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黒騎士 師匠夫妻と再会する

 入院生活もひと月と半分が過ぎ、治療も機能回復訓練もほぼ順調に進んだ。


 以前のようにスムーズ、とはいかないものの普通に読める程度の文字も書けるようになったので、例のクビ三点セットの書類に必要事項を記載している。


 退寮届や年金申請書は日付と名前だけしか私が書く欄がない。退団申請書には名前と日付以外に退団する理由を書くのだけれど……なんと書けばよいのだろう?


 一身上の都合? 退団申請書を貰ったから? 

 どうしてお手本がないのだろう。


 コンコンと控えめにドアをノックされ、ペンを置くと返事をした。白いドアはノックとは裏腹に勢いよく開き、丁番が悲鳴をあげる。


「生きておるか、リィナ!」


 窓ガラスが割れそうな程大きな声、二メートルを越える身長にそれに見合う大きな体格。短く刈り込んだ黒髪はすっかり白と灰色の斑になり、顔や手に刻まれた皺は深い。確か七十歳も近い辺りの年齢のはずだ。


「師匠、年取りましたねぇ」


「それが久方ぶりに会う師への言葉か!?」


「それなら、久方ぶりに顔を合わせる大怪我をした弟子に掛ける言葉が、生きているか? はないでしょう」


 私が十歳から十八歳までの八年を共に過ごし、師匠として面倒をみてくれた恩人、アレクサンドル・ヴァラニータは憎まれ口を叩きながら私の頭を乱暴に撫でた。


「アレク駄目よ、リィナは怪我をしているのだから。静かにそっとしなければ。……リィナ、来るのが遅くなってしまってごめんなさいね」


「レイラ様」


 巨漢な師匠の後ろにすっぽり覆われて見えなかったが、師匠の奥様であるレイラ様の姿が見えた。 ミルクティー色の髪に琥珀色の優しい瞳は変わらなくて嬉しくなる。


 師匠は当然だけれど、レイラ様にも大変お世話になった。結界や防御力上昇と言った魔法の手ほどきを受け、美味しい食事も沢山ご馳走になった。


 私は幼いころに両親を流行病で亡くし孤児院で五歳までを過ごしたので、師匠と奥様のことをこっそりと両親のように思っているのだ。


「いいえ、ご心配おかけしてしまい申し訳ありません。もう怪我も大分良いのですよ、機能回復訓練も進んでいますしね! 使っている杖も小さなものになったんですよ、ほら、文字もまた書けるようになったんです!」


 私は自慢げに先程名前を書いた書類をお二人に見せた。

 そう、深い意味などなにもなかった。ただ一時期はほとんど動かなかった利き手が動くようになり、ミミズのようにしか見えなかった文字が普通に読めるような文字になったことを見せ、「頑張ったな」と褒めて欲しかっただけだったのだ。


「リィナ? この書類はなあに?」


「え……えっと、退寮届と年金申請書と退団申請書ですが?」


「どうしてあなたがこの書類を書いているの?」


 レイラ様はベッド脇に置いてある椅子に座ると、私の右手を両手で包み込んだ。優しく諭すように微笑むレイラ様だが、その目は笑っていない。


「あの、騎士団の方から記入して、提出するように言われました。この傷では現場復帰は不可能、と判断したのだと思いますよ?」


「リィナ、そなたが怪我をした時のことを話せ。それと、その怪我を負った時に着けていた武具はどこだ」


 師匠はやや凄みのある低い声で唸るように言った。

 筋骨隆々の大男で、顔や手や首など服から見える所にも傷跡が残る……超弩級の迫力が服を着て歩いているような存在に、殺気をみなぎらせながら声を掛けられて失神しなかった自分を褒めてあげたい。

ありがとうございます!

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