は南にある港のある街を目指すのだ。
「兄ちゃん……じゃない、姉ちゃんか? どうしたよ、具合が悪いのか?」
意気揚々と街を目指した私だったけれども、私が思っていた以上に私の足は駄目になっていたようだった。日が昇ってしばらくまではなんとか歩けていたのに、お昼にはまだ時間があるって頃には痙攣を繰り返して歩けなくなっていた。
道の脇にあった大きめの石に腰掛け、足の痙攣が止まるのを待っていると通りがかった荷馬車の車夫さんが声を掛けてくれた。
「いえ、足が痙攣してしまって休んでいたんです」
「松葉杖? 姉ちゃん、足が悪いのか」
「ちょっと、怪我をしていて。辻馬車の乗り場まであとどのくらいでしょうか?」
尋ねると車夫さんは少し考えてから、「ここから歩いて三十分くらいの場所かな」と教えてくれた。普通の人の足で三十分かかるなら、私は一時間以上かかるとみていい。
「…………どこまで行くの?」
「え」
荷台から降りてきたのはまだ若い少年だった。車夫さんと髪の色が同じだから、親子だろうか。
「この先の、港街まで行こうかと」
「おお、そうか。姉ちゃん、俺たちもサンターラ港街に行くんだよ。家畜の寝わらと穀物の入った袋と一緒でよければ、五千ギリルで乗せて行ってやるが、どうする?」
少年は私の返事も聞かずにさっさとカートを持ち上げて荷台に乗せ、私に手を差し伸べてくれた。なんと、優しい。
そのまま足が自由にならない私を支えて荷台に乗せてくれた。
荷台には宣言通り穀物がたっぷり詰められた麻袋と、綺麗に纏められた藁束が並んでいる。麻袋と藁束の丁度境にあった隙間に小さなクッションを敷いて座らせて貰った。
荷物と荷物の隙間なら、荷台から転がり落ちたりしないので安心なんだそう。
私が無事に積み込まれて固定もされた所で、私は少年にお金を払った。これで私は彼らが街まで運ぶ荷物と同じになったのだ。
コトコトと荷台に揺られ港街に続く道を進む。
灰色の石で整備された道は緩やかにカーブし何度か交差点を交えながら、南へ南へと続いて行く。
正直、途中で辻馬車に会えたらそこで拾って貰って、港街に行こうと思っていた私の考えは甘かったと言わざるを得ない。普通の体だったら問題なかったかもだけれど、今の私には無理だ。
拾って貰った場所から目的地である港街までは、辻馬車で半日ほどかかるそうで、思っていた以上に距離があった。
荷運びの親子に会って、声を掛けて貰えなかったら……あそこらで野垂れ死んでいたかもしれない。感謝しかない。
荷運びの少年はあまりお喋りではない感じだったけれど、父親の方は話すのが好きなようで色々と港街について教えてくれた。
港街とは言われていても、そんなに大きな港があるわけじゃないこと。外国には行けるけれど、そんなに遠くの国には行けないこと。そのほとんどが小型から中型の漁船で、新鮮な魚や貝類がとても美味しいこと。取れたての魚介類を使ったスープやパイが名物であること。猫が沢山暮らしていること。
徐々に風が強くなって、その匂いに塩の匂いが混じり始めた。
両側を森に囲まれた道を抜けたとき、青い海と赤と臙脂色の混じった屋根と白い壁を持った街が目の前に現れた。
「あれがサンターラだよ。海に突き出た部分が港、その周囲にあるのは倉庫群だ」
「…………綺麗な街」
「そうだな、だいぶ魚臭いし猫は多いし海鳥も多いが、綺麗な所だ。姉ちゃん、泊まる所は決めてるのか? 決めてないのなら、紹介するよ。オレの叔母がやってる宿屋なんだが、小さいが小綺麗だし、メシが美味いよ」
サービスで紹介料は取らないでいてくれると言うので、紹介して貰うことにした。綺麗な部屋で美味しい食事が出るのなら、大歓迎だ。
荷馬車はサンターラ港街に入り、宿屋さんの前で私を下ろして叔母さんだという女将にわざわざ口をきいてくれた。お陰で足の関係もあって、普通なら三日泊まれる値段で五日泊まることが出来て、一階の奥にある部屋を借りることが出来た。
ひとり用の寝台、丸いテーブルと椅子が一脚、荷物も置ける背の低いクローゼット。トイレは部屋を出てすぐ横にあって、シャワーはないけど宿屋のはす向かいには共同浴場があるそうだ。
ここから先の行き先を調べなくてはだけれど、まずは足をなんとかしなければ。
痙攣は治まったものの、鈍い痛みは続いているし動きが鈍い。二、三日で回復してくれたらいいな……そう思いながら寝台に横になると、色々あって疲れていたらしい私の視界はあっという間に揺れて、瞼が落ちてくる。
どこかから聞こえるウインドベルの音が耳に心地くて、そのまま眠りに落ちていった。
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