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黒騎士 目覚める

 手足の先がふわりと温かくなって、徐々にその温かさが全身に回っていく。体が温かくなればなるほど、体の痛みや痺れが薄くなって行っているのが分かる。


 暖かくてふわふわして、気持ちがいい。

 ずっとこの感覚に酔いしれていたい。


 そう思っていたのに、顔に冷たさを感じて身震いして目を開けると渋い顔をしたメアリさんと目が合った。


「…………あれ?」


 ゆっくり体を起こすと、自分の居る場所が郷に二軒ある治療院のひとつだと分かった。ひとつは郷のお客様が利用する大きくて豪華な治療院で貴族街にある、私が居るのは郷の人たちが利用する郷奥にある小さな治療院。


 回復系の白魔法が少し使えるというおじいちゃん先生が、週に三日くらい常勤してくれている。緊急事態になった時は、誰かがおじいちゃん先生を家に迎えに行って対処しているらしい。


 様子を伺うにここにはメアリさんと私にかいない、おじいちゃん先生は帰宅しているのだろう。


「目が覚めて何よりだよ。このまま目が覚めないんじゃないかって、少し心配してたんだよ」


 メアリさんはそう言ってお茶を煎れてくれた。花のような香りがする薄緑色をしたハーブティー、これを飲むと私の焼けた魔力回路の調子が少しよくなる。


 痛みと痺れの残る両手でお茶の入ったカップを受け取った。その手は肘まで包帯をぐるぐるに巻かれていた。


「私、どのくらい眠ってました?」


「丸一日って所だね。心配しなくても警備の騎士たちに大した怪我はないよ、せいぜい打ち身や掠り傷だ。アンタが一番重傷だよ」


「そうですか、それなら良かった」


 温かいハーブティーが喉を通ってお腹に入ると、体がホカホカしてくる。少し甘くて美味しい。


「良くはないよ、全く。アンタはもう戦えるような体はしてないんだよ、無茶して戦ったせいでせっかく良くなってきた足や魔術焼も元に戻っちまって!」


 メアリさんは不機嫌に言いながらも、新しい包帯と腕に塗るクリームを用意してくれた。


 お茶を飲み干してからベッドに座り直し、言われるまま両腕の包帯を解いた。


 包帯の下から出て来たのは、魔力回路が焼き入れた跡が手首にくっきりと付いた腕。相変わらず右腕は紫から赤黒色に変色していて、裂傷跡も加わって見目が最高に悪い。


「……魔力焼が進んだね、しばらくは痛みと痺れがとれないだろうよ。お茶だけじゃあ治りが遅いだろうから、薬も作ろうかね」


「はい、お願いします」


「足の方は……また魔法で強引に動かしたね?」


「じゃなくちゃ、今頃私はミンチ肉ですよ!」


 クマ型魔獣の前足による攻撃は強打プラス鋭い爪による一撃必殺、喰らえば体はぐちゃぐちゃに潰されて命はない。


「クリームを塗って、マッサージと機能回復訓練を一からやり直しだよ」


 人肌より少し温めたクリームを膝からふくらはぎに塗って、マッサージをしてくれるメアリさんに「はぁい、頑張ります」と返事をした時、治療院のドアが開き誰かが入って来た。

 ドアに付けられたベルがチリンチリンと鳴る。


 治療院のおじいちゃん先生が来てくれたのかと思ったのだけれど、廊下と処置室を区切るカーテンを引いて入って来たのは別人だった。


「……え?」


「なんだい、何も言わずに勝手に入ってきて!」


 現れたのは小さな治療院にはまったく似合わない、貴婦人がふたり。どちらも黄色味の強い金髪に青い瞳、真っ白い肌を持っていて一目して貴族だと分かる。色味も顔立ちも似ているから、おそらく姉妹だろう。


 初めて見る人たちだけど、凄い起こった表情で私を睨み付けてくる。


「貴方ね、昨日、郷に魔物を招き入れた騎士崩れっていうのは」


「……ええ?」


 郷に、魔物を、招き入れた? 私が?


「どう言う、ことでしょう?」


「自分のしたことが分かっていないの!? アナタ、ちゃんと仕事していたの? していなかったから、昨日のようなことになったんでしょう!」


 青色のデイドレスを纏った婦人はそう言って、手にしていた扇で私を殴った。

 貴婦人の力で口元を隠すためだけの華奢な扇で殴られても、大して痛くはない。でも、殴られる理由は心当たりがなかった。


「なにするんだい! 突然やって来て、意味が分からないことを叫んでいきなり殴るなんて! それでも貴族かい!」


 メアリさんが怒ってくれた、けれど婦人はふんっと鼻を鳴らし私を扇で指した。


「この騎士崩れが、ちゃんと魔獣避けランタンに魔力を注いでなかったから、魔獣が侵入して来たのでしょう。今年のお祭りは、大恩ある貴族様をお招きしての大切なものだったの。今後の郷の発展にも大事なお祭りになるはずだったのに……なのに、貴方がちゃんとしないから、大切な公園はボロボロになって、魔獣が入り込んだと知ったお客様は予定を切り上げて帰られてしまうし、いらっしゃる予定の皆様も予定を取り止めてしまわれたわ!」


 大きな青色の瞳から涙が溢れて、白磁のような肌を流れた。そんな婦人を深緑のデイドレスを纏った婦人が抱きしめて慰める。


「魔獣が入り込んだことは事故だよ! ここは山深い郷だ、魔獣との距離は他の都市よりもずっと近い。過去に何度も魔獣は郷の中に入り込んでるんだ。それがたまたま、起きたってだけさね」


「でも、この騎士崩れが! ちゃんと仕事をしていれば、防げたことじゃないの! どうして貴族街の奥にあるランタンを後回しになんてしたの! それに、騎士だって言うのなら、どうしてもっと上手く片付けてくれなかったのよっ」


「この子はっ」


 私はメアリさんの肩に手を置いて言葉を遮ってから、ベッドから降りる。無理して動かした右足は思うように動かなくて、少しよろめいたけれど左足で踏ん張って立った。そして深く頭を下げ、騎士としての礼をとる。


「申し訳ありませんでした。私の力が及ばず、魔獣の侵入を許し、郷の大切な場所を壊してしまう結果となりました。誠に、申し訳ありません」

お読み下さりありがとうございます!

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