黒騎士 働く
間に合った……!
「これが今日の分だ。毎日変則的ですまんな」
温泉の郷・ササンテを守る赤騎士たちの詰め所で、今日の仕事内容と場所が書かれたメモを貰う。内容を確認すれば、郷の入り口付近と貴族街の一番奥にある噴水公園周辺の魔獣避けランタンの確認と、魔力の補充となっている。
「いえ、お偉いさんがいらっしゃるんですよね? 仕方が無いですよ」
「三日後からひと月ほど滞在するらしい、祭りのこともあるしな。まあ、ランタンの魔力補充や確認は常にやる業務だから、多少場所の変更をしても困らないけどな……おまえさんに忙しない思いをさせちまってすまん」
「構いませんよ、メモの通りにこなすだけですから」
再度場所を確認して、杖を持ち直す。
「あ、そうだリィナ、コレを持ってけ」
髭が立派な隊長さんは私に小さな紙袋を寄越した。袋の中には親指の爪くらいの大きさの火薬玉が四つ入っている。
「同じもの、持っていますよ?」
「二週間くらいそれ持っているだろう。中身の火薬玉が湿気ているだろうから、乾いているものと交換だ。湿気ていてはいざという時に使えないからな」
そう言われ、ポケットに入っていた二週間前に渡された袋と交換する。
この袋は緊急事態になった時、袋ごと地面に投げ付けると大きな音と大量の煙を発生させるらしい。音で相手を怯ませ、立ち上る煙の位置を確認し、赤騎士たちが駆けつけてくれるようになっている。
火薬玉は乾燥していることが音と発煙の条件で、袋に入れて持ち歩いていると徐々に湿気ていく。そのため、使われなかった火薬玉は二週間程度を目安に回収され、再度乾燥させるらしい。
「この季節、魔物の目撃情報が一番多い。数年に一回くらいだが、郷の中に魔物が侵入してくることもある。特に貴族街の奥は山に近いからな、気を付けてくれ」
「分かりました」
乾燥しきった火薬玉の入った袋をポケットに入れ、待機している赤騎士たちに挨拶をしながら詰め所を出る。
国の中でも北側にあるこの郷は寒くなるのが早く、季節はまだ初秋だけれど朝晩の冷え込みはなかなかに厳しい。
冷えると私の体に刻まれた傷に響く、痛むし引き攣る。大変宜しくない。でも温泉は純粋に気持ちが良いし、メアリさんのお薬はよく効いているから一長一短だ。
郷の入り口付近に設置されている魔獣避けランタンの動作確認をして、足りなくなった魔力を注ぐ。ランタンは問題なく稼働して、人間には分からない魔獣の嫌う音と匂いを放っている……らしい。
渡されたメモの入り口付近に確認済みの印をつけ、貴族街へと足を向ける。
ここに療養に来て数ヶ月が過ぎて、この郷での生活にも慣れて来た。でも最近、落ち着かないでいる。
その理由は自分でちゃんと分かってる。
メアリさんから薬やクリームを買ったとき、私が書類上の夫である宰相様(宰相補佐から宰相に年単位で前になっていることも、メアリさんから聞いて知った。昇進したことすら全然知らなかったよ)に連絡をしなくちゃいけなかったことについて。
その理屈で言うのなら、今回の騎士団を退団したこともちゃんと直接連絡を入れなきゃいけなかった……んだろう。突然、離縁届だけ送りつけて済むような問題じゃなかった……と思われる。
それに、私が今この郷にいることを誰にも知らせていなかったことも、問題になる気がしてる。せめて、師匠と兄弟子くらいには「傷の療養でササンテに行きます」くらい伝えておくべきだったかもしれない。
そう思うのなら、さっさと手紙の一通でも書くべきだとメアリさん辺りは言いそうだ。取りあえず生きていて温泉の郷にいることだけでも連絡を入れることにしよう、手紙をしたためようと思った。
事務的な便せんではどうかと、郷の雑貨店で雪の結晶が透かしに入っているものと、小花の描かれたものの二種類を買った。新しい青黒色のインクも買った。
でも、今更なんて言っていいのかが分からない。
便せんを前に師匠夫妻に宛てて手紙を書こうとした……けれど、いざ便せんを前にしたらなんて書いたらいいのかさっぱり分からなくて、結局ひと文字も書けなかった。
当然、宰相様にも同じくだ。
書類上だけの、一度顔を合わせただけの、しかも離縁届が届いている妻から手紙なんて、なにを書けばよいのか?
そもそも、宰相様は私が騎士団をクビになったことなんて知らないんじゃないだろうか。知ったのなら、すぐにあちらから離縁の話しが出そうな気がする。私の方から書類が届いたのだから、さっさと処理しているだろうし……もう宰相様と私は関係がない、よね? なら、お手紙も必要ない……よね?
取りあえず、急いで自分の居場所を知らせる相手は師匠夫妻だけでいい、と自分の中で決まれば少しだけ気が楽になった。
郷の中心にある中央広場では、お祭りの準備が進められている。秋の収穫を祝うお祭りは各地域で開催されるけれど、温泉の郷でも開催される。周囲の森で栽培されているナッツ類やきのこ、一番近い街で水揚げされる秋が旬の貝を使った料理を振る舞い、豊穣神に感謝を捧げる内容だと聞いた。
郷の人たちによって豊穣神をかたどった人形が飾られ、周囲には華やかな飾り付けがされていく。飾り付けは郷全体に施されて、お祭り開催中にはナッツをふんだんに使ったクッキーやケーキ、きのこと貝の濃厚なシチュー、猪肉や鹿肉のステーキなどのご馳走が並ぶそうだ。
いつも一緒に歩くローナちゃんは、食べられるまでに時間の掛かるケーキ作りを手伝っているので、ここ数日はひとりで郷のあちこちを廻っている。
徐々にお祭りの準備が整っていくのを見るのは楽しい。
でも、ひとりで廻っているせいか色々と考えてしまって、憂鬱な気分になってしまうのも事実だ。
郷の貴族街に続く最短ルートを進み、目的地である貴族街最奥にある噴水公園に到着した。円形に整えられたこぢんまりとした公園で、中央には森の妖精をモチーフにした噴水、園の外周は季節の植物と花や実を付ける樹木が植えられている。
中央広場ほどの大きさも華美さもないけれど、落ち着いた雰囲気の噴水公園は高齢の貴族には人気なのだそう。
「やあ、今日はここの整備かい」
「こんにちは。そちらはお掃除ですか、お疲れ様です」
噴水に浮かんだ落ち葉やゴミを拾い、落ち葉を集めているご老人とお孫さんに挨拶を返す。
住人持ち回りで決められた区画を掃除するのは日常の光景だけれど、お祭り前ともなれば力も入るだろう。張り切って落ち葉を集める少年の姿に笑みが浮かぶ。
公園と森の境になる数カ所に魔獣避けのランタンは設置されている。私のそのランタンに近付き、不具合を確認する。
と、森の奥が騒がしくなり、複数の鳥が一斉に飛び立った。
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